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【旅の記憶】午前3時のシャルル・ド・ゴール

早朝3時のパリ、シャルル・ド・ゴール空港は閑散としていた。
フィレンツェ行きの飛行機は10時まで出ない。それまでの時間、私はただただ待機するしかないのだった。
少なくとも空港内のカフェなり何なりが開くまでは。
一体何時間かかって私は移動を完了するのだろう。
昨日の日本時間の午後早くに家の最寄りの駅を出てから、丸一日が経過しようとしていた。

いや、もちろん初めからこんな長時間トランジット(乗り継ぎ)を予定していたわけではない。
伊丹→成田→パリ→フィレンツェと、さくさくさくと乗り継ぐつもりだったのだ。

ケチのつき始めは私のうっかりミスだった。オンラインでJALの正規割引航空券を予約する際、
安いチケットが目の前でなくなることを危惧して焦っていたため
個別ばらばらに便の設定を変えられることに気づかず、
画面に表示されたとおり、泣く泣く「伊丹→羽田、成田→パリ」という経路を選んだのだった。
「伊丹→成田→パリ」はもう満席なのかと思い込んでしまったのだ。
後から考えれば搭乗半年前に国内線、しかも大阪から東京という大メジャー路線が満杯になどなっているはずがない。
ネットシステムが、一番待ち時間の少なくなる便を仮に画面に出していたにすぎなかったのだ。
待ち時間が少ないからって移動を増やしてどうする。お陰で羽田から成田へのバス移動という行程が加わった。

予約してしばらくするとJALから、
「閑散期なのでご予約のパリ→フィレンツェ便は飛ばない可能性があります。
もう一つ後の便に変更してもらうか、すべてを一回キャンセルしてやり直していただけませんか」
との電話がかかってきた。
すべてをキャンセルするともうあの早期割引価格で再予約することはできないだろう。
それよりは一便ぐらい遅い時間でも構わない。その選択の結果が今回のド・ゴール空港一人待機、という状況を生んでしまった。

ちなみにその電話で自分の失態を挽回するべく、
えーと、あのー、ついでに伊丹→羽田を伊丹→成田に変えてもらえませんか、という極めて低姿勢な依頼は、無論叶えてもらえなかった。
なにせエコノミーの最大割引運賃。変更やキャンセルに厳しいからこそ、この値段になっているのだ。自業自得である。

さて、愚痴から始まったようになってしまったかもしれないけれど、本人はこういう状況を楽しんでもいる。
何しろ旅先でさて困った、となると闘志が湧く性格である。
これまでも、短期貸しアパートの鍵が開けられなくなったときしかり。ドミトリーのベッドに天井から雨漏りしてきたときしかり。
もちろん本当に困った怖い事態にはならないように細心の注意を払っているので、
これは後から思えば笑える、というレベルの困った、に限るのだけど。

シャルル・ド・ゴール空港には午前3時前に着いた。到着時に驚いたことがある。
JALのサービスなのか、コードシェアのエールフランスのサービスなのか、
飛行機を降りると地上係員が緑と黄色の札を持って待っていてくれたのだ。
なんと乗り継ぎの人を2グループに分けて目的のターミナルまで連れて行ってくれるという。
大体が飛行機降りたら後は自分でどうにかしろ、というのが当たり前の世界なので、これは信じがたいサービスだった。
深夜到着だからだと思うが、少しかったるそうな係員の兄ちゃんが神様のように見える。
とにかくこの空港は広い。同じターミナル2の中を移動しているだけなのに、延々歩く。
深夜の内に工事や掃除をしている、その中をまるで空港内見学ツアーのようにぞろぞろと。
更に信じがたいことに入国審査が終わるのを待って、まだ先まで送ってくれたのである。
今もこのサービスがあるのかわからないけれど、思い返してもとても嬉しいサプライズな出来事だった。

まったく何も聞かれない簡素な入国審査を終え、黄色の札について行く。
到着したのは2Eのターミナルである。ほとんどの人はここから目的地へ向かうのだろう。
しかし小都市フィレンツェへの便は2Gから出発する。2Gは後からできた離れ小島的な小規模ターミナル。
係員に、朝5時半にならないと2Gターミナルへの接続バスが出ないから、それまで2Eターミナルの中で待っているように言われる。
日本で調べている際に、バスが動き出すまでどこか安全に待てる場所があるのだろうかと心配していたので、これは本当にありがたかった。

そんなわけで、私は一人、2Eターミナルのベンチに座って本を読んだり半分寝かかったりしている。
いくら安全なターミナル内とはいえ、貴重品一式を持ってぐっすり寝込むわけにはいかない。
まだ眼の前の免税品店は開いておらず、空港職員が時折通りかかるだけだ。
孤独。改めてそれを感じる。旅に、特に一人旅に出ると、それはもう自由なのだけれど、それは同時にひどく孤独でもあるということだ。
寂しくて、何が起こってもすべて自分の責任で。そう思うと奇妙に能動的な感情も湧いてくる。
孤独も全部ひっくるめて、さあかかってこいとでも言うような。
時間になれば私は接続バスに乗り、2Gターミナルで更に数時間を潰し、
待望のフィレンツェ行きの便に乗り込むだろう。
もうすぐそこだ。私は縮こまった身体を大きく伸ばした。

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