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時を経てなお #12(エピローグ)

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 大武闘会を終えてしばらくの後。とある邸宅。すっかり旅支度を整えた男と、貴族じみた装いに身を包んだ女が、語らいの場を持っていた。

「では、行くのか」
「ああ、行く」

 旅支度の男――ラーカンツのガノンは、正装に身を包んだ女――ローレン・パクスターに向けてハッキリと応じた。ガノンの手には、幾枚かの札――近隣数カ国の通行証が、しっかと握られている。『ガナン』としてのものではあるが、彼が安全に旅路を行くには欠かせぬものであった。

「報酬は、確かに」
「受け取った」

 今一度、二人は確認する。これを手にするまでにも、二人は散々に労苦を重ねたのだ。今さら不足や不便が生じるわけにはいかない。その気構えを、両者は共有していた。

「……結局、陰謀は明るみに出なかったな」

 ガノンが滞在期間を振り返り、言葉を発する。すっかり大武闘会での傷は癒え、容貌魁偉の身体には気力が満ち満ちている。それだけの期間を出発までに要してしまったのには、のっぴきならぬ理由があった。

「アンガラスタ公爵家が、二の手を練っていたからな。『万が一にもお眼鏡……パリスデルザが敗れた場合は、あくまで王佐、宰相の役に徹する』。そちらの札を、切られてしまった」
「しかしそのお陰で、おれは助かったとも言える。あの時おれに向かっていた連中の中には、幾人か手練れが潜んでいた。制止がなければ、おれは寄って集って嬲り殺されていたかもしれん」
「それは……」

 ローレンはガノンの言葉を否定しかけ、直後首を横に振った。ガノンがここまで言うことの重みを、彼女とて知らぬ訳では無い。『事の行き来は、賽の目の如し。誰にも操れぬもの』――そんな古い言葉を、彼女は脳裏に浮かべた。

「ともあれ。すべては無事に終わり、アンガラスタ公爵家の陰謀も闇に沈めた」

 彼女は言葉を続ける。あの折、群衆と刺客、そして捕縛を試みた軍隊を止めたのは、陰で糸引くアンガラスタ公爵、その人だった。公爵はガノン……いや、『蛮人ガナン』を称え、終の戦、その勝者と認めた。そして様々に差し障りがあるとし、覇者を称える式典などを一旦繰り延べとしたのである。
 もちろん、これは常ならぬことであった。しかしそもそも、蛮人が大武闘会を制したことそのものが、史上初の事態である。そういう理由もあり、観衆は不満を漏らしつつも、結局は矛を収めざるを得なかった。こうなっては手練れどもも悪目立ちするわけにもいかず、観衆に紛れて得物をしまい込んでいた。結果、ガノンはなんとか窮地を脱したのだった。

「公の呼び立てで、おれまでもが招かれたのには驚いたがな」

 ガノンが、その後のことを振り返る。蛮人の優勝。そして、その蛮人が異国のお尋ね者である事実。蛮人をお眼鏡に据えた背景。それらを踏まえて、アンガラスタ公爵の屋敷で密談が持たれたのだ。そしてその場では、いくつかのことが定められた。

 一つ。此度の大武闘会、その覇者は蛮人の『ガナン』とすること。
 一つ。『ガナン』への褒美は、ガノンが求めていた『近隣諸国の通行証』とすること。
 一つ。表向き『ガナン』は覇者への報奨をすべて辞退したものとし、お披露目や式典は一切執り行わぬこと。
 一つ。賞金首であるガノンがログダンに足を踏み入れた事実は、一切皆無とすること。
 一つ。アンガラスタ公爵家とパクスター公爵家は、これらの約定をもって相互の疑惑一切を不問とすること。

「公爵も汝の姿には驚きを見せていたからな。溜飲が下がった」
「……ならいい」

 ガノンは、いよいよ席を立った。これ以上語らっていれば、誰ぞが気変わりを起こさないとも限らない。密談からさして時は過ぎていないが、位階上昇を目論む貴族どもが、動いていないとも限らなかった。しかし。

「ガノン」
「なんだ」

 ローレンに呼び止められ、ガノンはいかつい顔を振り向かせた。その瞳に映ったのは、時を経ようとも変わらぬ、女戦士の顔だった。公爵と、漂泊にして賞金首の蛮人。立場は変われども、変わらないものがそこにはあった。

「報酬だ」

 ローレンが、袋を投げ渡す。ガノンは表情を変えることなく、それを受け取った。中を改める。混じり気なしの、ラガダン金貨が詰まっていた。重さからして、おおよそ百かそこらか。これにはガノンも、思わず大きな眼をひん剥いた。

「おい」
「私の願いは叶った。汝は、約定を果たした。これは、その報酬だ」
「……」

 ガノンは、しばし無言だった。ローレンの目を、じっと見続ける。しばらくそうしてから、彼は軽く息を吐いた。

「わかった」

 ガノンは、無造作に袋を腰へと括った。ローレンの、笑う声。彼は耳聡く、それを指摘した。

「なぜ笑う」
「あの折と、変わっておらんとな」
「そうか」

 ガノンは、それだけ言って旅路へと向き直した。タラコザへの道のりは未だ遠い。これ以上の時間は、費やせなかった。

「さらばだ」
「ああ、さらばだ」

 かつては交わさなかった別れの言葉を、今度は如実明確に交わす。こうしてガノンは、再び旅路へと向かったのだった。

時を経てなお・完

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