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輪郭を描く日本の美意識

大学で、映像の歴史について講義する時に、その前段階として日本の美術についても触れます。
有名な「鳥獣人物戯画」が漫画の原点であると言われているように、伝統的な日本の美術の中には、現代の漫画やアニメとの共通点を数多く見出だすことができます。
輪郭線を描く文化もその一つです。
今回は、輪郭線をテーマに「記号化を好む日本文化」を読み解きます。

日本美術は輪郭線を引く

鳥獣人物戯画は、平安末期から鎌倉時代に描かれたと伝わる絵巻物です。
ウサギやカエルなどが、人間さながらに相撲を取ったり川を渡ったりする様子が描かれ、絵のタッチや動物たちの動きは、現代の漫画とそっくりです。
同じ絵に繰り返し同じキャラが出て来て時間の経過を示す「異時同図法」。
水の流れや溜息など目に見えないものを線で表す「効果線」。
そして実際には存在しない、物体と背景との間を区切る「輪郭線」。
漫画の原点と言われるゆえんです。

輪郭線は、中国や日本など東洋の美術には当たり前のように使われる表現法ですが、西洋の油絵の中にはあまり見られません。
写実を重んじる西洋美術では、「実在しない線は描かない」ということなのでしょう。効果線も同様です。
日本では、大和絵、水墨画、浮世絵など、時代を代表する美術の多くは「輪郭線」が使われています。
漫画やアニメもその延長上にあると言えるでしょう。
(実際、漫画という言葉は葛飾北斎の残した「北斎漫画」からきている)
引き目鉤鼻と呼ばれる、目や鼻を一本の線でシンプルに表現する表現法も、輪郭線と合わせて日本美術の大きな特徴です。
写実よりも「記号化された美」が、日本美術の中心にありました。

アニメから輪郭線がなくならない理由

漫画やアニメも「記号化された表現」という意味では、こうした日本の伝統的な美術の系譜を受け継いでいるとも言えます。
WEB上でも、漫画やアニメの輪郭線についての考察が多く見られ、大変興味深いものです。

『もののけ姫』のキャラクターには輪郭線がありますが|吉田まさと|note
なぜデジタルアニメになっても、絵の黒い“輪郭線”はなくさないのか? -- アニメ | 教えて!goo

一つは、日本アニメはコマ数を減らしたリミテッドアニメなので、動きを滑らかに見やすくするために輪郭線を必要とする、という考察です。
また、分業の進む日本のアニメ産業界では、輪郭線は色の範囲を指定する役割も果たしているため、作業上ないと困るものである、という説もあります。
またセル画時代の名残という見方もあれば、漫画が原作の作品が多いので原作に近づけるためには輪郭線が必要、との見方もあります。
様々な考察があり、それぞれ日本アニメに輪郭線が使われる一つの要因となっているのでしょう。

それらを踏まえた上で、絵巻物や大和絵、浮世絵など、長年にわたり続いていた「記号化された表現」が日本絵画文化に根づいていて、作る側も見る側もそれに慣れている、という要素は大きいと、私は思います。

輪郭線に限りません。
西洋の美術では「雨」の表現は大変難しいものです。
広重の東海道五十三次の「白雨」に見られるような、雨を直線で表すような記号化は、写実を重んじる西洋美術ではなかなか取り入れられませんでした。
雨は直線、川の流れは曲線、人の目は一本棒、鼻は鉤鼻。
そうした表現に千年の間親しんできたわけです。
漫画やアニメの隆盛は、日本の歴史を見れば必然のような気もします

記号化された芸術を愛する日本人


よく考えると、日本の文化の多くは、写実的な西洋のそれと比べて「記号化」されたものが多いように思います。
例えば、能や歌舞伎のような舞台芸術も、高度に記号化されています。
リアルの追求よりも、誇張によって「映え」を求めていたのです。
剣道や空手などの武芸=マーシャルアーツと呼ばれる分野も、単に相手を倒せばよいのではなく、一種の「型」の中で勝負しています。
そこにも通底する思想があるように思えます。

リアルや写実よりも、型の中に強さや美しさを求める文化が日本的なものなのかもしれません。


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