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橘玲 著「バカと無知」は高コスパだけど、買う前に…

「(日本人)」や「言ってはいけない」などで世界にはびこる古い常識や定説を最新の研究を紹介して検証する橘玲節が全開のベストセラーですが、読んでみたら「なるほど売れるわけだ〜」「でも。。。」だったのでご紹介。


売れる理由は「簡単、読みやすい」「少ないページだけど盛りだくさん」かなと思いました。

「。。。な問題があって、これまでOOOと思われているけど、研究によるとXXXらしいぜ?」という問題をこれでもかと解説しています。

どのくらいコスパが良いかと言うと、以下の参考文献の中心的な所が出てきます。難しそうな文書が多いですし、英語が半分なので労力を考えたら余計に価値があると思いました。

【参考文献】 の数々

どわーっとありますけど、邦訳された本も結構あってさすが書籍大国日本、ってなりました。

  1. Justin Kruger and David Dunning(2000)Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One's Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments, Journal of Personality and Social Psychology

  2. David Dunning(2011)The Dunning-Kruger Effect: On Being Ignorant of One's Own Ignorance, Advances in Experimental Social Psychology

  3. Bahador Bahrami et al.(2010)Optimally Interacting Minds, Science

  4. Bahador Bahrami et al.(2012)What Failure in Collective Decision-Making Tells Us About Metacognition, Philosophical Transactions of The Royal Society B Biological Sciences

  5. Kipling D. Williams and Blair Jarvis(2006)Cyberball: A Program for Use in Research on Interpersonal Ostracism and Acceptance, Behavior Research Methods

  6. 国立教育政策研究所編『成人スキルの国際比較 OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書』明石書店

  7. Mark A. Kutner et al.(2007)Literacy in Everyday Life: Results From the 2003 National Assessment of Adult Literacy, National Center for Education Statistics

  8. イリヤ・ソミン『民主主義と政治的無知 小さな政府の方が賢い理由』森村進訳、信山社

  9. ジェームズ・J・ヘックマン『幼児教育の経済学』古草秀子訳、東洋経済新報社

  10. ローン・フランク『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』赤根洋子訳、文藝春秋

  11. フランシス・アブード『子どもと偏見』栗原孝他訳、ハーベスト社

  12. ポール・ブルーム『ジャスト・ベイビー赤ちゃんが教えてくれる善悪の起源』竹田円訳、NTT出版

  13. Roy F. Baumeister et al. (2003) Does High Self-Esteem Cause Better Performance, Interpersonal Success, Happiness, or Healthier Lifestyles?, Psychological Science in the Public Interest

  14. Ed Diener, Brian Wolsic and Frank Fujita (1995) Physical Attractiveness and Subjective Well-Being, Journal of Personality and Social Psychology

  15. Kathleen D. Vohs and Todd F. Heatherton (2002) Self-Esteem and Threats to Self: Implications for Self-Construals and Interpersonal Perceptions, Journal of Personality and Social Psychology

  16. Susumu Yamaguchi, Anthony G. Greenwald et al. (2007) Apparent Universality of Positive Implicit Self-Esteem,
    Psychological Science

  17. Niall Bolger and David Amarel (2007) Effects of Social Support Visibility on Adjustment to Stress: Experimental Evidence, Journal of Personality and Social Psychology

  18. M・R・バナージ、A・G・グリーンワルド
    『心の中のブラインド・スポット善良な人々に潜む非意識のバイアス』北村英哉、小林知博認、北王路書房

  19. マーク・W・モフェット「人はなぜ憎しみあうのか 「群れ」の生物学』小野木明恵訳、早川書房

  20. Lee Jussim (2012) Social Perception and Social Reality: Why Accuracy Dominates Bias and Self-Fulfilling Prophecy, Oxford University Press

  21. Emma E. Altgelt, et al. (2018) Who is Sexually Faithful? Own and Partner Personality Traits as Predictors of Infidelity, Journal of Social and Personal Relationships

  22. デイヴィッド・デステノ「信頼はなぜ裏切られるのか無意識の科学が明かす真実』寺町朋子訳、白揚社

  23. Kathleen Corriveau and Paul L. Harris (2009) Choosing Your Informant: Weighing Familiarity and Recent Accuracy, Developmental Science

  24. スタンレー ミルグラム『服従の心理』山形浩生訳、河出文庫

  25. Benoit Monin and Dale T. Miller (2001) Moral Credentials and the Expression of Prejudice, Journal of Personality and Social Psychology

