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時を経てなお #3

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「なっ……!」

 『ログダンにて陰謀があり、それをガノンに打ち破って欲しい』。その依頼を聞かされたガノンは、本人ですらあるまじきと感じるほどに背を仰け反らせた。己は蛮人である。文明人からしてみれば異邦人であり、賤民である。そんな己に、国家の重大事を託そうなどとは。ガノンでなくとも、正気を疑うような発言であった。

「……いかなる仕儀によるものか。場合によっては」
「さもありなん、ですね。如何なガノンどのでも、我が正気を問うでしょう」

 ガノンが疑問を露わにすると、ローレンは素直にうなずいた。おそらく彼女自身も、己の決断を認め難いのだろう。蛮人に、国の一大事を預ける。それがいかなる屈辱か。蛮人であるガノンには、推し量ることしかできなかった。

「ですが、私は正気です。ローレン・パクスターは、そなた。ラーカンツのガノンに、我が公爵家お眼鏡としてログダン王国大武闘会に出場していただきたいのです。そして」

 女公爵は立ち上がり、ガノンを真っ直ぐに見た。そして直後。深々と、最敬礼を彼に向かって発した。発してしまった。

「ログダン王国八大公爵家筆頭、アンガラスタ公爵家による王家簒奪の陰謀を、なんとしても打ち砕いていただきたいのです!」

 女性にしては大柄の身体を折り曲げ、腹の底、心の底からの願いを発するローレン・パクスター。その視線はガノンとは交わらず、ひたすらに下を向いている。

「……」

 ガノンは、彼にしては珍しく沈思黙考に入った。かつて、一介の放浪者であった頃の彼ならば、可否いずれかの決断をすぐさまにしたのであろう。だが、今の彼にはそれができなかった。今の彼には枷があり、成すべき使命がある。故に、決断をためらっていた。

「おれは、バグダ王国から賞金首にされている身だぞ」
「名を変え、少々だけお姿を整えて頂きます。まさか八大公爵家が蛮人、それも賞金首をお眼鏡にするとは思いますまい。その程度の変装でも、おそらくは」

 疑問を発したガノンに、ローレンは朗々と応じる。その堂々たる振る舞いには、ガノンでさえ呆気に取られるほどだった。その姿に気圧されたのか、ガノンはつい素っ頓狂な問いをしてしまった。

「……貴様、おれが流れて来なかったらどうするつもりだったのだ」
「それならそれで、他の策を考えたまで」
「……」

 ローレンの凄まじい受け答えに、ガノンはいよいよ言葉を失った。彼は再び黙考に入り、一度その黄金色にけぶる瞳を閉じた。ローレンはなにも言わない。ただただ時の止まったような空間が、その場には生まれていた。

「わかった。戦神を奉ずる者に、二言はない」

 そして遂に、ガノンの首がはっきりと縦に動いた。彼は、内心にて己を恥じていた。一度発した言葉を、心ならずも違えようとした己。戦神を尊ぶ者として、恥ずべき行為をしようとしていた己。それは、もしも己に使命がなければ、自決をもって戦神に詫びていたであろう。彼にとっては、それほどの行いだった。

「ありがたい……!」

 ローレンは、再びしっかと頭を下げた。ログダン王国八大公爵家としては、有り得ない振る舞いである。だが。それほどの振る舞いをしなければ、彼女はガノンへの感謝を示せなかった。示しても、示し切れなかった。
 しかしガノンもまた、頭を下げた。一度は約束を違えようとしていたことを明かし、そして詫びた。そうして二人は、ひとしきり真意を交わし。

「陰謀とは申しましたが、既に事は明白に進んでおります。現在我が国の王は、畏れ多くも聡明なお方とは言えぬ」
「……つまりアンガラスタ公爵家とやらは」
「ほぼほぼ我が国の実権を握っております。此度の謀は、それをより盤石とするためのもの。己が手下である王家武術指南筆頭役を、国内中枢に送り込む腹積もりなのです。否、場合によっては」
「一等の褒美に姫の一人でも嫁に取り、王家の一員になるか」
「……その恐れさえもある」

 感服したとでも言いたげに、ローレンは首肯した。そしてその際、ほんのかすかに。端正な表情に陰りを見せた。常人には気付き難い変化だ。しかし、彼女が言葉を交わしている相手は、【大傭兵】と呼ばれた男だった。彼は記憶をたどり、その原因を暴き立てる。

「そういえば。かつておれたちが闇より救い出した姫。あれは名をなんと言ったか」
「おお、ミア様のことか。ミア様は……」
「闇の者に攫われたのだ。腫れ物にでもされておるか。そして、かの公爵家はそこを突いている」

 ローレンの顔がにわかに曇り、ガノンはそこからすべてを喝破した。闇に侵されておるやもしれず、他国にも送り出し難い姫。それを貰い受ける者がいるとすれば、どれだけ王国にとってありがたいことか。そして。

「……やはり汝にはわかるか。そうだ。これは私のわがままでもある。王国への忠誠もさることながら、姫様を政争の生贄にもしたくない。そういう邪な思いも加わっている。嘲るが良い」

 ローレンはその流れに、抗っている。国の意志に、自らの意地で逆らわんとしている。戦士としての放浪と、傭兵団長としての栄華。それらの時を経たガノンの見識は、意図せずしてそこまで暴き立ててしまっていた。

「嘲る、か」

 ガノンは、小さく口を開いた。続けて、口角を小さく上げた。それが笑みであるとローレンが気付くには、少しばかり時間が必要だった。

「公爵の振る舞いとしては嘲るべきだろうが、おれはそうは思わん。おまえの真意が聞けた以上、もはや二言の余地はない」
「かたじけない」

 ローレンが、またもガノンに頭を下げた。ガノンはうなずき、それを受け入れる。二人の間に心で繋がる、真なる協力関係が生まれた瞬間だった。

「よろしい。では汝はこれより、パクスター公爵家の眼鏡に適った蛮族の武人、『ガナン』だ。よろしく頼む」
「良かろう」

 こうしてガノンは『ガナン』となり、ログダン王国大武闘会の場に立つこととなった。己の果たすべき使命を、より近付けるために……。

#4へ続く

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