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ナカさんの読書記録 「うたかた 七代目鶴澤寛治が見た文楽」中野順哉

文楽の三味線、人間国宝七代目鶴澤寛治さん。平成29年に寛治師匠から著者の中野さんへ「戦前から現在までの文楽の道のりを描き残したい」と言われ聞き書きした本です。寛治師匠は本の出版に間に合わず平成30年9月にお亡くなりになりました。薄手の本ですが内容も写真も素晴らしい本でした。

昭和三年生まれの寛治師匠。幼い頃の原風景から若い頃の修業の苦労などが綴られています。戦後の文楽が二つに分裂していた時、寛治さんが因会。先日読んだ本の竹本越路大夫は三和会。それぞれ大変な苦労の中公演を続けられました。やがて国で文楽を保護してくれることになり因会と三和会が再び合流して今の形になったわけですが、それまでの対立や松竹の事などが生々しく語られています。驚いたのは太夫の指導方法についてかなり辛辣に越路太夫や住太夫を批判していること。こういう事は文楽内部の技芸員にしか分からないことですね。かなりハッキリと現状の大夫養成の問題点についてズバッと語られているのでビックリしてしまいました・・・。今では昔のやり方に戻りつつあるようですが。私のような西洋音楽育ちからしたら「三味線が太夫を育てる」というのがとても不思議な気がしますが、義太夫のようにとても長い時間をかけて習得する芸能には理にかなっているような気もします。三味線から太夫へ、また太夫から三味線へ、何十年も綿々と伝えられる芸。一代限りでなく後世へ繋いでいかないとならない芸ですから同業が教えるよりも、お互いを高め合っていく方法に行きつくのかもしれません。

若い頃の修業中のエピソードでとても印象深い場面。公演で北海道を訪れた時、寛治青年は白い雪の上で何かを見つけます。
「指さす方を見ると白い雪の上を、黒い塊がころころと動いてる。しばらく見ているうちに犬が雪の上を飛び跳ねているのだと分かった。その時であった。ふと心の中にぴんと来るものがあった。『もしかしたら、父か言っていたことは、このことではないだろうか?』厳しい修行というのは面白いもので、常に自問自答をさせられるうちに、自然と目に映る光景を別のものにしてゆく。犬が転がるように雪の上を走る光景も、気がつけば三味線の音になっていた。」師匠である父の前でさっそく弾くと嬉しそうな顔をしてくれた。寛治師匠の感性豊かで芸術性が感じられるエピソードです。

また、この本は写真がとても素敵です。表紙のモノクロ写真、きりっと張り詰めた床の空気が伝わってくるようですし、義兄の津太夫さんや住太夫さんなどの若い頃の写真、またお孫さんの鶴澤寛太郎さんたちにお稽古つけている写真など、どれも良い写真ばかり。寛治師匠ファンだけでなく文楽ファン皆さんに手に取って欲しい本です。どうか寛治師匠の芸が後世に繋がっていきますようにと、文楽愛がますます深まる一冊でした。


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