  26. C. Neil Macrae et al. (1994) Out of Mind but Back in Sight: Stereotypes on the Rebound, Journal of Personality and Social Psychology

  27. Razib Khan"Yo mama's mama's mama's mama... etc. : our understanding of human origins in 2021" https:// razib.substack.com

  28. Carsten K. W. De Dreu et al. (2011) Oxytocin Promotes Human Ethnocentrism'PNAS

  29. 矢幡洋『危ない精神分析 マインドハッカーたちの詐術』亜紀遭房

  30. E・F・ロフタス、K・ケッチャム「抑圧された記憶の神話 りの性的虐待の記憶をめぐって』仲真紀子訳、誠信書房

  31. ダニエル・Z・リーバーマン、マイケル・E・ロング「もっと!愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』梅田智世訳、インターシフト

  32. カート・アンダーセン『ファンタジーランド狂気と幻想のアメリカ500年史』山田美明、山田文訳、東洋経済新報

  33. ランドルフ・M・ネシー『なぜ心はこんなに陥いのか不安や抑うつの進化心理学』加藤智子訳、草思社

  34. Harald Merckelbach et al. (1998) Traumatic Intrusions as 'Worse Case Scenario's', Behaviour Research and Therapy

  35. レベッカ・クリフォード「ホロコースト最年少生存者たち100人の物語からたどるその後の生活』芝健介監修、山田美明訳、柏晝房

  36. ジュリア・ショウ『脳はなぜ都合よく記憶するのか記憶科学が教える脳と人間の不思議』服部由美訳、講談社

  37. ロイ・リチャード・グリンカー「誰も正常ではないスティグマは作られ、作り変えられる』高橋洋訳、みすず書房

  38. 越智啓太「つくられるりの記憶あなたの思い出は本物か?』化学同人

  39. カール・サバー『子どもの頃の思い出は本物か記憶に裏切られるとき」越智啓太、雨宮有里、丹藤克也訳、化学同

これだけ幅広い話題を扱っているので、読んでいて飽きるということはありません。(笑

そして、なんといっても871円、橘玲さんの本はコスパが良いんです。

本の内容はいつもながら辛辣で、ジュリアス・シーザーのいう「知りたくないことを知ろうとする能力」が求められる類の本です。いわば農奴・社畜よりも戦士・リアリスト向け。 

きっついなー、という人も多いみたいでレビューはこんな。ピーター・ドラッカーやジェフ・ベソズなどがいう「みんなが賛成する意見は価値がない」を地を行く評価です(笑

様々な情報を紹介していると思って読んでいましたが、驚くほどバラバラな評価(笑
人によっては絶望してしまうのかも

社会学の本に限りませんが、物語や詩など情緒的な本を楽しみたいときは別として、本について書かれている「人間」と自分個人を重ねずに、「群像」やあるサンプルとして考える、第三者視点は必須かなと思います。「それができないから馬鹿なんだよ?」という部分もあるのでしょうが…(以下自粛

主な内容

  • SNSの問題、正義論争の不毛さ

  • バカと無知、人類のお粗末な能力の現実

  • 自尊心、「褒めて伸ばす」など定説の嘘

  • 差別と偏見、きれいごとの本質や信頼は服従である欺瞞

  • 記憶の怪しさ、脳にメモリはなくトラウマ説の弊害など

前半は主にSNSなど下世話なお話で読者を引き付け、後半になるほど人間の認知・行動経済学、心理学の嘘を暴く研究の割合が増えていき読みやすい構成になっています。全体として「社会的な動物である人間は、その社会で生き延びるために不条理な論理でできている」という行動経済学と同じ方向のお話が中心で、以下のような研究結果があり読者に対してパラダイム転換を迫ります。

  1. 人間は設計がお猿さんで基本がポンコツ

  2. バカに救いはない(ダニング・クルーガー)

  3. 教育や努力で超えられない素質、努力で解決できる定説の嘘

  4. 妄想や思い込み、差別や自尊心などは「脳の設計」が原因

  5. トラウマ・PTSDは心理学者や業界の産物

+(全体として)正解・正義がある前提の二元論への警鐘

読者に問うて考えてもらうのが橘玲さんのスタイルと思いますが、とかく覚え教育を受けている日本人ですし、正解を得るためにお金を払って知識を買う、というのが多数派だと思うので知らずに買うと前述の1〜3の本の評価になるかも?と感じました。

