私にとって「仕事」は依存先だった
自覚できていなかったけれど、私は仕事に依存しているんだなということがコーチングセッションを受けて分かりました。
冷静に考えるともう少し早く気づいていてもよさそうなものです。
私の特性
仕事で評価されるのが喜び、成長大好き、頼られるの嬉しい、生産的な状態が好き、多忙も歓迎が私でした。
多分そういう私の特性もワーカホリックになりやすい一因なのだろうなと思います。
ワーカホリック気味の自覚あり
ワーカホリック気味だというのも分かっていたし、仕事の占める割合が大きすぎるのも気になっていました。
ここまで分かっていても、仕事に依存していることに気づいていませんでした。びっくり発見です。
コーチングセッションを振り返ったnoteにも書きましたが、依存しているということについて整理しておきたいので書きます。
依存が一番しっくり
ワーカホリックという言葉ではなく、依存と言った方がしっくりきます。
(広く認知度があるのはワーカホリックという言葉なので、人に説明するにはワーカホリックでも良いと思います)
仕事からいろんなものを得ようとしている状態なんだなーという所から、コーチから「全部欲しい」ってなっていると、声をかけられて気づきました。
全部を仕事に頼っている(全部を与えて欲しい)→依存じゃないかっ!!ってなりました。ピースがぴたっとはまったような感覚です。
仕事との距離がとれない、大事なもの過ぎて仕事のウエイトを下げたいけれどそれで良いのか、逆に仕事と人生の境目がないのが理想だとか、いろいろ言っていたけれど、そもそもの関係性が依存。
今の私と仕事の状態がよく分かってなかったのに、それを自分から引き剥がすとか、そのままにするとかを考えること自体が難しいことだったと思います。
うーん、そして依存していると分かった今ここです。
となると、この不健全な関係はやっぱり改善しようとなります。
仕事に依存しているから、仕事の不調が私の不調にダイレクトにつながってしまう。逆に言えば、仕事がうまくいっていれば、楽しく生活できるとも言えます。
ただ、成長楽しい、頼られてそれに対してこたえられる間は良いのだけど、成長の限界にぶち当たるとこれがまた焦燥感というかもやもやを生み出した経験もあります。
仕事というこれからも関係が続くものが対象
ここで厄介なのが、アルコールや薬物など良くないものだから完全に関係を切れば良いという単純な話ではないこと。
仕事、私にとっては人生に占めるウエイトが高いのもだということにも反映されているように大事なものです。かけがえのないもの。
大事なものだから今後も関係を続けていく訳で…。
仕事をしないで生きていくのも現実的ではない。
恋人、とか家族みたいな大事な人に依存している関係を改善するのに近いと思います。
ただ、私と仕事は双方向の関係ではなくて一方的に与えてもらってる状況。
いつからなのか?
看護師として働き始めてからなんだろうなーと思います。家に持ち帰って仕事をするのも許容していた時期もあったし、成長楽しいという時期もありました。
職種的にもワーカホリックになりやすいのかも?
まだワーカホリックについて知識がないので推測ですが、人の役に立つのが分かりやすい仕事なので、どんどん仕事にのめり込みやすい職種なのではないかと思います。
まとめ
仕事に依存しているのは、他の依存症と同様に治療というと大げさだけど解決法があるのかな?
仕事中毒、ワーカホリックに関して少し調べてみようと思います。
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