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ももたろうと最低限の合意形成

昔話『桃太郎』を下敷きとして、私の作風と《私の家族やパートナーたちが普段から、私に対して取ってくれる合意や確認や説明の姿勢》を踏襲し、戯れにリライトしたものです。

私は基本的に犬が大好きです。犬が出てくるたびにフワフワした、あるいはゴワゴワした犬の毛の質感を思い出して頂けたらそれだけで嬉しいです。


『桃太郎』

むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。

ふたりは自分と違う性別の人に恋をする、異性愛者だから、おじいさんとおばあさんの家庭を作ることにしたのです。二人には子供はいません。これは、二人で、おたがいの時間を楽しみたいから、と決めたことでした。どうしても出来てしまった時は、もちろん愛する人との間に出来た子供ですから、大切に育てる覚悟でしたが、無理に作ろうとはしませんでした。

おじいさんは山へ、しばかりに行きました。二人は家のしごとを分担していますが、おじいさんは川辺よりどちらかといえば山歩きが好きだったため、しばかりの希望を出したら、話し合いで、おばあさんが快諾しました。

おばあさんは川へ洗濯に行きました。どうせ家のしごとを分担しなければなりません。だったら趣味の釣りを楽しみやすいほうがよい、と思いました。おばあさんは、洗濯物が乾くまでの間、ヘラブナを釣っていました。

おばあさんがヘラブナを釣っていると、ありえないほど大物がかかりました。

「なんじゃ!?この川は小魚ばかりのはずじゃが…」

慣れた手つきで川の流れと獲物のパワーに駆け引きを挑みます。

「おらあああーーーーーーー!!だああああらっしゃああああーーー!!!」

釣り上げたのは、大きな、大きな、桃。

「なんだ…」

怪魚を期待したおばあさんはガッカリしました。桃を川にリリースしようとした、その時、おじいさんの声がしました。

「おばあさんや〜、なんだそれ〜?」

「つまらぬ桃じゃ。間違って釣ってしもうた。」

「捨てるの?そんな大きい桃を?」

「わしは桃には興味ないからな。なんじゃ、じいさん、食べたいか?」

「食べたいなあ。」

ならば自分で持って帰るようにおばあさんが促すと、おじいさんはもちろん頷きました。

「ありがとう。ばあさん、捨てようとしていたところ、無理を言って悪かったね。おれが食べたいと言ったんじゃ。邪魔になるようにはしないから心配しないでくれ。」

と言い、山で刈ったしばと桃を、くふうしながら、持ち帰りました。おばあさんは、頷くと、まだ洗濯物が生乾きだということを説明した上で、もう少し釣って行くと、おじいさんに告げました。

おじいさんはもちろん頷き、大物が釣れるように応援してから、家に帰りました。

家に帰ったおじいさんは、まず桃を洗いました。そして、割る前に皮を剥きました。ふだんは片手に桃を持ち、もう片方の手に持った小刀でくるくると剥いていましたが、今度の桃はあまりにも大きいので、床に置きながら剥きました。おじいさんはわくわくすると同時に、邪魔になるようにはしないと言ったものの、とても二人で食べきれる量ではない、それどころか、おばあさんはそれほど果物に興味がないため、余ってしまうことを心配しました。

余った場合の算段を立てながら、皮を剥いていきました。すると、中から妙な音がします。

「おぎゃあああああーーーーーっ」

「ええ?!」

驚いたおじいさんが桃を割ると、中から赤ちゃんが出てきました。体を見る限りでは男児のようです。本人が自分を男児だと自覚しているかは、相手が赤ちゃんなので、今のところわかりませんでした。

おじいさんは困ってしまいました。子供がいないのは、おたがいの時間を楽しみたいからで、おばあさんと二人で決めたこと。事故のような展開ですが、自分の勝手で子供を拾ってきたかのような状態になってしまいました。おじいさんは、おばあさんにすぐ相談する必要を感じましたが、赤ちゃんを迎える準備が無い家だったので、置いていくわけにもいかず、仕方なく、家でおばあさんのかえりを待つことにしました。