最後に出てくる5番のトラウマ問題ががこの本のハイライトと思いますが、幼少期に性的被害がカウンセリングなどで蘇るトラウマ治療には嘘が多く、大きな社会問題となっていること、トラウマ/PTSDの実際の統計から、その怪しさと弊害が解説されています。

これは脳の記憶の不確かさが根本原因ですが、傾向として信仰系の超常現象体験やUFOにさらわれた体験がある人たちの存在など「妄想」問題がアメリカ社会に極度に多いのだそうです。 確かに、日本ではUFOにさらわれてインプラントされて、とか信じている人はアメリカと比べたら極度に低そうです。 これは元々アメリカが、迫害を逃れてキリスト教原理主義者が渡米した歴史があり、今でも人口のかなりの割合の人がモダンな科学を否定している現実があり、かなり根深く大規模な問題だそうです。
残念ながら日本にもトラウマ・PTSD関連の”治療”は「商材」として持ち込まれていますが、アメリカのように裁判で過去の罪として追求したりする社会現象にはなっていません。

「無知とバカ」のタイトルの先に、「知らないと怖いよ」というのがあり、その流れで、アメリカ発祥であり、幸運にも日本と相性が悪かった4や5の問題について、社会に啓蒙している意義は大きいと思いました。

また、読むうちに「これって構造哲学の遺伝子じゃん!」っていう部分も多く、人間の知性や研究はバラバラなようである流れがあって紡がれてるんだなー,ってなりました。


性悪説だけでは無理がある。。。

ただし、参照されている論文はすでに覆されているものもあり、バランスをとるためにも ”性悪説の研究を検証しまくり” な、名著Humankind をあわせて読むこと(Humankindを先に読んでおくとちょうどよい)と思いました。

この本では

・スタンフォード監獄実験(人は役割で容易に悪人になれる)
・ミルグラムの電気ショック実験(ナチス「凡庸な悪」の説明根拠に)
・イースター島絶滅の謎(内戦が理由とされ人肉食説すら唱えられた)

などが実は研究者が売名のために作り出したものだ、と酷評していて、内容的にも読了感も最高の本です。
「バカと無知」ではミルグラムの研究が「事実」っぽく出てきますが橘玲さんが超有名なHumankindを読んでないとは考えにくいので「???」ってなりました。

学者は悲観的な視点で研究するのを控えなさい、と訴えるデンマーク人の著者ブレグマンさん。

Humankindの本の中で一番面白いと思ったエピソードは、「戦闘中に敵を撃つ兵隊はわずか10~15%しかおらず、命令されても撃つことを逆らう兵士が多かった」という第二次世界大戦時の米国の調査。「上官がいなくなれば、兵たちはすぐに敵と親しみあい、射撃のふりだけをしたり、わざと目標を外して上を撃ったりした」ということですが、国民軍を創設したナポレオン戦争で同様の現象は現れていたそうです。↓は詳しい記事ですが、

「上官がいなくなれば、兵たちはすぐに敵と親しみあい、射撃のふりだけをしたり、わざと目標を外して上を撃ったりした」ということですが、国民軍を創設したナポレオン戦争で同様の現象は現れていたそうです。

私達に「素晴らしい面」もたくさんある、悲観的になってはいけませんと説く本書では更に以下のようなことが語られています。

  • ほとんどの人が驚くほど善良

  • 自己中心的なようで善意がいっぱい

  • 子犬のように人懐こい

  • 人間はもっと幸福になれる

ニュースや研究は注目を集めるために「悪いところ、酷い事件」ばかりを取り上げますが他の場面では人間は大抵は良い存在なのだ、と気づかせてくれる本です。

もう1つ、攻撃を避けたがる兵士の話はバカと無知のPTSDの怪しさにつながることがあります。PTSDは恐ろしい経験から精神的外傷を受ける、という印象がありますが、戦争などで「自分が行った暴力」によって苦しむ事が長く続く「因果応報」があるそうです。これは人間本来の優しい性質から来ることで2つの本は全く違うようで同じ事柄を扱っているのだな、と思いました。

Humankind は読む価値ありの本ですが、上下巻で3600円もして時間もないし、という方はこちらの記事でバチーンと紹介してくださっています。ありがたいですねmm


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