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「ダーティハリー」シリーズを考える その3

『ダーティハリー』シリーズを考えるその3

2、ハリー・キャラハンの敵は誰か?(中編)

 サンフランシスコ市が身代金をすぐに払おうとしなかったとして、犯人のスコルピオは早速第二の犯行に移った。
 ビルの屋上から10歳の黒人の少年を狙撃して殺害したのである。
 矢継ぎ早にスコルピオは第三の犯行に着手する。14歳の白人の少女誘拐して再びサンフランシスコ市に身代金を要求を行ったのだ。
 ハリー・キャラハンが20万ドルの身代金を受け渡す役目を言い渡され、彼は公衆電話から公衆電話へとリレーさせられ、最終的に身代金受け渡し場所で激しく殴打されて、犯人、スコルピオに短機関銃で撃ち殺されそうになる。
 上司への命令違反を承知の上で相棒のチコを秘密裏に同行させていたことで、チコとスコルピオが銃撃戦になり、チコが撃たれる。
 ハリーは隠し持ったナイフでスコルピオの左太ももにナイフを突き立て撃退する。
 スコルピオは身代金を受け取れないまま、救急病院へ駆け込んだために、肋骨を折ったハリーは医師の証言から、スコルピオがスタジアムで住み込みで働いていることを知る。
 ハリーは同僚のディジョルジョと共にスタジアムに乗り込み、スコルピオの住処で狙撃に使用したと思われるライフルを見つける。
 逃げるスコルピオをハリーは44マグナム拳銃で足を狙って命中させ、倒れたスコルピオの足の傷を踏みにじって、誘拐した少女の居場所を白状させようとする。
 この拷問のショットは二人の姿からカメラはグッと引きになって、二人の姿が見えなくなるまでの超ロングショットになる。(このロングへの引くショットはラストシーンへの暗示にもなっている。)

 発見された少女はすでにスコルピオによって強姦されて殺されており、死体となっては発見される。
 検事局に呼び出されたハリーは、検事からスコルピオは起訴できないので釈放するという決定を聞かされる。
 ハリーが家宅捜索令状を取らなかったこと、警告なしにに銃撃したこと、拷問で少女の居場所を白状させたこと、尋問の前に被疑者の権利を説明するミランダ警告を行わなかったことは全て不法捜査になり、それによって得られた証拠品のライフルも証拠になり得ないと憲法学者から説明を受ける。
 被疑者の人権侵害が行われた以上、起訴しても裁判ではスコルピオの無罪は確実だというのだ。
 ハリーは法律がおかしいと反発するが、検事は不起訴処分を決定する。
 最初のハリーと市長のポリシーの対立はここでより明確になる。
 犯人の人権を擁護するために過度な暴力を慎まなければならない。市長のハリーへの警告はここへ来てハリーの行動を実際に阻止するに至るのである。
 市長の背後に映っていた星条旗のショットがここで、効いてくる。そうハリーが戦うことになる敵はサイコキラーのスコルピオよりも手強いアメリカ合衆国の憲法ということになったのである。

 ハリーのもう一つの敵、スコルピオとは何者か?
 次に問題になるのが、そこである。それも映画の仕掛けが物語っている。
 スコルピオは執念深く、機会を伺い、酒店を襲って店主の護身用の拳銃を奪う。それを使って、今度はスクールバスをジャックして、サンフランシスコ市長に再び脅迫を行う。
 20万ドルと逃走用の飛行機を準備しろと。
 犯人のスコルピオが犯行に使う道具に注目すると、この映画『ダーティハリー』のもう一つの仕掛けが見えてくる。
 スコルピオの第一の犯行、ビルの屋上で水泳している女性を離れたビルの屋上からライフルで狙撃して殺害する。第二の犯行は黒人の少年を同じライフルで狙撃して殺害する。第三の犯行では短機関銃でカトリックの神父を殺そうとするが、ハリーに阻まれ逃走中にこれで警官を射殺する。神父の射殺を断念して、少女を誘拐したうえで、身代金を受け渡し現場ではこの短機関銃でチコを撃って重傷を負わせる。
 最後の第四の犯行は酒屋の親父から奪った拳銃でバスジャックをする。
 この犯行に使われた一連の銃が謎を解く鍵になる。
 最初の狙撃用ライフルはスーツケースに収まる組み立て式のもので、アメリカではアリサカライフルと呼ばれる二式小銃である。
 二式小銃は1942年に日本軍で制式採用された落下傘部隊用の組み立て式ライフルで、日本軍の歩兵用の九九式短小銃を前後分割できるようにしたものである。スコルピオはこれを民間型銃床に組み替えた銃を使用している。
 第三の犯行で使われる短機関銃はエルマヴェルケMP40型短機関銃で、第二次世界大戦中ドイツ軍が使用したサブマシンガンだ。
 日本やアメリカではシュマイザーと呼ばれる拳銃弾を使用する短機関銃である。
 最後の犯行で、スコルピオが酒屋の親父から奪って犯行に使う銃がワルサーP38である。
 これも第二次世界大戦でドイツ軍の将校が使用した大型自動拳銃だ。

 つまり、スコルピオが犯行に使用する武器は全て第二次世界大戦中に使用されていた枢軸側のものであり、言ってみればヴィンテージ品ばかりになる。
 この小道具の使い方は劇中にはなんの説明もないが、明らかに恣意的である。
 なぜなら、その後のダーティハリーシリーズで登場する犯人の凶器となる銃は、アメリカ製のピストルか、ギャングが使う機関銃もアメリカ軍のトンプソン型サブマシンガン、またはイスラエルのUZIサブマシンガンで、日本やドイツの戦時中の武器は一度も登場していない。
 スコルピオが二式小銃を使うのは組み立て式で隠して携行するのが良いという利便性もある。
 しかし、ナチスドイツ時代のエルマヴェルケMP40型短機関銃などはアメリカでも手軽に入手できるものではないし、アメリカの犯罪映画に登場する機関銃といえば、戦時中のM3型グリースガン、トンプソンM1A1型、あるいは『笑う警官』や『サブウェイパニック』に登場した当時最新のS&WのM76型短機関銃などになる方が自然である。
 最後のワルサーP38型拳銃も然りである。

 ここにおいて、スコルピオはアメリカの武器を使用することは許されないのである。

 スコルピオはアメリカ合衆国が過去に対峙したファシズムのアレゴリーであることは明白なのだ。
 そして、ハリーがスコルピオに対抗する武器は彼のトレードマークであるS&WのM29大型拳銃であり、レミントンの大型ライフルだ。
 S&Wもレミントンも西部開拓時代からのアメリカを代表する銃器メーカーである。

 つまり、ハリーはデモクラシーを象徴する武器(暴力)の担い手であり、スコルピオはファシズムを象徴する武器(暴力)の担い手ということになるのだ。

(その4へ続く)

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