ながさきふみ

詩と散文どちらも書きます。誰よりも届けたいある人のために書いてます。でも皆さんにも届く…

ながさきふみ

詩と散文どちらも書きます。誰よりも届けたいある人のために書いてます。でも皆さんにも届くといいです。 読んだあとでほんの少し気持ちが豊かに、無性に大切な人を抱きしめたくなるような文章をつづりたいです。

マガジン

  • 詩集 かりんとう日和

  • 〜詩〜

    詩と呼べるのかどうかわかりません。少しでも心が豊かになれたら幸いです。

  • 雨日記

    日記って雨が降る頻度くらいでつけるのがちょうどいいと思うんです。 雨が降った日に、雨が降るままにさらりと書き綴ろうと思ってます。

最近の記事

地滑りのあと

 地滑りのあとで、わたしがこれまで身につけてきた真実はすべて流された。土砂に手を入れると手のひらいっぱいに嘘が。匂いを嗅ぎつけた近視の鳥たちがやってきて貪り食った。わたしには嘘を所有することも許されない。  わたしは自分の口が発するものが不潔に思えたので、喋る前に言葉を水で洗うことを習慣づけた。するとむき出しになった言葉は刃となって誰彼かまわず傷つけた。そしてみんないなくなった。わたしは無口になったけれど、ある夜、寝言に襲われた。朝目覚めると内臓まで抉られていた。わたしは水

    • ハリネズミの孤独はシナモンの香り

       麦わら帽子が空を飛ぶ朝にあなたがわたしから奪ったのは名前だった。  生まれつき天使であるあなたがいうには、ここにもうわたしの居場所はない。あなたはわたしの名前をつかむとためらうことなく投げ捨てた。わたしは子供の名前に偽装した。目深にかぶった帽子で人目を忍び、ハリネズミの穴に逃げこんだ。  夏の日にあなたはわたしを見つけた。十六日ものあいだ太陽は沈むことをやめ夜に譲らなかった。機銃掃射の雨が氷砂糖でできたわたしの評判を溶かした。帽子のつばから滴る雫を舐めると甘かった。わたし

      • かりんとう日和

         かりんとうに似た雲を見つけた。  それがわたしの絶望の始まりだった。  かりんとうにもいろんな形があるのに、そう思ったのはなぜだろう。  わたしは入道雲に足をかけた。切り立った崖に似ていた。見下ろした街は巨人の太腿にできた鳥肌のようだった。  ずっと上のほうでかりんとうに似た雲が浮かんでいた。  あの頃、若いうさぎであるわたしにはわからなかった。  なぜこの手がやさしさしかつかまないのか。  この口が甘さしか感じないのか。  この目が悲しみを見ないのか。  この耳が喜び

        • 詩 『1999』

          分裂する 浜辺で鯨の群れが 打ち上げられ 死んだ 七年前の話 標本は 図書室にある 彼女は肋骨を盗んで 文庫本の栞にした 少女たちが 自分たちのシルエットを投げこむ 夕日の落ちた海に向かって 詩人が たまたま通りかかったフリをして 火をつける 美しくなんかなかった 憧れはくろぐろと 燃えていくさまを 写真家が撮影する 長時間露光で 少女たちの気づかないあいだに ある なんてことのない 砂埃の立つ夏に おぼろげな道を歩いた 一日 わたしの少女時代のすべてが そこにあった気

        地滑りのあと

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        • 詩集 かりんとう日和
          3本
        • 〜詩〜
          8本
        • 雨日記
          10本

        記事

          雨日記 #9 雨はまた降り落ちて新しい芽を咲かす

          暑い夏の日にわたしはやることがなかった。大学が夏休みに入る前にキャリーケースを持って、図書館で借りられるだけの本を借りた。長期休暇になると貸出できる冊数が増えるのだ。  古い世界文学全集から借りた一冊にフローベールがあった。フローベールを読んで、良質な文章というのは背筋が判断するということを学んだ。いい文章に当たると頭ではなく、背筋にそっと電流のようなものが走り、思わず背筋が伸びる。  わたしは昼少し前になると、車を出し、いつもの公園に向かう。成城石井の駐車場に車を停め、昼

          雨日記 #9 雨はまた降り落ちて新しい芽を咲かす

          雨日記 #8 オオワシが切り拓く風に乗り

          冬のはじまりを告げる雨が朝から音も立てずに降るのを玄関の扉を開けて知った。日曜日の朝、仕事に向かう。昔のわたしからすれば信じられないことだ。駅までの道を歩きながら、たまに静かな驚きと不思議さに包まれる。こんなふうになるなんて、あの頃の自分は想像もできなかった。  わたしはなぜかつての暗黒のことを思いだすのか。まるでその暗黒がどんな色で、どんな肌触りで、どんな匂いで、どんな濃淡でわたしのまわりを取り囲んでいたかを記録するように思い出している、思い出そうとしている。 こんな風に

          雨日記 #8 オオワシが切り拓く風に乗り

          詩 『またいつかくる告白のために』

          あの白く輝くすすきを見て 美しい言葉をいって、ときみはねだった 何もいえなかった 気のきいたことを いおうとしたわけじゃないけれど 素直にいえばよかった ひとこと あいしてると 高原にはむきだしの 傷つきやすい風が吹いて 耳をすますと さらさらと音がする 砂糖が流れているような そんなときじゃないと うまくいえない あいしてるなんて ぼくの声だけじゃ 伝わりそうにない その髪一本一本に 太陽が住む 白く光ったり 金に光ったり うつろわずにいる心なんてあるだろうか つぎ

          詩 『またいつかくる告白のために』

          雨日記 #7 魂の真暗闇の中で

          午前三時の暗闇に降っていたのは、もうずいぶん聞いていなかった冷たい雨の音で、わたしはあの頃、朝方になってやっと眠りにつくからというわけではなく、いつでも、四六時中わたしの中に降っていた雨の音を聞いていたせいで、そのささやかに窓のシャッターを打つかすかな音を耳にして、暗闇に降りそそぐ雨を思ったのだった。 話をする人も連絡を取る人も持たないわたしの生活は夜型になっていった。ひどかったのはいつだろうか。昼の三時ごろ起きて、リビングのカーテンを開け、食事を済ませ、ぼんやりしていると

          雨日記 #7 魂の真暗闇の中で

          雨日記 #6 闇堕ちはたとえばこうしてはじまる…?