待っている間、おじいさんはまず、桃に触れていた男児の体を拭き、ひとまず適当な布を浴衣のようにまとわせ、赤ちゃんが口にできるものは何もなかったので、仕方なく水を口に運ぶと、少し飲んでくれましたが、不服そうにしています。

「どうしたんだい?」

赤ちゃんは、ちら、と、桃のほうを見ました。

もしや…、赤ちゃんが水分を含む栄養素として桃をまとっていたとしたら…。おじいさんはその可能性を疑い、赤ちゃんを桃に戻すと、赤ちゃんはほどほどに桃を食べ、桃の中で眠りにつきました。

それから十分ほど経ったでしょうか。

「ただいまー。」

赤ちゃんはカッと目を見開き、泣き出しました。

「あああああ…寝たところだったのに…。」

慌てたおじいさんは赤ちゃんを桃から取り出して抱き上げると、赤ちゃんは一層泣きました。桃に戻すと少し落ち着いたので、泣き声はうるさいものでしたが、多少泣き声がマシになる桃に戻し妥協するしかありません。

「じいさん、どういうことじゃこれは…。」

「おれもわからないんだ。ただ、桃を割ったら出てきたとしか言いようがない。」

「そうか…。信じられないような話だが、じいさんがそう言うのだから、わしにとってはお前さんが真実じゃ。そうなのだろう。どうしたものか…。」

おじいさんとおばあさんは若い頃からずっとお互いの話を丁寧に聞いて生きてきたので、信頼が出来上がっていましたし、仮に判断が難しい問題が目の前にあったとしても、相手の話を信用した上で考える、ということにしていました。

「それから、そこにあった布切れを着物にしてやろうと勝手に着せてしまったのだが、泣き出したので着せたまま桃に戻したら、桃の水分で着せた布が汚れてしまった。もうあれは洗わねばだめだろう。いつもおばあさんが洗濯物をしてくれるのに、仕事を増やしてしまって申し訳ないことをした…。」

「うむ、構わない。わしは趣味の釣りを楽しんでいるところもあるから、洗う布が1枚増えたくらいは構わんのじゃ。それに、趣味がなかったとしても、じいさんはわしの苦労が増えることを分かっているじゃあないか。だから面倒が増えても嫌だと思ったことはないのじゃ。」

「そうか、ありがとう。おれはおばあさんのそういうところをとても好きだとおもっておばあさんと一緒になったんじゃ。」

「よせやい。」

「よし、おばあさん、子供を欲しがっている人をさがそう。おれはおばあさんと約束したとおり、二人の家庭で十分なのだ。」

「うむ、そうじゃな…。しかし、どうしてももらってくれる人がいなければ、わしらの家で育てるよりほかなかろう。わしが釣ってしまった、じいさんも割ってしまった。責任は、おあいこじゃ。」

おじいさんとおばあさんは、赤ちゃんをやみくもにつれあるくわけにいかないため、まず、子供を欲しがっていたけれど出来なかった家庭の心当たりを、出し合いました。その上で、家族の話し合いが、きちんとできる家から順に、聞いて回ることにしました。

何軒か聞いて回りましたが、どの家も、だいたい、おじいさんとおばあさんの同世代だったので、感情としては是非迎えたいが、自分たちの寿命を考えると軽はずみに面倒を見るとは言えない、ということで悩んでいました。とは言え、あなたたち夫婦も高齢なのは同じ。事情は分かったので、もしあなたたちの身に、私たちよりも先に何か起きた時には、遺された子が困らないように協力しましょう、と、どの人も言っていました。

二人は不安でしたが、少し気が楽になりました。

家について赤ちゃんを桃に戻すと、赤ちゃんは再び桃を食べました。するとどうでしょう、赤ちゃんが少し育ったではありませんか。さっきは観察する余裕がなかったので分かりませんでしたが、確かに育っています。

