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身体と心が、動かなくなってしまっていた話をします。


お久しぶりです。フリーランスコーチの中野あすかです!

パソコンの画面に向かうのが久しぶりすぎて、ウヒーってなってます。タイピングがおぼつかないよ~。


みなさま、GWはいかがお過ごしだったでしょうか!長い人は9連休だったのでは!


私は高校からの友達と熱海旅行へ行ったり、旦那さんとお台場デートに行ったり、お酒を飲んだり、アニメを見たり、お酒を飲んだりしていました。(サイコ~)




今年のGW、本当に楽しかったな。なんか、情けなくなるほど楽しかった。

去年のGWは結婚式の準備で忙しかったから、記憶がまるでないんですよね。その前の年も独立や国試前だったもんな~。



しばらく消えてました


さて、今日は何を書こうかなと思っていたんですが、しばらく消えていたことについてちょっと触れようかなと思って。


2月頃からnoteからもぱったりと離れてしまった(他人のnoteさえ読まなくなった)し、3月半ばからは既存クライアントさんのセッション以外のお仕事をすべてお休みしていました。


ありがたいことにまったく投稿していない間にも、昔の記事が読まれていたり、新しくフォローをしてくださった方が何人もいて、う~、ほんとに書いていて良かったなと思ってます。


読んでくれてありがとうね。


Twitterの更新もまばらになってしまった&たまの投稿がしょうもないことばかりなので、クライアントさんからもついに、「あすかさん最近何してるんですか?」と聞かれてしまいましたね。てへへ・・・





何をしていたかというと、

何をしていたんだろう・・・



あ、3月の頭に、ひとつ講座を開催したんです。



レッドオーシャンとブルーオーシャンの話をしているね



フリーランス向けのお仕事講座。「仕事をもらうから、仕事をつくるへ」というテーマで、3日間お話をみっちりさせていただきました。


講座自体は我ながらめちゃくちゃ良い・面白いコンテンツになって、もちろん参加してくれたみなさんも、すごい喜んでくれて。


頭をフル回転させられるお題を出して、そのお題を喜んでくれるって、すごいことです。


最終日、クライアントさんの「3日間、次の日がこんなに楽しみな講座は、初めてでした」という言葉には泣きましたよね。

私がつくるんだから、ったりめーよ!っていうね、自信はあったんですけど。



みんないい顔してる~



ただ、この講座の開催が終わったあと、肝心の自分が、動けなくなっちゃったんですよね。




身体と心が動かなくなってしまった



思えば2月から予兆はあったのですが、「なんかおかしいな」という時期が続きました。


動けなく、なりました。



やる気が起きないとか、モチベーションが低くなってしまったとか、結果が出ないことに悩むとか、そんなことはこれまでのフリーランス生活でも何度も何度もありました。


売上が出ない月が続いたり、なんだか身が入らないことなんて、まぁ、「あるある」だったんですよね。


”落ちたとき”はコーチや周りの人を頼りながら、目標を立てたり、方向転換をしたりして都度自分を立て直してこれた。これたんですが、今回ばかりは何をしてもまるでダメで。



「これをやろう」
「こうしよう」

と何度、何を決めても、

身体も心も、手も足も、動かなくなってしまっていました。



個人向けコーチ業だけじゃなくHR方面に乗り出そうとか、コンテンツ制作を仕事にしようとか、夫婦で新しい事業やろうとか。


ぐるぐると考えては、鉛筆の芯を折るような日々が続いて。


パソコンに向き合う時間が1日1時間、30分、15分、、、と減り、ついに、パソコンを開くこともなくなりました。




ビジネスと承認欲求の話



最初は、

「うわーもしかしてこれ、鬱か、、」

って思ったんです。


だけど、食欲もモリモリあるし、グースカ寝れてるし、お風呂毎晩入れてるし、肌つやも良いし?、、、

本当の鬱は会社員時代に一度経験しているので、病院にいく選択肢をここでは持てませんでした。



コーチと話したり、自分と向き合って辿り着いたのは、

承認欲求がめっきりなくなってしまった

ということ。



これは、良いことのように聞こえるかもしれないんですが、起業家やビジネスを展開する人間としては致命傷でした。


自分のビジネスを作ろうとしている人や作っている方に対しては、はっきりとお伝えしたいのですが、承認欲求を程よく持っていていないと、ビジネスは成り立ちません。


なぜなら、ビジネスは、自分や自分の商品・スキルの価値を買い手に認めてもらう行為だからです。認めてもらうことから、お金が発生するので。



周りの起業家(個人事業主じゃなく、社長業をしている人も)を見ていると、みんな、承認欲求がちゃんとあります。

もちろん、行き過ぎてカッコ悪い大人もいますけど。



承認欲求を、野心と優しさに変換できる大人が、一番カッコいいビジネスパーソンだと思います。


自分の「認められたい気持ち」を、相手のニーズと突き合わせて商品やサービスに変えて提供する。これが一番に、健康的でwin-winなビジネスなんです。なんです、というか、私は個人的にそう考えています。



