別に学校が嫌になったわけじゃなかった。むしろ学校は楽しいとすら思っていた。それが突然、夜眠れなくなり、その分昼間起きられなくなって、行きたくても学校に行けなくなってしまった。
しばらくすれば治るだろうと最初は暢気にしていた両親も次第に心配になったようで、僕を駅前にある大きな大学病院へ連れて行った。
結果はさして変わらなかった。長い質問をされたり、知能テストのようなことをされたり、ときには意味の分からない検査もしたけれど、特別重大な原因が見つかることはなかった。
以後、病院へは定期的に通院することになった。二十代後半とおぼしき若い小児科医とやり取りをし、薬をもらって帰ってくる。それが日中にでかける数少ない外出の機会だった。
日中の眠りについては、午前中に睡魔が訪れることもあったし、午後から眠ることもあった。午前中から午後にかけて長い睡眠を必要とするときもあったが、日没から日の出までの夜間にくっきりと目が覚めているのはいつも同じだった。
誰もが寝静まった夜、とりあえず布団に入り眠ろうと目を閉じる。しかし眠りは訪れない。様々な思いや言葉の破片が脳内を駆け巡り、やがていてもたってもいられなくなる。そうして眠ることをあきらめ、起き上がり、本を読んだりテレビを見たり、音楽を聴いたりして長い長い夜をやり過ごす。
その繰り返しが続いてもう半年近くになる。
眠れない理由について考えてみても、これといって思い浮かぶことはない。
それでは発想を変えてみよう。
眠れないのではなく、どうしても夜に起きねばならない理由があるのではないか。あるいは日中に眠らねばならない理由が。
漠然とではあるが、答えが見つかりそうな手ごたえを感じた。
机に向かい、未使用のノートを開く。
真っ白なノートには何を書いてもいいはずなのに、言葉が見当たらない。言葉でなく絵や図形だってかまわないわけだが、依然としてペンを持つ手は動かない。
心の奥底で何かが蠢いている。僕はそれを捕まえなければならない。
「大丈夫、あせらなくてもいいのよ」
いつも主治医が言ってくれる言葉を思い出した。あせっているつもりはなかったが、きっと無意識は違ったのだろう。
とたんに僕の手はガタガタと震えだした。
僕はあきらめてペンを置く。気付いたら、蠢いている何かは姿を消してしまった。でもそれはまだ僕の意識の奥深くに隠れている。そう、あせる必要はない。簡単に倒せる相手ではないのだ。
時計は午前4時を少し回ったところだった。まだ夜明けまでには時間がある。
明日は明るい日と書くと教えてくれたのは誰だっただろう。誰にも平等に明日が来ると教えてくれたのは。
いつもと同様、意識は覚醒している。でも、日が昇る前まで、ほんの少しだけ休もうと思った。
来るべき明日にそなえて。
暗闇の出口を求めて。