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見える見えないを超えたところにあるもの | 映画「ナイトクルージング」

1.はじめに

「全盲の映画監督が映画を撮る」様子を追うとともに、制作スタッフ側から見た「全盲の映画監督と映画を撮る」体験も味わえる映画だと思う。

「ナイトクルージング」は、生まれつき全盲の加藤秀幸監督が、各分野でのプロフェッショナルと協力し合いながら映画を撮っていく姿を追ったドキュメンタリーである。

晴眼者の世界では世の中をどのように認識しているのか、全盲の方の世界ではどうなのか、お互いが探りながら、お互いの意見を丁寧にくみ取りながら一つの作品を作っていく。

大学教授や研究所の職員が、加藤監督に「色とはどういうものなのか」「美しい顔とはどのようなものを指すのか」などをロジカルに、かつ模型を使いながら説明するシーンがある。

また、加藤監督が、制作スタッフに、全盲の方がどのように空間認識をしているのか説明しているシーンもある。音の(反響の)大小をもとに、その空間に風船がたくさん詰まっているようなイメージで空間を認識しているとのこと。興味深い。

私たち健常者が障害者を見る時、「何か欠けている人たち」と見てしまいがちだ。しかし、とんでもない。加藤監督を見る限り、聴覚や嗅覚や触覚、その他の感覚で視覚を補完して生活しているのだということがわかる。

以下、映画の各パーツについて私の解釈をお伝えするので、ネタバレを見たくない方はここでブラウザを閉じてください。

2.冒頭

冒頭、真っ黒なスクリーンに13分間の音声のみが流れる。しかし、私たちは「何もわからない」のではない。人物の台詞、声の抑揚、効果音、音楽などから、自分なりに頭の中に映像を作り上げていく。このことにより、視覚以外の感覚で情報収集し、ストーリーを把握していくことを私たちも体験できる。

3.映画館

真っ黒なスクリーンが映画館に変わる。映画館には数人の視覚障害の方がいる。それぞれの方が「好きな映画」に関するインタビューを受ける。それぞれが「好きな映画」について、生き生きとした表情で語り始める。そしてどの方もものすごく詳しい。「映画を観る」という行為が晴眼者の専売特許ではいということを私たちははっきりと知る。

4.加藤監督の生活

加藤監督の日常生活が映し出される。加藤監督が白杖をついて歩いていると、「すみません!」と言って慌ててよける人々。その人々の反応とは裏腹に、加藤監督の日常はいたって普通で充実している。システムエンジニアとして音声対応のPCを駆使し、ミュージシャンとしても活動する加藤監督。(ドキュメンタリーの最後の方に出てくるのだが、料理もうまい)健常者がイメージしている障害者の生活と、実際の障害者の生活には大きな隔たりがある。

5.映画製作

加藤監督の「映画を作りたい」という長年の夢を叶えるため、友人の佐々木誠さんとともに、大学教授や研究者、映像製作のプロフェッショナルの協力をあおぐ。
それぞれのオフィスの豪華さから、おそらく彼らにとって「おいしい案件」ではないことは容易に推測できる。しかし、彼らの、「視覚という壁を超えてみたいという探究心」がそれに勝っているように見える。彼らは丁寧に模型を使ったりしながら、加藤監督がどのような映像を作りたいと考えているか理解しようとする。勝手に解釈して先に進めようとせず、慎重に意見の合意点を探りながら進めていく様子が印象的である。
一方で、加藤監督も人の気持ちを動かすということに非常に長けた人のように思う。それぞれのスタッフに敬意を払いながら、わからないことはわからないとはっきりと言い、明確に意思を伝えようとしている。
長らく映像製作に携わっている佐々木さんが、加藤監督の意思を尊重し、余計な手助けをしない様子も、とても気持ちいいなぁと思う。

※佐々木誠さんはこのドキュメンタリー全体の監督なのですが、混乱を避けるため「佐々木監督」ではなく「佐々木さん」と表記しています。

6.GHOST VISION

ラストに近いところで、映画内映画と言うべき、映画「GHOST VISION」が流れる。「普段私たちが見られないものが見られるのではないか」と私たちはついつい期待してしまうのだが、「GHOST VISION」で描かれる世界は、私たちがこれまで見てきたような風景、なんとなく既視感のある風景で満たされていることに気づく。全盲の方が感じている世界と、晴眼者が見ている世界は、実はほとんど変わらないのかもしれない。もちろん、加藤監督自身が映像を確認することはできないので、確かめる術は無いのだけれど。

7.佐々木監督

この映画のもう一人の主役は、ドキュメンタリー映画全体の監督でもある、佐々木誠さんである。
佐々木さんと加藤監督のやりとりは屈託がなく、爽やかである。
そこには障害者と健常者の壁などまったくなく、ただ友情だけがある。
「GHOST VISION」の中に、全盲の主人公が「ああ、見えない。それがどうした」という台詞があるが、その台詞が二人の関係性を表しているように思える。

佐々木さんは、自然体で魅力的な障害者を撮るということにおいて右に並ぶ人がいない監督で、
2015年の「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」でも、とてもセクシーでかっこいい障害者の姿を見せていただいた。

最後に。

映画の後にサイン会があり、劇場パンフレットを加藤監督にすっと出してしまい、一瞬間があった。関係者の方がさりげなくサポートしてくれたのだけど、加藤監督の人柄や内面を2時間見続けることで、「目が見えない」という大前提をすっかり忘れてしまっていたのだ。これは私に起こった興味深い変化だったのだけれど、「見える」「見えない」を忘れて、いろんな人が分かり合えるようになれば良いと思う。加藤監督と佐々木監督のように。

映画「ナイトクルージング」公式サイト

※写真は現在上映中のUPLINK吉祥寺のWebサイトからお借りしました。

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