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「ギター・ソロとか間奏を聴き飛ばす若者が増えている。音楽文化の衰退だ」と嘆く前に、もう一回冷静に考えましょう。


前回は、「映画を早送りで観る人たち」の読後に、「テレビはもうダメだ」と嘆いている人達に「それちゃうんちゃう?」と異論を唱えさせていただきました。今回もタイトルからして「それちゃうんちゃう?」という内容です。映像と音楽はその鑑賞の方法が違うから同列に語らないと前に言ったので、今回は音楽について語ります。

映像コンテンツを鑑賞するときは「視聴」という言葉を使います。読んで字の如く、観るだけでなく同時に聴くのが普通です。鑑賞している間は、視覚と聴覚をそこにフォーカスしているので、基本的に他のことはできません。一度に10人(諸説あり)の話を聞くことができたという聖徳太子でさえ、一度に10本の映画は観られないでしょう。
一方音楽は、聴覚だけ使えばいいので、所謂「ながら」ができます。勉強しながら、運転しながら等など。現に今も、僕はSpotifyでDaft PunkのRAMを聴きながらこの記事を書いている。もちろん、「ながらなんて邪道だ、他の情報は遮断して音楽に集中するのが音楽鑑賞というものだ」と言われてしまえばそれまでなのだけど、ほとんどの場合、正座して目を閉じて聴くってことはあまりなく、何かをしながらというのが現実だろうと思う。高校生が、葉巻を燻らせながらブランデーを啜り目を閉じてコルトレーンを聴く、なんてことはないだろう。
カーナビは、運転中でも音楽は再生できるが、テレビは停車している時しか観られないように設定されている。


もう一つ、コンテンツの長さにも大きな違いがある。クラッシックの交響曲のように数十分もある作品もあるが、ポピュラー・ミュージックなら数分というのが標準値だと思う。これに比べて映画なら2時間前後、テレビドラマなら1時間から2時間で、シリーズになれば日本の場合10本程度、海外だと1シリーズ20本前後が標準だ。

だから、映像作品は、よっぽど好きな作品以外は「1回しか」観ない。これはサブスクになって何度でも観放題になっても変わらないだろう。レンタル店でDVDを借りたら、一度観たら返却し、多分もう一度借りることも観ることもない。
しかし、CDをレンタルした場合、気に入ったアルバムならリッピングしてスマホ等で繰り返し聴くだろう。気に入らなくても、後からいつでも消せるので取り敢えずスマホに保存しておく。歩きながら、本を読みながら、お気に入りの曲は繰り返し聴くのだ。
映像作品は、いくらお気に入りでも、毎日何回も観たりはしない。
もちろん、短尺モノのYouTube作品やTikTok作品ならそんな視聴も不可能ではないかもしれないが、好きな曲ほどの頻度には決してならないだろう。
そして、音楽は聴かれれば聴かれるほどヒットする。ヘビーローテーションなんて、最も初歩的な、そのためのマーケ戦略だ。
映像は何度も観られたら飽きてしまう。お笑いの場合より顕著になる。オチが分かっているネタを何回も観る人は、よっぽどのファンだけだろう。

だから、政治家の先生やIT系のエンタメコンテンツにリスペクトのない人達が、「報酬請求権でいいじゃないか、著作権を守るだけじゃなくて利用してこそ作品も生きるんだろう。使われた分だけお金が入ってくるんだし。」というのは、一面あたっているが、もちろん映像については完全に外れている。
映像は、作品を鑑賞してもらえるチャンスは、大体の場合一回こっきりだ。ならば、一番いい状況で、一番いい環境で、一番いい条件で観てもらいたいというのが著作者の願いで、「勝手に共有サイトに上げてますが、マネタイズできます」と言われたって、「やったあ、おおカネになるのか!」とはならず「カネさえ貰うたらええちゅうもんやないねん!」なのである。

