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におい数値化の研究は人間に何をもたらすのか【投げ銭note】~ドリアンの普及と「阪大、すべての匂いを数値化する技術で匂いをデザインするサービスを開始」(マイナビニュース)を中心に~

1.はじめに

視力検査や画像の解像度を示すdpiは視覚情報を、騒音を測定する機械は聴覚情報を数値化します。他にも、味覚や触覚など、五感の数値化する研究は、様々な場所でなされてきたと思われ、我々の生活に快適さ、時に不快さを解釈する理屈を提供してきました。

五感と言えば、私は聴覚情報の脳での処理に問題があるのか、聞き間違えや言い間違えには敏感に反応してしまうほうです。

その反対に、感覚鈍麻といいますか、嗅覚のほうは、消毒液やタバコ、酒などのアルコールを含む薬品っぽいものを除いて、においを嗅ぎとることが難しいという特性があります。院生時代、とある他の大学の先生に懇親会の席で「嗅覚が鈍いと、緊急事態の時、煙や揮発性の毒液なんかに気がつかなくて、生命が危ないじゃないか!」と言われたことがあります。当時の私は、においを数値化してくれ、「●●の成分が多いから、健康に被害が及びますよ」という機械がない限り、私は逃げられないのではないだろうか、と深刻な顔をして、苦手なアルコールの囲まれたまま、動けなくなっていたんものです。

そんな嗅覚の鈍い私に、朗報になるのか分かりませんが、においを数値化してデザインが可能になったという面白いニュースを耳にしました:

「阪大、すべての匂いを数値化する技術で匂いをデザインするサービスを開始」(マイナビニュース、2017.9.1)

本記事では、この阪大の研究とサービスを紹介しながら、嗅覚鈍麻の自分として、「においの数値化は人間に何をもたらすのか」、少し、考えてみようと思います。



2.「阪大、すべての匂いを数値化する技術で匂いをデザインするサービスを開始」(マイナビニュース)の内容

 2-1.嗅覚受容体群と「全自動1細胞解析単離装置」とは?

さっそく、ニュースの内容を確認していきましょう。

阪大、すべての匂いを数値化する技術で匂いをデザインするサービスを開始
早川厚志 [2017/09/01]

大阪大学(阪大)は、香味発酵と共同で、産業上有用な匂いを嗅覚受容体で数値化してデータベースを構築し、新しい匂いをデザインする事業展開が開始されたことを発表した。
(「阪大、すべての匂いを数値化する技術で匂いをデザインするサービスを開始」(マイナビニュース、2017.9.1)

においといっても、「産業上有用な匂い」と聞くと、トイレの芳香剤や柔軟剤、それから香水あたりがデータベースの対象になっているような印象を受けました。ニュースの続きを読んでいきましょう。

同大産業科学研究所の黒田俊一教授らの研究グループは、独自開発した全自動1細胞解析単離装置を駆使することで、特定の匂い分子に反応して活性化する嗅覚受容体群を網羅的に単離する唯一の方法を2016年に開発した。今回サービス展開を行う香味醗酵は、黒田教授が開発した嗅覚受容体解析技術の社会実装を担う大阪大学発ベンチャーとして、平成29年5月に設立された。
(「阪大、すべての匂いを数値化する技術で匂いをデザインするサービスを開始」(マイナビニュース、2017.9.1)

難しい用語が並んでおりまして、私には、クリアにわかりません。

要は阪大の黒田先生たち研究グループが、独自に開発した、「全自動1細胞解析単離装置」なるものを駆使するこどで、ある特定のにおいの分子に「反応して活性化する嗅覚受容体群を」すべて、ひとからげに一括して分離してしまうという、ことでしょうか。

中高の生物科目の知識がベースの私がネット検索したところ、生物には、においの刺激を受け取る嗅覚受容神経があるそうですね。昆虫だと触覚にあるようです。それが群れたようになっている場所と思われるのが「嗅覚受容体群」でしょうか。

