見出し画像

香港 #16

まもなく医師が病室に入ってくると、聴診器を母の胸に当て、瞳孔のチェックをし、臨終を告げた。ずっと泣いていた娘の泣き声がさらに高くなった。
それはまるでドラマのワンシーンを見ているだけの様だった。
目の前の3人が母の死を悲しみ、涙するのを、私ひとり泣きもせずその場に突っ立っていた。そしてひとしきり彼らの悲しみの時が過ぎると、看護師が私達を遺族待合室へ案内した。

待合室に入室すると、祖母が私を、母の再婚相手とその娘に紹介した。やはり私の想像通り彼女は母が産んだ子で、名前は未亜だと言った。私は彼女の存在を知らず今まで生きてきたが、彼女は私の存在を母から聞いていたらしく、会いたかったのだと言った。
「お姉さんと呼んでもいいですか?」
そう言われて私はとても驚いた。その問いにはYESともNOとも言えず、優しい言葉のひとつもかけられず黙っていたので、未亜は戸惑った顔をした。
なんとなく母と似た感じの、泣きはらした彼女の顔を見つめながら、彼女は生まれてから今まで母とずっと一緒に居て、甘えて、毎日を過ごしてきたんだと思うと急に憎らしい気持ちが芽生えてしまい、私は下を向いた。この場をどうすべきか困っていると、葬儀者の方が入って来てくれて、助かった。

それからは、まるでマニュアル通りこなしているかの様に、業者の導きで葬儀の様々な取り決めと準備がどんどん進んで行った。
その日の内に通夜、そして翌日に葬儀となり、私の感情は相変わらず置いてきぼりのまま、全てが決められた通りに滞りなく執行され、あっけなく終わってしまった。

母のお骨は、夫と未亜と一緒に暮らした家に帰った。
そして、祖母と私は、祖母の家に帰った。
祖母の気持ちを思うと、私は悲しくなった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?