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【ショートショート】女装 (969文字)

 お出かけするとき、同棲している彼氏はわたしの身支度に文句を言う。ちょっと近所に飯を食いに行くだけなんだから、そんなにこだわる必要はないのに、と。

 別に、なにもこだわってなどいない。普通にお化粧をして、普通に髪型を整えて、普通に服装を選んでいるだけ。ただ、普通がとても大変なのだ。

 そのことを説明しても、彼氏はピンとこないらしく、俺は朝起きて十分もあれば出かけられると自慢げに言い返してくる。最初は「そんなバカな」と思っていたが、なるほど、よくよく見てみれば、顔も洗わず、歯も磨かず、なにも飲まず、寝癖がついたままクシャクシャのTシャツとGパンを履いているだけ。そりゃ、すぐに終わるわけだ。

 化粧をしているわたしを横目に、彼氏はソファでゲームのガチャをまわしながら、

「女は時間がかかり過ぎ」

 と、キレ気味につぶやいた。

 いやいや、違うから! 女が時間かかるわけじゃなくて、女になるため、時間がかかるんだから。

 頭の中に反論がすぐさま浮かぶ。

 女にならなくてもいいのであれば、あんたとランチをするために化粧なんてするわけないでしょ。着るものだってジャージでいいし、髪の毛もそのまま気にしない。

 でも、いまの世の中、家から一歩でも外に出たら、わたしは女であることを求められている。好むと好まざるとにかかわらず、女は女にならなきゃいけない。

 だいたい、あんただって、わたしに女であることを求めているんじゃないの? わざわざ応えてやっているのに、その態度はどういうこと?

 いつになく猛烈に腹が立ち、わたしはあらゆる準備を放り出し、そそくさスマホをいじり始めた。

 そのことに気がついた彼氏はすかさず、

「おい、なにやってんだよ」

 と、聞いてきた。

「ウーバーイーツで焼肉弁当を頼んでいるの」

「はあ。なんでだよ。これから、飯、食いに行くんだろ」

 高圧的な口ぶりだった。わたしはこれにも我慢ができなくて、そんな柄じゃないのに、ついつい感情を爆発させてしまった。

「うるさい! 行かねえよ! 行きたいなら、てめえ、一人で行けばいいだろ!」

 慣れない言葉遣いにドキドキしたが、思いがけず、スッキリとした。

 彼氏は戸惑い、やたら大きく舌打ちし、踵を返して離れていった。その背中を眺めつつ、わたしはようやく心に決めた。女だからって、女を装うのはもうやめよう、と。

(了)





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