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最後に笑う

会社のお昼休みはいつも人の噂が飛び交う時間。
「ねえ、立花君ってさ――」
一体どこからそんな情報を仕入れてくるのか、何でも良く知っている同期の女子が、咲希が知りたくない悠斗の噂を、次から次へと教えてくれていた。

二人の秘密の社内恋愛は、見事に隠し通してもう三年。誰にもバレずにいたからこそ、社内で人気の高い悠斗の噂を、咲希は度々耳にできたのだが、聞く度に心の中は大きく動揺し、気持ちを一切顔に出さないようにするのがとても辛かった。

「本当は違うんだ。違うんだ。俺は・・・」
金曜の夜、べろんべろんに酔った勢いで電話をしてきた悠斗。
咲希にはその理由がわかっていたが、わざと知らないフリで聞いた。
「何が違うの?急にどうしたの?大丈夫?」
「ごめん。ずっと嘘ついてた。俺、16から付き合っている女が居たんだ。それで、結婚することになった」
「だから?」
「だから・・・・。本当の気持ちは違うと伝えたかった」
言葉につまりながら語る悠斗。
「私のことは好き。でもその彼女とは結婚しますって事なの?」
「うん」
呆れた奴だ。でも本心なのかもしれないと咲希は思った。

噂で知っていた結婚話。それを聞いてから咲希は毎夜、悠斗がいつ言い出すのかを堪えて待ちながら、皺だらけのシャツに強くアイロンを幾度も押さえてはまっすぐピンと伸ばしていた。それはまるでグチャグチャな気持ちにもアイロンをかけているかの様なつもりで何度も何度も。しかし、いざ本人に改めて真実を告げられると、堰が切れ泣き出してしまった。
「本当にごめん。突然こんな事になって・・・。許してとは言えないけど、でも、最後に一度会えないかな?」
身勝手な悠斗の言葉に涙を拭いながら「わかったわ」と、咲希は全て受け入れるフリをした。
――ピリオドを打つのは私だから。あなたじゃないからね。


水曜日のお昼休み、同期が慌てて飛んできた。
「聞いて、聞いて。でも、あんまり大声じゃ言えないんだけど――」と急に声を潜める。
「この前結婚決まったって言ってた立花君。もういきなり結婚破談で、しかも左遷らしい」
「えー!!急展開。何で、何で!」とそこにいたいつものメンバーが騒めくと咲希も同じように同調した。
「なんでも、結婚相手以外に女がいて、立花君の上司になんだかとんでもない秘密をぶちまけたみたいよ」
「えー、何それ。秘密って?それに誰。社内のひと?」と別の同期がすぐさま返す。
「詳しくはわからなかった。でも、立花君って爽やかで誠実そうなイメージだったから凄いショックで」
「ほんとショックよね。人は見かけによらないわ」
「ほんとほんと。がっかり」と口々に言うみんなに交じって、いつも聞き役の咲希は、何食わぬ顔をして頷いた。


ひとしきり盛り上がった後は、急に話の矛先が咲希に向けられた。
「それより、咲希。ちょっと太った?それに、何か違う気がする」
それは、女の勘と言う類のものだろう。
同期の言葉に皆が一斉に咲希を見た。
「嫌だもう。ちょっと食べすぎ?」
咲希はお腹をさすりながら笑顔を浮かべた。
――あの女とのピリオドは私がきちんと打ってあげた。全てこの子のお陰。

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