前置きに1,500文字も使ってしまった。
ここからが本題に移る。

サブスクサービスが一般的になってからというもの、所謂「聴き散らかし」(僕が今作った言葉です)問題が話題になりました。定額聴き放題だからちゃんと聴かない。ちょっと聴いて飛ばす。作品に対する冒涜だ云々。
確かになけなしのお小遣いをはたいて買ったLPが全然良くなくて、でももったいないから次の月まで何回も聴いたという経験は僕にもある。でも今は、暫く聴いて好きじゃないと思ったら躊躇なく次に送る。
昔のようにフィジカル中心のときは、さすがにリリースされる曲数もそれを耳にする機会も限られていたが、今は毎日のように新曲がリストに上がってくる。「映画を早送りで観る人たち」でも語られていたが、タイムパフォーマンスを極端に気にする世代にとっては、好きじゃない曲に時間を取られたくないだけなのだ。それは、レコード世代の我々だって同じ。「俺達の愛する名曲を聴き散らかしやがって」ということではないと思う。
タイムパフォーマンスを最重要視する若者が、わざわざギター・ソロだけ飛ばしたり、間奏を飛ばしたりするだろうか?
そんな面倒なことをするわけはない。ギター・ソロや間奏が何小節あるとか、何秒続くとかもわからないので、次にボーカルが始まる点を探すのは大変だ。そんなタイムパフォーマンスの悪いことをするわけがない。極めて眉唾の議論だと思う。
あと、イントロを長くすると聴かれないし、サビまで持たないし、SNSで共有しづらいから、どんどんイントロが短くなったり、サビを頭に持ってくるようになってしまった、とお嘆きの方も多いようだが、これも今に始まったことなのかどうなのか甚だ疑問だ。このイントロがあって曲に引き寄せられることはいくらでもあるし、頭にサビを持ってくるなんてベートーヴェンが始めたテクニックだし。
そもそも、CD最盛期には、15秒しか無いCMやドラマやテレビ番組のテーマにタイアップで使用してもらうことに血道を上げていたではないか。

アメリカのサブスクサービスでは、旧譜比率が3分の2もあるそうだ。CDの販売比率とは明らかに傾向が違う。サブスクは長く聴かれる名曲にとって悪影響は無いのだ。

サブスクに関しては、そんなことを議論するより、もっと考えなければいけない根本的な問題がもっとある。ここからが本題だ。

何で、サブスク加入者が増えてもCDの売上減をカバーできないのか?

サブスクの料金が安すぎるんです。欧米で加入料月額はiTunes Storeのeアルバム(ダウンロード)一枚分を基準にして、日本だと,500円〜1,800円に設定しなければならないはずだが、御存知の通り大体980円が標準である。
これだと、今まで月に1枚アルバムを買っていた人が、サブスクに乗り換えると1人あたり500円〜800円のマイナスが音楽業界の売上に生じてしまう。CDからサブスクに切り替える人が進めば進むほど音楽業界の売上はシュリンクし続けるということだ。

アーティストにはいくら戻ってくるのか?

日本のメジャーレーベルとアーティストやその所属事務所が結ぶ専属実演家契約は、実演家印税がだいたい1%です。
多額の契約金を貰い、コンサートの赤字もレコード会社に支援してもらっていたときの料率が今も残っています。
ということは、サブスクで100万回再生されても、1再生0.5円(これでもやや高いほうだと思う)として、レコード会社に入ってくるのが50万円。専属実演家契約に基づいてアーティスト或いは所属事務所に入ってくるのは5,000円だ。
2020年、英国で自国内で100万回以上再生されたのは1,723アーティスト。全体の0.41%にすぎない。
これどうにかしていかないと、音楽を志す若者がいなくなってしまう。

こんな動きが進んでいくんだろうと思う。
放送局、レコード会社、事務所がレコードが売れて笑いが止まらなかったのはもう20年以上前のことですよ。

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