分からないまま、進むのも気持ちが悪いです。ニュースに出ている、概念イメージのビジュアル図を見てみましょう。

人間(ヒト)の嗅覚受容体が並んだ円形で表現され、特定の臭いについて、「全自動1細胞解析単離装置」を通すことで、どのヒトの嗅覚受容体がどのくらい強く、どのような反応をしているか、数値で見えるようになる。私はそのように理解しました。


 2-2.現在の段階とにおいの強い果物・ドリアンへの応用の可能性

この研究を用いてサービスを行うのは、今年5月、「黒田教授が開発した嗅覚受容体解析技術の社会実装を担う大阪大学発ベンチャー」の香味醗酵ということです。今回の研究で、大阪大学の理系部局は各研究所を含めて、実用的で面白く、かつ商業的にすぐ転用できそうな技術を開発しているイメージが、私のなかで形成されてしまいました。

少し、話が脱線しますが、大学院の基礎工学研究科システム創成専攻の石黒先生の開発した人型ロボット関係では、劇作家で平田オリザさんがそのアンドロイドを実際の舞台に上げる試みがあったと読んだことがあります(平田オリザ『わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か』(講談社現代新書)講談社.2012)。

さて、話をにおいの研究に戻しましょう。進められている研究は、現在、以下のような段階にあるそうです。

現在、(1)任意の匂い(混合物でも可)による嗅覚受容体群(ヒト約400種類、マウス約1000種類)の活性化度合いを迅速測定する方法、(2)任意の匂いを嗅覚受容体群活性化度合いで表現する方法、(3)求める匂いを他の匂い分子群で迅速に再構成する方法——の3つの技術を特許申請しているという。 

研究グループが開発した嗅覚受容体を発現する細胞群から、任意の匂い(混合物を含む)に反応する細胞のみを全て迅速に取り出す方法を駆使して、ニーズに即した匂いのデータベース構築を進めている。この蓄積したデータを活用することにより「匂いの感じ方」に基づく匂いの要素分解及び再構成を行うということだ。
(「阪大、すべての匂いを数値化する技術で匂いをデザインするサービスを開始」(マイナビニュース、2017.9.1)


上記の3つの特許を取得しようと、申請中とのこと。このグループでは、様々なにおいに対する嗅覚受容体の反応結果を「匂いデータベース」に構築。蓄積したデータの活用をすることで、「匂いの感じ方」の要素を分解したり、再構成したりすることが可能なようです。

「匂いの感じ方」の要素の分解・再構築の話を聞いて、ある本を思い出しまた。数年前、マレーシアを訪れたことをきっかけに、現地の特産品であるドリアンが個性的で面白く、帰国後に読んだものです↓
塚谷裕一『カラー版 ドリアン―果物の王』(中公新書1870)中央公論新社.2006


本書のなかで、ドリアン大好きな著者は、野外調査で東南アジアから、勤務先の日本の大学の研究室にドリアンを持ち込んだ際に起こった「事件」を披露しています。ドリアンのにおい成分は化学式上、都市ガスに近いそうですが、人間の嗅覚は、五感のなかでも個人差が大きいようで、おまけに、においに慣れることで、感じ方や精神的な印象も大きく変化するといった解説があったと思います。ドリアンのにおいに慣れてしまった著者が、大学の研究室でドリアンを切っていたところ、隣の研究室の人たちが「このにおい、都市ガスが漏れたに違いない!」とガス屋さんを読んでしまい、研究室周辺が騒然となった。そういう「事件」が書かれていました。

阪大のにおい研究に話を戻しましょう。もし、「匂いの感じ方」の要素を分解したり、再構成したりすることがドリアンにも使えるようになれば、「都市ガスみたいなにおいのしない、おいしいドリアン」が生まれる可能性もあり得ます。よくドリアンのにおいに関するエピソードで、「においが強すぎて、東南アジアの飛行機の機内、シンガポールではホテルによって、持ち込み禁止」になるといいます。阪大のにおい研究を応用すれば、果物の王様と呼ばれ、人によってはハマってしまうドリアンの愛好家を増やす契機があるかもしれません。ドリアンに思い入れのある私には、ぜひ、「都市ガスのにおいのしない、ドリアン」を作ってほしいと願っております。