          恵比寿では降らなかった雨が自宅周辺では降ったようだった。最寄駅に降りると地面は濡れていて、道ゆく人の話し声からすると、ずいぶん強く降ったらしい。電車で二十分ほどなのに。東京は狭くて、すさまじく広い街だ。  闇堕ち、という言葉を聞いても、それが何を意味する言葉なのかわからなかった。彼女と高校時代の話をしている際に、ふと言われた言葉だった。「その頃はまだ闇堕ちしてなかったんでしょ」と彼女はいい、わたしはなんとなく、言葉の語感から意味を推測して、たしかにその頃はずっとつるんでいた

          雨日記 #6 闇堕ちはたとえばこうしてはじまる…?

          詩 『獣』

          ここに獣と呼びたい心がある それは海に向かって吠え 砂丘に対して爪を立てる 生きろとハッパをかけたかと思うと 冷たい息を吹きかけ溺れさせる なにがなんだかわからない 次の一手はどうくるか 先手を取ろうとしても 暗闇に引っこんで出てこない こちらがそっぱを向いて 別の何かに心を配ろうとすると すぐさま現れ わたしの肘をつねる わたしはこいつの顔を知らない 何度か見た気がするけれど 思い出そうとすると まぶしい光を見たときのように像がぼやける 奴はわたしを連れていく 森の奥へ奥へ

          雨日記 #5

          朝起きて、彼女を迎えにいくときに家を出てやっと夜に雨が降っていたとわかった。晴天の空の下で地面は濡れている。わたしは駅まで急いだ。  誰かに会いにいくために出かけるなんて大学生の頃はなかった。本と出会うためならいくらでも電車に乗って本屋に行ったのだが、人と会い、話しをすることをやめていたわたしは、ひたすら書物を求めてさまよい歩いた。  神保町がわたしの庭だった。大学までの電車が通るからということもあったが、しばしば通った。神保町に着くまでに車内でひと眠りしてから本の町に降り

          雨日記 #4

          寝ているあいまに雨が降ったようだった。夜になって外に出ると雨の匂いがし、地面は濡れていて降ったのだとわかった。彼女と一日家にいて、昼を食べるとベッドに潜りこみ、お気に入りのドラマを一話分見てから寝た。そのあとでわたしは起きて、隣の小さな机に向かった。  その間に雨は降っていて、気づかないまま干しっぱなしにしていた洗濯物を濡らしていたかもしれなかったが、その同じ間に彼女はわたしの横ですやすやと眠っていた。雨も起こさないように気を使って降ったらしい。休息が必要だった。彼女にも、そ

          詩 『城で待つ』

          城の前で待つ 夕暮れどき ベンチに座った影は 猫背になっている 窓という窓に明かりがつきはじめている ポラロイドカメラを持った男がやってくる いつもこの時間に 写真を撮る 日を追うごとに 男の体は透きとおっていった わたしはそのことに 八日目に気づいた 男はいまほとんど透明で 消えそうだった 男は いくところいくところで 孤独がついてまわった いつからか 逸脱までついてきた 振り払おうとしても ついてきた 男を見ていると どこか 自分とは離れた場所で 泣いている子供を 見

          詩 『城で待つ』

          雨日記 #3

           前夜からの雨はやまず、やまないどころか強く降っていた。前日の祖母の三回忌と祖父の一周忌を一緒に行った法事は、終わったあとで外に出ると一瞬、日がさして目の回るような好天気だった。隣の墓地の一階には樹木葬によって葬られた墓があり、魂の蝶たちがさかんに飛び交っていた。  わたしの魂は雨が降ると二十代の頃の暗黒へと引き戻されるらしい。入った大学では図書館に入り浸った。人との関係を拒絶していたわけではないけれど、なぜか友人も、顔を合わせると挨拶を交わすような人さえできなかった。寂し

          詩 『過去からやってきた男』

          サスペンダーにシャツ 紺のネクタイ ローファーと帽子 人も信号機も街路樹も アップデートされている されてないのはわたしだけ わたしには行くところがない 上着の懐中時計をとりだす わたしにないものは時間だけ 現代的でなければならない 肉屋の軒先に人が吊るされているのを 誰かがタブレットで写真を撮る 万年筆と手帳を取りだす 花は蜜にもたれかかり 言葉は脈を失う わたしは透明になってしまいそう 海はまだ遠く 潮風はどもっている 透明な雨が降る 濡れているのはわたしだけ

          詩 『過去からやってきた男』

          雨日記 #2

          彼女は窓を開けた。雨の匂いがする、と彼女はいい、夕方にはまだ少し早すぎる暗い空を眺めた。雨はすぐにやってきた。あわてて洗濯物をとりこむ。  夕立の凄まじい午後に、その年、ゲリラ豪雨と名づけられた雨が降る。わたしはそのとき火傷した手を氷水につけて外を眺めていた。たらこバタースパゲティを作っている最中、バターを湯煎しようとしてボウルに熱湯を注いだら、誤ってボウルの底に手が触れた。鋭い電気が突き抜けた。これまでの火傷とは違う、鋭い痛みだ。  わたしはすぐさま氷水を作って手を入れた