「名前はどうしよう、おばあさん」

「困ったね、この子はどんな名で生きていきたいだろう。わからないから、大きくなるまでは、あだ名で呼んで、大きくなったら、自分の好きな名前を自分がつければいいんじゃないかのう…。」

「しかしおばあさん、それでは名前をきちんとつけてもらえなかったということで、愛情を感じられない、ということが起きないだろうか、おれは心配だ。」

「なあに、案ずることは無い。あんたのことを大事に思って自分でつけられるように名付けず居たが、あんたが名付けられることで愛情を感じるなら、今から素敵な名前を考えるから、私たちの話し合いを聞いていてくれと言えばいい。」

「そうかもしれないね。きちんと名前をつけられることに愛情を感じるというのもおれの憶測にすぎないから、大きくなったらおれたちのつけた名前を嫌がるかもしれないしね。よーし、どっちでもいいな。」

「ももたろう」

「!?」

「!!」

突然子供が割って入ってきたので、二人はとても驚きました。

「ももたろう」

どうも、本人の希望が既にあるようでした。おじいさんはもっと、たとえば桃源丸のようなかっこいい名前をつければ喜ばれると思い、おばあさんはきっと、自分でつけるからには、悩みに悩み抜いて凝った名前にしてくると思ったので、拍子抜けしましたが、ももたろう、というシンプルな響きにかなり驚きましたし、場合によっては周りの家々から、子供にいい加減な名前をつけたと後ろ指を指される可能性さえ感じましたが、本人が望むのだからそれが一番だと思い、男の子の名前は、ももたろうに決まりました。

ひと月もすると、ももたろうはすっかり大きな青年になりました。大きすぎるため食べきれなかったときの後片付けを心配した桃も、結果的にはももたろうが食べ尽くしたため問題ありませんでした。

「ももたろうや、世の中にはいろんな人間がおるが、きみは自分をどう思うかね?たとえば自分は何者で、どんな人が好きだ、とか、人を好きになったことはない、とか、何かあるのかな?」

おじいさんが尋ねると、ももたろうは言いました。

「僕が何者か。うーん、難しい質問です、おじいさん。でも、僕が今自覚している限りでは、僕は桃から生まれた男性で、好きな人は…そうですね、これは、信頼しているおじいさんだから打ち明けるのですが、山を越えた街で先日みかけた、かぐや姫様を思うと、どうも、体が火照ってなりません。こうした気持ちはどうすればいいのでしょう。」

「なるほど、桃太郎。きみは男性で、女性の中の、かぐや姫様が好きなのだな。よくわかった。おれもおばあさんに想いを寄せていた時に、同じ気持ちになったことがある。どうにも、ここが硬くなってしまってな。」

「!…やはりおじいさんも、そのようになってしまうのですね。僕も悩んでおりました。」

「もっと早く教えておけばよかったな、すまなかった。ももたろう、これは男の本能で、女を想うと、ここが硬くなり、相手の体に入れたくなってしまうものだ。これを入れると、男が気持ち良くなる穴が、女にはあるのだ。そうして、気分のいいように、好きなように動けば、たちまち天に昇るような気持ちになる。男がな。女の側は、またそれぞれ好みがある。入れられたからといって気持ちが良いとは限らず、或いは不快なだけの場合もあるが、きみが信頼されていなければ、不快だったことすら言ってもらえぬことだろう。」

「なるほど、それではやはりきちんと話し合わねばいけませんね。しかし、そんなにいいことがあるのですか。僕もいつかかぐや姫様としてみたいものです。」

「うむ。だがね、ももたろう、場合によってはかぐや姫様にお子を孕ませてしまうことになるし、何よりかぐや姫様の体はかぐや姫様の体であるから。かぐや姫様が、きみとの交わりを望んでいることを明らかに示さない限り、決して何もしてはいけないよ。そして、何をする時も、終わるまで、どうしたいのか、どうしてほしいのかを、きちんと話し、きちんと聞きなさい。それができない相手とは、親しくなれないのだよ。」