 2-3.「においデータベース」とその研究の活用方法

ドリアン普及の個人的な野望は片付けるとしまして、阪大の研究グループが考えている活用法は一体、どのようなものなのでしょうか。ニュースの終盤を見てみましょう。

高価な香りを安価な成分で調香師の経験に依らず迅速に代替すること、限りなく本物に近い擬似的な飲料を官能試験によらず迅速に開発すること、加齢臭等の嫌な匂いを積極的に感じなくする物質を迅速に見つけること、さらには微量に存在するだけで匂いを強めたり弱めたりする成分の解析と原理の理解や、精神活動を制御する匂いの解析と原理の理解、生殖活動を高める匂いの解析と原理の理解といった、これまで不可能だったことが可能になるということだ。
(「阪大、すべての匂いを数値化する技術で匂いをデザインするサービスを開始」(マイナビニュース、2017.9.1)

思った以上に、実用化の道がたくさんあるので、書き出してみました。全部で5つです。

 1.高価な香りを安価な成分で調香師の経験に依らず迅速に代替する
 2.限りなく本物に近い擬似的な飲料を官能試験によらず迅速に開発する
 3.加齢臭等の嫌な匂いを積極的に感じなくする物質を迅速に見つける
 4.微量に存在するだけで匂いの強さを調節可能な成分の解析と原理の理解
 5.生殖活動を高める匂いの解析と原理の理解

それぞれ、1は香水や化粧品、2は食料品や医薬品、3はアパレル商品の方面で実用化に役立ちそうです。4は、すぐ私の頭では実用化が思い浮かびません。5に関しては、酪農や畜産の生産上昇、ヒトでいうところの媚薬的な効果の発揮で少子化対策や人口の増加促進といったところでしょうか。

上記に挙がっている以外でも、実用化の幅が広そうで、楽しみな研究です。



3.最後に

においは、古今東西、消臭、殺菌といった衛生面、毒薬の焼香による殺生方法、生殖活動を高める媚薬的なものといった、色々な使い方が研究され、一部は実行されてきました。2-2で触れたドリアンのところで、人間の嗅覚は、五感中、個人差が大きく、におい慣れすることにより、相手に対する印象も大きく変化すると書きました。

今回の研究は、においの使われ方だけでなく、人間のにおいに対するニーズのデータベース構築もなされているようで、ひょっとすると人間の成長に合わせた「においのニーズ・データベース」が作られるかもしれません。例えば食の分野で、幼少期に特定の子どもが嫌がる食材のにおいを調節することで、子どもの好き嫌いを減らしたり、保育園や小中学校の給食で食べ残しを調節できたり、そういった活用方法も十分考えられます。

ところで、私は嗅覚鈍麻であり、本記事の冒頭で、消毒液やタバコ、酒などのアルコールを含む薬品っぽいものを除いて、においを嗅ぎとることが難しい鼻を持つと告白しました。薬品と言えば、どうも都市ガスも薬品っぽく感じるようで、マレーシアに行った時、現地の友人が買ってくれたドリアンケーキをにおいのせいで、完食することができませんでした。今回のにおい数値化の研究が進み、においのほうだけでなく、自分の嗅覚受容体群での感じ方さえ、変えられるようになるなら、薬品っぽいにおい以外のにおいに敏感になるだけでなく、ぜひ、ドリアンが食べられるような変化をもたらして欲しいと願っております。

おしまい。


*本記事は、投げ銭制を採用させて頂いております。もし、お読みいただいて得るものがあったとか、少しでも暇つぶしになったとか、ありましたら、寄付をして頂けたら、執筆者の励みとなります。


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