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上手にふられて/coffee sensations

信号待ち、ネイビーの制服の女の子たちが、風でくずれる前髪を手で押さえながら、おしゃべりをしていた。

「告白ってすごくない? 好きな人の目の前で自分の本当の本当の本当の気持ちを言うんだよ。ねえすごくない? 考えただけでドキドキしない?」

かすかにシャンプーの匂いが混じっているような春の空気に、何とも言えないむずがゆさと初々しさを覚える。うん、する。考えただけでドキドキする。そうだよね、そうなんだ。誰にともなくうなずきながら、それは私にとって、文章を書くこと、それを発表することに似ているなと思った。

Webに文章を書いたりZINEやリトルプレスを作ったりしていると、「どうしてそんなことをしているの?」と聞かれることがある。「どうしたって消せない火があるから」なんて詩人を気取るのもいいけど、はて、どうしてそんなことをしているのだろう、と考えこむこともままある。

女の子たちのおしゃべりは私に、その答えのヒントをくれたみたいだ。

本当の本当の本当の気持ちを、己の内側から外側へ出すこと。目の前の世界に向かって、出し惜しみしないで。とてもむずかしいけれど、正直にありのままに。頼まれたわけでもないし、YESが必ずもらえるわけでもないのに。

そう考えると、なんてクレイジーな動機なんだろうと思う。誰かに何かを懸命に伝えて、世界にちょこっとだけ振り向いてもらいたいなんて。

花が咲いたようにおしゃべりはつづく。

「でも私ね、告白せずにはいられない。どんなに準備していなくても恥ずかしくても、『ほら今だ』って時には口から出ちゃう。それで今まで何度も失敗したけど、でも止められない」

「それってすごいね」と別の子が言うと、また風。今度はびゅうっと吹いて、強い笑い声だけを残した。「それって春じゃん。頭の中、ずっと春」

気がつけば春はそこかしこに息づいていて、いつものコーヒーショップのカップも今日は桜のデザインに変わっていた。目に留まった文句がウインクして私を挑発する。

”Careful, the beverage you’re about to enjoy is extremely hot.” 「容器の中の飲み物は非常に熱いのでお気をつけください。」

世界中に展開するセイレーン・アイコンのコーヒーショップにとって、このコーヒーも渾身の一杯の告白にちがいない。告白はいつも熱いのだ。私のクレイジーな告白もコーヒーのように、そしてウブな恋愛衝動のように。

残念ながら世界はそんなにかんたんにYESはくれない。NOよりも不可解な曖昧と「戻ってやりなおし」のマス目に満ちている。それでも書き続けていくこと、何かをつくり続けていくことにはちゃんとした意味がある。

YESがもらえなくても、また一つ自分のことを知って、上手にふられて、次へ進めばいい。「ねえ、私のどこがYESじゃなかった?」 心は詩人のまま、 NOの理由を飄々とかわせる大人になっていけばいい。そうやって自分をすこしずつ愛して出来たものは、きっとこの世界の誰かを幸せにする。

いままでもこれからも。

そう、頭の中は、ずっと春。






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