「わかりました。では、一人のうちは、どのようにおさめればいいのでしょう?」

「自ずと触れれば分かることであるが、相手のない時は、自ら良いようにすればいいのだ。ただし、それを見たがる者がいなければ、断じて見せてはならぬし、きみが見せたくないならば、見たがる者がいたとして、断じて見せてはならぬのだ。」

「なるほど、承知しました。今の話、おばあさんには、かぐや姫様に想いを寄せていることの他は、黙っていて頂けるでしょうか。やはり、恥に思うのです。」

おじいさんは、おれたちはこういう体とこういう本能なのだから、体がそうなってしまうこと自体を恥に思うことはない、と付け加え、優しくうなずき、とにかく、誰かを無理に巻き込まなければ良い、ということを教えました。ももたろうは、もちろん頷きました。

ある日のこと、ももたろうは、おじいさんとおばあさんに、折り入って相談がある、と言いました。

「おじいさん、おばあさん、近頃は鬼どもが、都にて悪さをしている様子。なんとかせねばと思っておりますが、鬼退治に行くことについてどのように思いますか。」

おばあさんは、ごろごろしながら言いました。今日の炊事当番はおじいさんなので、おじいさんは芋を煮ながら聞いていました。

「なあに、簡単なことじゃ。あんたがなんとかせねばと思っているなら、わしらは止めぬ。心配がないかと言えば嘘になるが、ももくんの人生はももくんのもの。わしらはももくんの行くの先に良からぬことが起きないかを不安がりながら、不安に耐えてももくんを信じ、一人の大人として解き放つことが最後の仕事じゃ。好きにせぇ。」

おばあさんの話を聞いていたおじいさんは幾度かうなずきながら質素な芋煮を椀に盛り、ももたろうのほうを見て言いました。

「だがな、ももたろう。丈夫な甲冑を買うようなお金は、うちにはないんじゃ。好きにしてほしいという願いは真実だが、おれたちにできることには限りがある。都に住めるような者たちと比べれば苦労をかけてしまうことになるが、それでもいいか。見すぼらしい思いをすることもあるかもしれぬ。」

おじいさんとおばあさんはすまなそうにしていましたが、ももたろうは、微笑みながら首を横に振って、二人にお礼を言いました。おじいさんとおばあさんも、ももたろうにお礼を言いました。

「ところでももたろう。おれはきみがそんなことを思っているとは考えておらぬが、もしも都を守りたいと思う気持ちが、かぐや姫様を想ってのことであれば一つ忠告がある。たとえきみがかぐや姫様の住む都を守るため命を賭したとて、かぐや姫様に想い人があれば、あるいは、かぐや姫様が誰のことも想わぬようであれば、決して“おれはあなたのために命を賭したのだからあなたが欲しい”などと思ってはならぬ。かぐや姫様が褒美にならぬことは、忘れぬようにな。それならば助けぬ、命の損だ、ということであれば、きみは鬼退治には向いておらん。」

ももたろうは少し考え込んでから返事をしました。

「そうですね。正直を言えば、かぐや姫様の都だからというのもあります。命を賭して救うのだから、何か良き事が起きないものかと願う気持ちもありますが、おじいさんの話で目が覚めました。」

おじいさんとおばあさんは、よろしい、といった雰囲気で頷きました。

「ももくんや、あまり考えたい事では無いが、何かを退治するということは、返り討ちに遭う可能性もあるというもの。ももくんにもしものことがあったとき、どのようにすればよいか、医者は誰がいい、墓はどこがいい、そういうことを、縁起でもないが、人はいつか終わるでの。」

「わかりました。僕もちょうど、おばあさんとおじいさんにそのようなお話を伺いたいと思っていたので、同じ事をしていただけますか。縁起でもないと思って言えずにいましたが、やはり大切なことですから、みなが元気で話せるうちに、話しておきましょう。それから僕は、何があろうと、おじいさんとおばあさんに育てられたことを誇りに思いますから、いかなる後悔に苛まれた時も、僕の言葉を何よりもまず思い出してください。僕は幸せですよ。いいですね。僕の気持ちについて考える時は、僕の言葉だけを信じてくださいね。僕たちはしっかりとした信頼が通用する関係のはずですから。」

