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ワインのミネラル:塩味は沿岸部のテロワール?

ワインにおけるミネラル


ワインのミネラルに関しては多くの議論がありますよね。

「その土壌の石のミネラルが・・・」といったものや、「ミネラルの香りが・・」といったものなど、ワインの表現や造りの中でも「ミネラル」という単語はよく出てきます。

しかし、ミネラルに関する話は眉唾ものも多く、土壌の石の組成物質は数千年といった年月の風化がなければ、根から吸収することはできませんし、ミネラルに香りはありません。

そもそもミネラルってなに?みたいな部分にもなってくるかと思います。

この曖昧さが「ミネラル」という用語の頻発を生んでいるのではないかと思っています。

そして今回はその広義のミネラルの1部分である塩分(NaCl)について見ていきたいと思います。

今回の記事はあるワインテイスターの方から頂いた疑問をもとに調べたもので、

「海岸地域のブドウのミネラリーはテロワールなのか」

といったトピックだと考えて頂ければと思います。


土壌由来のNaCl

もちろん塩分(NaCl)は基本的にはワインにはあまり含まれていない物質です。
しかし全く含まれていないわけではなく、Na⁺もCl⁻もワインには含まれています。

それらのイオンはどこから来るのでしょうか。

1つはもちろん土壌からの吸収があります。

Na⁺やCl⁻のイオンに富んだ土壌はもちろん海岸地域に多く、特に乾燥した地域であればその影響は顕著なものになります。

地下水位が低ければ根を浅く広げる台木を用いることで、直接的な海水との接触は避け得ることができます。

しかし、土壌の蒸散量が降雨量と地下への浸透量よりも遥かに多い場合、地下水位部分の海水の一部が地表層方向へと移動することで「塩類集積」という現象が起こります。

この現象は農業全般で見られるもので、グリーンハウス栽培など自然による降雨が少なく、施肥による塩濃度が高いときなどにしばしば見られるものです。

この塩類集積が表層で起こった場合は、どれだけ根が浅くても塩濃度の濃い土壌と接触することにより、濃度障害を起こすことがあります。

濃度障害自体はNaCL以外のイオンでも起こりますし、直接NaCl濃度を上げるということはありませんが、この障害の状況が悪化した場合、植物自体が枯死することになります。

しかしそうでなくても、土壌中のNa⁺やCl⁻のイオンが多くなることは植物体の中のそれらのイオンの濃度も引き上げると思われるので、結果としてブドウ中のNaCl濃度、それがワインのNaCl濃度を上げるということも容易に想像できます。

ちなみにブドウ中のNa⁺やCl⁻の濃度より、ワイン中のこれらのイオンの濃度の方が高くなるのですが、Na⁺の増加は主にベントナイトの添加によるものだとされています。

潮風由来のNaCl


土壌だけでなく、沿岸部では潮風というものがあります。

これは海水の小さい粒が風によって運ばれ、作物に付着する潮風害というものをもたらします。

この害の本質もNaCl濃度が上がることではなく、そのNaClによって浸透圧の変化に耐えられず作物が枯死し収量が減少するというところにあります。

それでもこの場合も、NaClを含んだ海水の物理的付着がありますから、最終的なワインのNaCl濃度の上昇をもたらすことになります。

しかし、実際のところあまりブドウと潮風を直接結び付けたような研究はなさそうでした。

一方で、日本の台風による潮風害というのにフォーカスした調査が多くあり、それらを鑑みた上でのブドウだったらこういう近似ができるかなという値と共に、その影響の大きさを概算してみました。

潮風とNaCl量の関係性の推定と概算


潮風害は先に述べたように、日本であれば風による籾の擦れなどの傷に塩類が付着することによって引き起こされる、細胞の枯死などによる収量低下のことを指すようです。

これによってコメの収量などが影響を受けることが多いそうです。

そのためこの付着量というのは米ではmg/穂ベースで調べられています。

そしてある研究によると、海岸から2.5km辺りをまでは塩分付着量と距離にきれいな負の相関があるようです。
その後も距離が離れるにつれて付着量は減っていますが、漸減になっています。

切り抜きで引用も添付しておきます。


また穂あたりの塩分付着量でなくても、ガーゼ付着法というのでも塩分付着量は計測できるようで、その後この調査ではその実測値と風速、距離で予測モデルを作っています。

それによるとどうやら風速は5m/sというのがキーになるようで、5m/s以上の風速を計測したときの風速とその頻度(回数)を予測モデルに使っているようです(実際には(風速-5m/s)の2乗累積値)。


そしてその飛来塩分量のレンジは距離と風速、また最後の降雨によって流されてからの蓄積にも左右されますが、日本のある観測期間4日(下図26~29日)では海岸から0距離で9mg/100cm2ぐらいになっています。


ブドウの実の体積は1.5cm³程ですから、海岸側の一方向からの表面積は半球で3.17cm²となり、であれば1つの実当たりの付着量は先の環境で0距離であれば、0.2~0.3mg/berryほどということになると思います。

つまりブドウ1粒あたり重量が1.5gだとすれば重量比で0.02%程ということになります。


一方で、NaClの官能閾値は白ワインで570mg/Lで液体の比重が1g/mlだと仮定したら重量比0.05%程ということになります。

なのでブドウ収量の70%ほどがワインになるということを差し引いても閾値に直接届くレベルではないということになるのではないでしょうか。


結論
これらを踏まえて結論としては、

・土壌からNaClは吸収され、ブドウのNaCl濃度は土壌組成の影響を受ける。
・潮風による塩分付着量は、風速、距離、降雨からの時間に左右される。
・先の変数によっても変わってくるが、一例として降雨から4日の計測でも海岸から0距離であれば10mg/100cm²程度は付着しうる。
・塩分付着量の降雨がない場合の最大値はわからないが、10mg/100cm²程度であれば直接ワインにおけるNaClの閾値を超えることはない一方で、その他の栽培醸造上の影響によって顕在化することは十分に考えられる。

ちょっと概算が甘い部分もありますが、「ワインの味わいに影響しうるかどうか」という観点では、「十分に影響し得る」という結論になるかなと思います。

今回は潮風の影響を主にピックアップしたので、土壌のNaCl濃度と実際のブドウのNa⁺含量やCl⁻含量についての相関というところは調べていませんので、もしかしたらそこまで大きな影響はないかもしれません。

また醸造段階でも先のベントナイトの添加のような濃度に影響するファクターがもっとあるかもしれませんが、今回はここまでということにします。

「テロワール」ってあんまり好きじゃないんですけど、こういうファクトベースで考えた「テロワール」ならありだなぁと思うんですよね。

このNaCl濃度は複雑さにも寄与しますが、0.5g/Lほどを境にマイナスの影響が大きくなります。

ほとんどの場合はそこまでの濃度にはならないとは思います。

ただ、もしワインに妙な塩気やフラットさ、堅さやフルーティーさの欠如などが見られたら、沿岸部の産地の方は一度気にしてみてください。


参考文献

・農作物における塩害「潮風害」の特徴
・Minerality in Sauvignon Blanc –Part 4Salinity -the cousin of Minerality
・九州農政局:潮風害(1)調査の結果と概要…
・Chloride concentration in red wines: influence of terroir and grape type
・Determination of NaCl detection and recognition thresholds in grape juice and wine and sensory perception of salt in white wine.


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