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病院で働いていて思う事

お久しぶりです。内憂外患です

気づけば最初にノートを書いてから2年が経過していました。殆どサボってばかりでしたが。

こんな僕でも有難いことに就職出来まして、

病院で医療従事者として働いて2年弱。

最近になって考えたことを書いていこうかと思い、またこうして筆を取ったわけです。

人生のシステム化

病院。その中でも僕が務めている部署は所謂療養病棟。終末期の患者様を受け入れ、維持療法を、行う病棟です。他の急性期はや回復期とは違い、『看取り病棟』と呼ばれることもあります。

そんな病棟で2年働いて思うこと。

それは人の最期とは社会に置いて大きな意味などないのかもしれないということ。

僕が病棟に配属されてからもう何十人もの患者様の最期を御見送りさせていただきましたが、やはり悲しいな、と感じる辺り僕はまだ真っ当な人間なのかもしれないと思えるような気がします。

人が無くなればまだ次の日には違う人が同じ場所で床に伏せっている。なんてことは日常茶飯事ですが僕にはどうもそれが悲しくてならないのです。

病院には様々な理念というものがありますが、僕の病院の理念としては病室は患者の住居だと言う考え方が強くあります。

人生の最期を迎える場所であるからこそ、
よりよい環境を維持し、ここで良かったと感じてもらえる、そんな環境を目指しているわけです。

ところが住む人を失った病室はただの部屋、
2日もすればまた違う人の部屋になるわけです

その人が居たという痕跡は跡形もなく
また違う方に染まって行くのです。

死を待つ人は世界に沢山いる。
最期を迎える為のベッドが足りない程に沢山いらっしゃるのです。分かってはいても、心がなかなか切り替えられないものです。

痕跡も記憶もいつの日か

こんな未熟な私でも患者様のお話を、誰よりも熱心に聞いて差し上げたいと言う志があります。

人の目をみて聞く。

聞いている事を態度で伝える。

子供の頃に習った事がここで活きるとは、
あの頃の僕は思いもしなかったでしょう。

僕が患者様も築いた関係も、その方が病院を去る時は清算しなければなりません。

強気な女性が僕と2人になった時に零した

『死にたくない。生きていたい』

という思いも、

笑顔の耐えない方が流した涙も

自分の最期を悟り静かに死を待つ方の

「不安」も「恐怖」も

出会えて良かったと握って下さった手の温度も

その方がいなくなってしまえば1時間程で全てが綺麗にリセットされる。

それが病院というものなのでしょうか。

人を看取るのもまた人

病院にはデスカンファレンスという物がありますね、

亡くなられた方について、接遇は医療体制、関わり方を見直す意見交換会の様なものですが

その時には鮮明に思い出される言葉も表情も、

出会えてよかったと言ってくださった方も名前も、いつかは皆の記憶から抜け落ちていく。

職員は家族ではありませんから、
患者様が亡くなられた時に泣く事が出来ません

泣き、悲しむことは家族様の役目です。
ですが悲しいものです。

人生の最後までの時間をお手伝いさせてもらったわけですから、やはり情がわくのです。

悲しくなるのです。

休みの前に笑って手を振ってくださった方が

2日たって出勤すれば帰らぬ人となるのです

お別れも、感謝も言えぬままに、

あまりに悲しいのです。

こんなふうに考える職員はきっと良い職員では無いでしょうが、まだ未熟な私ですから考えてしまうのです。

羽を生やしてあげたくて

患者様が亡くなられて死亡診断が医師から伝わると死亡処置と呼ばれる処置を行います。

エンゼルケアと呼ばれるものです。

考え方は人それぞれですが、

僕はこのエンゼルケアを

『羽を生やすケア』だと思っています。

最期の瞬間まで命を全うされ、病気と闘った、そんな身体と心を癒して差し上げる、私たち職員が患者様にできる最後のお手伝いです。

方法手順は病院や施設によりますが洗髪、洗顔、手浴足浴、保湿、化粧など、これから退院される準備を行わせていただきます。

感謝の気持ちと敬意をもって、お疲れ様でしたという労いを込めてさせていただきます。

やはり自分に対して話しかけてくださったり、感謝を伝えてくれたり、お話を聞いて印象に残った方に羽を付けてあげたいな、と思います。

涙が出そうになることもありますが、悲しむより感謝の気持ちで御見送りしたいので
できるだけやさしい気持ちで、丁寧に、羽の毛羽立ちを整えるように、しっかり天国へ飛んでいけるようにと願ってしまうのです。


関係性


先程も言った通り職員は家族ではありません。

血の繋がりも何も無いので勿論他人です。

ですが自分の中では他人以上ご家族未満でありたいな、と思っています。

他人行儀過ぎても冷たく見えてしまうだろうし、親身になりすぎても図々しくなってしまう。その距離感と関係性が難しいなと日頃から思います。

人生のお手伝いをさせてもらう。
とても素敵な仕事です。
ですが沢山の方の最期を看取る
悲しい仕事でもあります。

毎日どこかで誰かが最期を迎えています。
どこかで悲しむ人が必ず居ます。

全ての人の最期がどうか安らかであります様に

お読み下さりありがとうございました。

内憂外患。

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