見出し画像

二酸化硫黄(SO₂)と生体アミンの関係性

少し前のことですが、ワイン醸造時におけるSO₂の添加と醸造後のワインに含まれる生体アミンの含有量に関する話題がSNSのTLを賑わせました。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、この時の話題を簡単にまとめると、いわゆるワイン不耐症といわれる症状の原因が長らくワインに添加される二酸化硫黄 (SO₂) とされていたのに対して、実際には二酸化硫黄ではなくワインに含まれる生体アミンが原因であり、その生体アミンの生成はワイン醸造段階における適切な時点で適量の二酸化硫黄を添加することで極めて低く抑えることができる。翻って、二酸化硫黄の添加を否定する (一部の) 自然派ワインやナチュラルワインこそこうしたワイン不耐症に対しては有害となりかねない、というものでした。

話題の発端はニュージーランド在住のマスター・オブ・ワイン (以下、MW) 候補生 (当時)、Sophie Parker Thomson女史が提出した、MW試験向けペーパーです。

ちなみにこのぺーバーをMWが書いたと記述しているサイトもあるようですが、厳密にはMWになるための試験に向けたものですのでMWが書いているわけではありません

遅ればせながらこのレポートを読みましたので、ここではその内容にも簡単に触れつつ、ワイン醸造現場からの視点を書いていきたいと思います。

なお私自身はあくまでも原本のレポートを読んだだけで、別の方が行われているウェビナーには参加していません。このためウェビナーでフォローアップされた内容に関しては把握しておりませんのでご注意ください。

話を進める前に1つだけ注意事項です。

この話題をTLで見かけるようになってから私自身が気になっていたのですが、このレポートが扱っているのは「ワイン不耐症」であってアレルギー症状や飲みすぎなどからくる頭痛ではありません。「ワイン不耐症」というものを私自身が詳しく理解しているわけではありませんが、レポートには次のように書かれています。

Wine intolerance is distinct from wine allergy, which is an immunoglobulin E (IgE)-mediated response and is relatively uncommon (Wigand et al. 2012). Intolerance reactions are a non-immune-mediated sensitivity and potentially include reactions to ethanol, acetaldehyde, flavonoids, sulphites and BAs (Wüthrich 2018). (中略)
Although wine intolerance is not an allergy, individuals anecdotally claim they are ‘allergic to wine’ because of their allergic-type response, hence the classification pseudoallergic (Wüthrich 2018). Symptoms are diverse, with the general consensus that if two or more of the following are present, it is an instance of wine intolerance: circulatory collapse; shortness of breath/asthma; tachycardia; itching; flushed skin; swelling of the lips, mouth, throat; low blood pressure; rhinorrhoea; burning sensation in the lips, palate, neck; stomach or intestinal cramps; diarrhoea; vomiting; headache (Wigand et al. 2012).

"What is the Relationship Between the Use of Sulphur Dioxide and Biogenic Amine Levels in Wine?" Sophie Parker Thomson 2020
"What is the Relationship Between the Use of Sulphur Dioxide and Biogenic Amine Levels in Wine?" Sophie Parker Thomson 2020 より引用

「ワイン不耐症」がアレルギー様の症状を見せること、「ワイン不耐症」にも頭痛や嘔吐感といった馴染みがある症状が含まれることなどからついやってしまいがちですが、このレポートの内容を「ワイン不耐症」以外の事例としての頭痛などにも汎用的に適用することは誤った拡大解釈となります。

この点においてワインを飲んで感じる頭痛の原因は生体アミンであって亜硫酸ではない、とこのレポートの内容だけで完全に断じてしまうことはできません。

なお生体アミン、特にヒスタミンがワイン不耐症の症状とは別に頭痛を引き起こす原因物質であることが指摘されている事例もありますが、一部の薬理学的試験 (ファーマコロジカルテスト) では確認されず、フェニールエチルアミン (Phenylethylamin) の多量摂取が一部の被験者にそのような症状を引き起こすことが指摘されたりもしています

では本題に入りましょう。

ワインの醸造過程における生体アミンの生成およびその抑制を考えるうえで意識すべきポイントは次の2点です。これはこのレポートを理解していくうえでも重要です。

この記事はオンラインサークル「醸造家の視ているワインの世界を覗く部」に投稿した記事の内容の一部を再編集したものとなります
#サークル記事

ここから先は

2,452字

¥ 498

ありがとうございます。皆様からの暖かい応援に支えられています。いただいたサポートは、醸造関係の参考書籍代に充てさせていただきます。