全員が黙って頷きました。

おじいさんとおばあさんは、桃太郎のために、鬼退治の支度をしましたが、本人の希望もあるため、細かく確認を入れながら支度をしました。おじいさんが提案した“日本一”という旗は、恥ずかしいからやめてほしい、まるで僕が自分をこの国で一番と思い込んでいるように見えてしまうから持ち歩けない、という本人の意見により却下されました。代わりに、〈鬼の情報を求めています〉という文言の旗を背負うことにしました。

おばあさんが提案したきびだんごは採用されました。桃が大好物のももたろうにとって可もなく不可も無い食料でしたが、日持ちし、栄養があり、腹持ちもそこそこで、何より皮むきなどの作業が要らないことの合理性を買われた形でした。

さっそく鬼退治に出発したももたろう。村のはずれにある山道で、一匹の犬がやってきました。全体的に茶色ですが、胸や顔は白く、モフモフです。耳は立ち耳、鼻は黒。小豆のように愛らしい目をして、巻いた尻尾をぽいぽい振っています。

「おいで〜。ちゅちゅちゅちゅちゅ…」

ももたろうはしゃがんで、握った手の甲のほうを犬側に差し出し、匂いを嗅ぎやすい状態を作りつつ口を軽く鳴らして犬を呼びました。犬は少しばかり考えていましたがももたろうに寄って行きました。スンスン…と鼻先をヒクつかせながら匂いを嗅ぎ、犬側がももたろうにじゃれはじめたので、ももたろうは犬が驚かないようにそっと撫でました。突然触ると噛まれるおそれがある、こちらが一方的に犬が好きでも、その犬にとって突然の接触は嫌だった、ということを以前学んだからです。

「おお〜よーしよしよしよしよしあは〜おお〜、ああ〜そうなの〜そうなのか〜よちよちよちよちいい子だね〜あっはおお〜〜〜〜おあ〜そうなのか〜、うん、そうか〜そうなの〜そっかーなでる?なでる?おお〜〜〜〜〜なでる?もっとなでる?おおお〜〜〜〜〜〜。」

ももたろうは犬が動くたびに相槌を打ち続けました。犬がかわいいと、とにかくそうなってしまうのです。理屈ではありません。

犬は、きびだんごの袋をすんすんぺろぺろすんすんぺろぺろし始めました。ももたろうは、きびだんごを与えて手懐けてしまおうかと思いましたが、野犬に餌をあげた場合、高確率で本格的についてきてしまいます。まだおじいさんとおばあさんに犬を飼っても良いか確認をとっていない現段階では、軽率な事をできませんでした。

「だめだぞ。」

心を鬼にした桃太郎は、きびだんごを欲しがる犬をたしなめました。犬は残念そうに帰っていきました。人の心には、鬼が棲んでいるのです…。

途中で猿とキジとすれ違いました。山は動物が多いのです。

都に着くと、早速ももたろうは聞き込みを始めました。〈鬼の情報を求めています〉という旗が功を奏して、情報はかなり集まりました。「女に悪さをした」「めし屋を襲った」などと言うのです。なんたる狼藉でしょう。

ももたろうが怒りに震えていると、なんと、かぐや姫様が歩いてくるではありませんか。ももたろうは、自分に今“鬼を退治する”という大義名分があるのをいいことに、これは聞き込みだ、と自分に言い聞かせて、かぐや姫様に話し掛けました。

「こ、こんにちは。」

「おう、こんにちわー。」

かぐや姫様は思ったより粗暴な喋り方でした。ももたろうは少しがっかりしましたが、よく考えたら、かぐや姫様がおしとやかというのは自分の願望でしかなかったことに思い至り、浅ましさに恥ずかしくなりました。

「あ、あの、かぐや姫様…お伺いしたいことがあるのです。」

「ああ、お前、鬼を探しているのか。旗に書いてあるな。いないぞ。」

「えっ?」

「いないぞ、と言ったんだ。」

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