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【ショートショート】ドッキリでした (2,429文字)

 たぶん、僕はいじめられている。五年生になって三ヶ月。ものを隠されたり、変なあだ名で呼ばれたり、毎日、イヤなことをされている。そして、クスクス笑われるのだ。たぶん、いじめられている。

 別に受け入れているわけではない。我慢できなくて、僕はしょっちゅう怒っている。

 たとえば、イスに画鋲を何個か仕組まれ、知らずに座ってしまったとき、あまりの痛さに、

「いい加減にしろよ」

 と、叫ばずにはいられなかった。すると、クラスのリーダー・佐藤くんが小さな看板を手に持って、

「これ、ドッキリだから」

 と、目の前に躍り出てきた。僕がポカンとしているとまわりのみんなは手を叩き爆笑。なんだか、いじめじゃないみたいになってしまった。お尻から血が出ているにもかかわらず。

 もちろん、泣いたこともある。筆箱に油性マジックで卑猥な言葉を落書きされたとき、それはおばあちゃんからの贈り物だったので、なんだか申し訳なくて涙がこぼれ落ちてきた。すると、やっぱり、佐藤くんが現れて、

「ドッキリやねん」

 と、言ってきた。みんな、嬉しそうに笑い出した。またしても、いじめじゃないみたいになってしまった。筆箱は汚れたままだというのに。

 担任の先生に相談したこともある。先生はすぐに佐藤くんを呼び出して、双方の意見を確認した。いじめられていると訴える僕に対して、佐藤くんは、

「いや、ドッキリだから」

 と、反論した。

「なあ、佐藤。テレビでドッキリにかけられている人たちは仕事でやっているんだぞ。お前は田中に対価を渡していないだろ」

「渡してます」

「渡しているって、いったい、なにを」

「ギャラです」

 先生は訝しむように僕を見てきた。

「田中、どうなんだ」

「……一応、もらってはいますけど」

 先生は頭を抱えた。

「具体的にはなにをもらっているんだ」

「それは……」

 口ごもる僕の代わりに、佐藤くんが答えた。

「お金です。通常のドッキリで二万円。怪我をしたり、物を壊したり、損害が生じるときはボーナスでプラス一万円渡しています」

 先生は戸惑った様子で、

「田中、本当なのか」

 と、聞いてきた。

「……はい」

「なんでお金を受け取るんだ」

「だって、くれるのにもらわないのはもったいないじゃないですか」

「うーむ」

 先生は考え込んでしまった。しばらくして、佐藤くんに、

「なあ。そんな大金、どうしたんだ。親御さんは知っているのか。まさか、盗んでいるんじゃないだろうな」

 と、問いかけた。

「いいえ。ちゃんとドッキリの収益から出しています」

「ちょっと待て。お前らはいったいなにをやっているんだ。本気で番組を作っているのか」

「はい。田中くんのリアクションは天下一品なので、勝負できると思ったんです。実際、どの動画も大評判で、めちゃくちゃ人気なんですよ」

「つまり、あれか、ネットで配信しているってことか」

「各種動画プラットフォームにアップしています。おかげさまで固定ファンを獲得し、収益化に成功しました。最近では案件依頼も増えてきて、田中くんのドッキリは事業として右肩上がりに成長しています」

 佐藤くんはスマホを取り出し、グラフのようなものを見せながら、手振りを交えて流暢に説明を始めた。先生は最後まで圧倒されっぱなしで、結局、

「お前らの頑張りはわかったよ。だとしても、不満を放置するのはよくないな。とりあえず、今後も活動を継続していきたいなら、田中が納得する形の契約を結ぶこと。いいな、佐藤」

 と、明後日の方を向いたアドバイスで、面談は終わってしまった。

 先生がいなくなると、佐藤くんは僕に深々頭を下げ、

「ごめんね。ギャラは固定じゃなくて、売上に比例した歩合制に切り替えるよ。あ、でも、それだと再生数が少ないとき大変だと思うから、最低五千円は保証するね。大丈夫。それぐらいなら、なんとか工面できるはず」

 と、これまた明後日の方を向いた解決策を提案してきた。

「違うよ。佐藤くん。お金の問題じゃないんだよ。僕はいじめをやめてほしいんだけなんだ」

「だから、いじめじゃなくてドッキリだって言ってるだろ。それより、先生の指示通り、契約書を交わした方がいいと思うんだ。お互い、認識のずれがあると後々揉める可能性があるからね。毎年更新のスタイルでいこう。ただ、僕らは二人とも未成年だし、それぞれの親に同意してもらう必要がある。ってことで、いまから、田中くんのご両親に会わせてもらうね」

 僕は速やかに断った。でも、佐藤くんは勝手に僕の後をつけ、我が家にずかずか入り込んできた。お母さんは驚きつつも、佐藤くんを友だちと判断したのだろう。気を遣って、夕飯でも食べていかないと誘ってしまった。

 それから、佐藤くんはお父さんが帰ってくるのを待って、食卓で例のプレゼンを巧みに演じ切った。

 うちの両親は僕が五年生になってから、たった三ヶ月で百万円以上稼いでいる事実を知り、言葉を失っていた。お母さんは念のため、佐藤くんのご両親と話がしたいと言った。佐藤くんは慌てることなく、自分のスマホで電話をかけた。

「もしもし。ドッキリの件、田中くんのご両親に話したんだけど、うちの親の見解も聞きたいらしいの。いま、田中くんのお母さんに代わるから、よろしくね」

 その後、お父さんも電話を代わり、いったいどんなやりとりがあったのか、最終的に二人とも佐藤くんの案に完全同意、契約書に実印を押してしまった。

 以来、誰に助けを求めることもできないまま、未だに僕は毎日いじめられている。

 内容はどんどんエスカレート。今日なんて、外を歩いていたら、上から大きな鉄球を落とされた。たまたま、ぶつからなかったからよかったけれど、数歩前の道はグロテスクに陥没していた。思わず、腰を抜かして、その場は倒れ込んでしまうほどだった。無論、佐藤くんはそんな僕のそばに、いつもの看板片手に走り寄ってきた。

 きっと、来週あたり、佐藤くんは僕の死体に向かって、

「ドッキリでしたー」

 と、ケラケラ笑いかけるのだろう。

(了)




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