花の真実 【小説 #11】
※最後まで読んでいただけます。実質1170字ほどです。
瓶に挿そうとして、すっぽり中へ落としてしまった。
全く、どうしようもない失敗だ。
迂闊に傷つけたくはないと思うが、また気の利いたピンセットなどが見つからないとくる。
箸を使い、悪戦苦闘をすることになる。
不慣れなことをするとこうなるという見本みたいだった。
情けない。醜態の極みと思った。
花と、出会った日のことだった。
小物の店で、もう少し丈の短いのを見つけた。
きっとお似合いだ。そう思った。
勝手の悪い自分の不器用のことは棚に上げて、花への愛着だか、物欲だか、どちらともつかない誘惑に心を奪われた。
衝動買いは、いつもの癖だ。
けれども、売り場をあとにした。自分でも不思議だった。
何かが、違うと思ったのだ。
働いては帰宅するたび、花の姿に胸は塞いだ。
コーヒーの缶に挿してあった。よく洗ったものとはいえ、何とも申し訳なく思わずにはいられなかった。
やはり、あれに入れてあげればよかった。
後悔の思い。
何から何まで、至らないことばかり。
そんな、花との日々だった。
休日がやって来て、お決まりの買物コースを歩いた。
いつも、帰りには公園を通ることにしている。
するとまた、その花壇のある場所へと足を運ぶことになる。
断じて、私が花を盗んだのではない。
無法な悪人たちはいつも逃げる。花は切られた。あの日の出来事。あの悲しい光景を思い出した。
怒りの感情は大きかった。
それを、忘れていなかった。
また数日の後だが、激しい雨があった。私は、辛い一日を働いた。
雨だの何だの、それが嫌では落伍してしまう。
もうすでに、惨めに泣いて去って行く人たちの姿を見ている。私だって、悲しいのは同じだった。でも、何もしてあげられなかった。
次は、自分かもしれないのだ。
給料は安いが、苦労は多い。でも耐えてみせる。自分なんかに、他の行き場なんてあるはずがない。
そんな思いで、必死にしがみついていた。
切り離さないでくれ。
同じく、辛く道を行く人たち。その声にならない思いが、雨音よりも強く、この街路を打ち続けている。
土砂降りの中で、そう思った。
しばらくして、それは避けられないことだが、また悲しみを知る日が近づいていることに気づいた。
花の命は、尽きるだろう。
弱っていく姿は痛々しかった。
こんなにも短い日々で生涯を終えてしまうのか。
間に合ってよかった。
せめて、そう思いたかった。
缶ではない、あの小振りな花挿しの中だった。
けれども、小瓶だけのことではない。
あの日、何かが違うと思ったこと。そのことを、もう一度よく考えた。
花たちとともに、無慈悲に切られたこと。
ただ一輪、その場に離されたこと。
けれども、見捨てられたのではない。
私は、知っている。
そのいくつかの中で、あなただけが何かを拒み、きっとその場に残ったのだ。
あなたは、決して追いすがったのではない。
窓の外で、また雨が降っているように思った。
きっと、静かな雨だった。
-終-
今回も読んでくださったことに感謝いたします。
#名案の小説11から15まで
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あとがき
昨日UPしようかと思ったのですが、スマホアプリ登場の件で何か賑やかだったので忘れてしまいました。
今作で心配なのは、筆者が花を生けたりすることに全く無知である為に、何か間違ったことを書いているかもしれないことです。
何の花であるかという具体的な設定もありません。
調べれば、ある程度はわかることかもしれません。でも、どうもイメージが描けないというか・・・。
はっきりしているのは、この語り部のことです。中年以上の年齢。男性で、おそらく独身だと思います。
女性と捉える読み方も否定などしませんが、個人的には、女性と缶コーヒーというのは何だか似合わないように思えてなりません。(メーカーの方には申し訳ないですが・・・)
これでやっと30ノートです。
異様に遅筆ペースですが、何とか続くようにしたいです。
読んでいただければ幸いです。
またも巻末付録
青い瞳に【詩篇】(上の小説とは関係ありません)
不思議な風よ 挨拶をしよう
自分を画家だと言い
絵筆の一本も持っていない
見つめても
饒舌には語らない
不敵な嘘 それとも
見抜いていると 知っている
君もまた
きっと 詩人であることを
小説の目次はこちらです
https://note.mu/myoan/n/ncd375627c168
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