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【旅の記憶】体力勝負、ヴェッキオ宮殿

フィレンツェのウフィッツィ美術館に行った日の夕方、今度はお隣のヴェッキオ宮殿にも行ってみた。
ミュージアムだけなら10ユーロ、塔とプラスなら14ユーロ。ここで塔に登るつもりはなかったのだが、4ユーロの違いならと塔付きにする。
「じゃあ、先に塔に上がってね」と言われた意味がよくわからなかったのだが、
後から思うに塔の方が先に閉まるか、日が暮れて暗くなったら景色が楽しめないと思ってくれたのか、どちらかだろう。
しかしこれが・・・心の準備をまったくしていなかったので、とにかくしんどい。
もちろん徒歩。直前にアイスクリームを食べて回復した体力がどんどん奪われていく。

この建物は13世紀の終わりから建設が始まった、フィレンツェ共和国政庁だったものだ。
目の前はシニョーリア広場という町の中心的広場で、隣はウフィッツィ美術館、今ではお高めのカフェなども周囲を囲んでいる。
三層構造の上にゴシックの二連窓、その更に上部に、横っちょに寄ったような危なっかしい感じで高い塔が聳えている。
今、私が登っている、まさにこの塔である。
時間が遅めだったからか塔を踏破しようとしている人の姿はなく、今何合目かが掴めない。
うう、後日ドゥオーモかその隣の鐘楼に登る予定だから、別にここパスしてもよかったのに・・・と一人愚痴りつつ、
それでも諦める気持ちにはなれなくて、ふらふらと細い階段を登り続ける。
途中から、眼下にウフィッツィ美術館のテラスが見える。今もまばらに人が歩いている。
あそこで朝はこのヴェッキオ宮殿の塔をバックに写真を撮ったのだと思い当ると、ちょっと愉快な気分になった。

一番上の見晴らし台に着くと、数名の観光客の姿があり、私がわざとらしく「ふーっ!」と眼を回すと、お疲れさん、という感じで笑ってくれた。
いや、ほんとに体力減退痛感。来年の目標は体力増進だな、とは毎年思っていることなのだけど。
いつまでだってアグレッシブな旅がしたいから、なんて運動の理由としてはカッコいいのだが、ストレッチすら長続きしないのが情けない。

そんなことより、驚いたのだ。この日はフィレンツェ3日目だったが、3日目にして初めて、私はフィレンツェをこの眼で見たと思った。
眼下に広がる赤茶色(バラ色とも形容される)の屋根屋根は、見渡す限り続いている。この統一感。この整然とした美しさ。
私の、そしておそらく多くの人にとってのイメージとしてのフィレンツェは、上から眺めたフィレンツェだったのだ。
初日に少し感じていた違和感(何だか思っていたフィレンツェと違う←失礼)はここから来ていたのかもしれない。
私は今更ながら、唐突に、憧れていた町にやって来たことを実感したのだった。

しかし、宮殿内部散策に関しては、個人的にちょっとばかり残念な結果になっている。
今思い出してもトイレ探しの苦い記憶ばかりが鮮明なのだ・・・
いやいや、数々の美しい絵画。当時の地図の正確さに舌を巻く「地図の間」。
隙なくゴージャスな装飾を施された「百合の間」。
そして共和政時代にはここで市民会議が開かれたという二階の巨大な「五百人広間」。
どれも堪能したのだが、途中でトイレに行きたくなってしまい、この迷路のような宮殿を右往左往するはめに。
表示もなく経路もはっきりしない。
そこで係の女性に尋ねると、英語で説明してくれるのだが、
「あっちに行けばある」みたいな単純な説明ではなく、難しくて聞き取れない。
持っていたリーフレットで案内図を探していると、英語がいまいち通じない私に少々いらついた彼女が、
「OK、よく見てよ、チケット!トイレット!」と図の一カ所を指し示した。
どうやらチケット売場まで戻らないとトイレはないと言っているようだった。
わかりやすく言ってくれたのだろうけど、何だかものすごく恥ずかしい思いをする。
慌てて「ああ、同じ場所なのね」などと言葉を濁しながら、で、どっちに行ったらチケット売場なの?と肝心なことも確認し忘れ、
ともかく部屋を出たら先程上の階から眺めたあの巨大な「五百人広間」。
扉だらけでどこが目指す場所なのかまったく不明。
うろうろしていると、広間の入口に、こちらも管轄なのかさっきの女性がやって来て立っているのが視界に入る。
私のことを心配して見ているわけでもなさそう。あの子、何やってんのかしらと思われそうで更に焦り、
ちょうど眼の前の家族連れが「どこかへ」抜けるドアを潜っていったのについていったら奇跡的に出口=チケット売場だった。
ああ、歴史的建造物で私は一体何をやっておるのだ。何だか一気に疲れが来て、私にしては短い滞在時間でベッキオ宮殿を去ったのだった。

ちなみに余談だが、帰国してからダン・ブラウンの小説『インフェルノ』を読んだ。
『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズの最新作(当時)で、何と主な舞台がフィレンツェとヴェネツィアだったのだ。
この小説で最大級の見せ場はヴェッキオ宮殿で繰り広げられる。
ああ!知っていたらもっと鑑賞ポイントが変わったろうに!ダンテの○○の場所とか!
ただ主人公のラングドン教授が宮殿内でトイレを探すシーンが出てきた時には、仲間だ、と小躍りした。
当然彼の場合は私とは違って「作戦」だったのだけど、それでも。

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