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過ちて改めざるこれを過ちという

先日、Twitterでの炎上に絡みました(笑)

僕はオンラインゲーム用のTwitterアカウントがあるのですが、そのアカウントで炎上の一部始終を見ていましたし、コメントもしました。


何をしたかというと、転載禁止と言われたものをTwitterにあげてしまったのです。

その画像を載せたツイートに対し、良心的な方が丁寧な言葉遣いで
「ツイート削除された方が良いと思います」とリプを送ります。

すると、何を思ったか
「1人から言われたくらいで消すわけないだろ。本当に削除してほしいならもっと多くの意見集めろ」と・・・

僕も大好きなコンテンツだったので、大好きなコンテンツを汚される、また関係者の頭を悩ませるのは嫌だったので、引用RTをさせていただきました。

もちろん、頭っから攻撃的なツイートをしたわけではなく、言葉を選びながら辞めてほしいとやんわりと伝えました。


がしかし、
「皆さんご苦労様です!ついでに違反しているやつにいいねするなって言っといてください!」
と謎の開き直り。


またしても引用RTしようかと考えましたが、これは目立ちたいだけのやつかなと思い、踏みとどまりました。

にしても、止まらない開き直り。

同じコンテンツを好きな人にこんな人がいるなんて悲しく思いました。


何を頑固にツイートを削除しないのかは全く分からずじまいでしたが、自分1人の行動で、コンテンツ全体が批判されるというのは悲しいことだなと身に染みて感じました。


また、孔子の言葉に
「過ちて改めざるこれを過ちという」
という有名な言葉があります。

間違えてしまったことが間違いなのではなく、その間違いを改めないことが間違いなのであるという意味です。

まさしく、今回の炎上の件はこれに尽きるかなと。

転載してしまった。これももちろん悪いことですが、
なにより指摘してくれたのに素直に改めなかったことが問題でした。


結局今回の炎上した方は、その日のうちに反省したようで、たくさんの方に謝罪のリプを送っていました。

これも最初の指摘で謝ってツイートを削除していればこんなにも手間になることはなかったのに、手間がかかるだけでなく、世間の信頼も失ってしまいました。


誰しも過ちは犯してしまうモノです。
ですが、その過ちにどう向き合うかというのが大切ですね。

また、自分1人の行動で多くの人が傷ついたり、関係ない人の評価が下がったりということが普通に起こりうる時代です。

自分はただの一般人だからと思わずに、責任感を持って行動することが大切だなと感じました。



ちょっと話は変わりますが、SNS全盛のこの時代。
もっとSNSの勉強をするべきだなとも感じました。

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