私の話に戻しますが、本当にあっけなく、承認欲求がなくなっちゃったんですね。カッコ悪いくらいに。


今は、この「中野あすか」の名前を知られたい気持ちが、あまりありません。


むしろ、ひっそりと、表に出ずに暮らしたい。



新しく何をやろうとしても、使命感とか、やってやるぞ!という気持ちが生まれにくくなって、(ビジネス的な意味で)前に進めなくなってしまったのです。


だからここ数か月は、お仕事から離れて過ごすことを選んでいました。


厳密にいうと、離れたりくっついたりして、ソワソワしながら過ごすしかなかった。という方が近いかもしれません。






もともと私がフリーランスになったきっかけは、社会を見返してやることでした。






この、社会に対する強すぎた承認欲求が、自分が独立し、事業をすることによって猛スピードで満たされたことに気づいてしまったんだと思います。



私の承認欲求は、決して雑草魂などと評される、健気でさわやかなものではなく、もっと強すぎて、ナイフのように鋭利で、殺気を帯びた禍々しいものでした。


けれど、独立してから2年間という時間の中でお仕事で出会った人たちから、健康的ですこやかな愛を注がれて、その愛が心の割れ目に沁みて、修復されていったんです。



ああ、私って
生まれてきて、
生きてて、大丈夫だったんだなぁ
、と。



それまでの私の人生は、「生きてていいのか」の、確証がなかったんです。


仕事で認められても、彼氏ができても、結婚しても、常にどこかでさみしさがあって、私は、要らない子なのかもしれないという恐怖に押しつぶされることがありました。



だけど、独立後のお仕事や発信活動を通して出会ってきた・つくってきた人間関係の中から、「私は生きてていい」という答えに辿り着けた。



だからある日、

ああ、もう、私には、これ以上はもう何も要らないや

と思ってしまったのです。




自分にはきちんと人間としての価値があって、
それを分かってくれる人は世界にちゃんと存在していて、
世界には条件付きの愛じゃない愛が確かにある。



このあたたかい感覚に気づいたとき、世の中に認められるための・必要とされるための、自分をアピールする行為に途端に興味がわかなくなってしまったのです。



「もう大丈夫、私はちゃんと愛される存在なんだ」
「私はもう誰かにとっての大切な存在になれているんだ」


そんな確信ができたからこそ、
自分を必要としてくれる人を探すこと(=自分を売り出すこと)に、未練も執着もなくなってしまった。


程よい承認欲求を持てなくなり、気持ちをビジネスに変換できなくなってしまったのです。


(本当に私って、いつも極端よなぁ)






「やりたいことをやってみれば?」


最近のセッションで、コーチに言われた言葉がずっと頭に残っています。


「そろそろ、あすかさんがやりたいことをやってみれば?」


私のnoteを読んでくれていた方から見れば、独立し、組織や他人に縛られずに働く私の生き方は、「やりたいことをやっている人」「夢を叶えた人」のように映っているのかもしれません。


が、それはちょっと違ったりしていて。


夢のないようなことを言いますが、私は本当にやりたいことを仕事にした経験がありません。


「自分ができること」かつ「誰かからの需要があること」の中から、自分が楽しめそうなことだけをチョイスして仕事にしているだけで、どちらかというと、したたかでビジネスライクな人間だったと思います。

(ビジネス好きだしさ。)



コーチングも好きですけど、コーチングじゃなきゃいけない!ってほど惚れ込んでる訳ではなくて。

コーチングは確かに自分の人生を変えてくれたスゴいものだけど、それそのものに運命共同体を感じている訳ではないんですよね。



承認欲求で走れなくなった今、「そろそろ、あすかさんがやりたいことをやってみれば?」というその言葉は、時間差でゆっくり、ぐぷりと、刺さるようになったのです。



やりたい、こと。。

やりたいことかぁ。



夢中になって、吸い込まれたもの



なんの因果か分かりませんが、最近、小説を読むようになったんです。


よく行く本屋に行ったとき、平積みされていた朝井リョウの「スター」の文庫本がたまたま目に入って、気づいたらカウンターに運んでいました。

昔京都で買ったブックカバーを本棚の奥から引っ張り出し、何冊も文庫本が入れ替わるのに時間はかかりませんでした。



個人的に、小説というものには、苦くてジュクジュクする思い出があります。


中学2年生のときにいじめに遭っていた数か月間、私は図書室にこもって、宮部みゆきと小野不由美ばかりを読んでいました。

教室にいると、ひとりきりで過ごさなければならない。廊下の外からは「ブス」だとか「デブ」だとか、品のない、けれど確実に心を蝕む怒号が飛んでくる。

図書室にいるときだけが、自分の存在を脅かされない時間でした。


正直、宮部みゆきの小説も小野不由美の小説も、内容をほとんど覚えていません。だけど、どこにも居場所がなかった私を救ってくれたのは、確かにその本たちでした。

十二国記を読み終わりたくなかったときの感覚は、いまだに記憶にこびりついているんですよね。



そんな私は、小学生のときに小説を書いていました。

人生で、心の奥まで吸い込まれるように夢中になったものは3つあって、それは、小説を書くことと、音楽と、仕事でした。そのまま、時系列順に。


ただ、3つの中で「小説を書くこと」がほかの2つと違うのは、そこに承認欲求がなかったことかなと思います。純粋に、心が楽しんで文章を書いていた気がするんですよね。


10年以上続けた音楽も、仕事も、ずっとしぶとく承認欲求がついて回っていました。

上手いねって、すごいね、デキるねって、認められたい気持ちばかりが常に前にあって、やりたいことよりも、周りに認められることに夢中になっていたのかもしれません。

(だから、いじめに遭っていたときにしがみつけたのも、小説だったのかもしれない。認められるための他者が介在しなかったから。)



小説を読み始めて、本当に久しぶりに、心が動き始めました。


私も何か、書いてみたいなぁと。


それは、
お金を稼ぐためではなく、
人に評価されるためではなく、
人の役に立ったり、人を救うためでもなく、

「私がやりたいこと」をやるために、書きたいなと。



中野あすかという名前で執筆するかは分かりませんが、興味を持ってくれた方には、私の文章の在りかはお伝えしたいなと思っています。


いつになるか分かりませんが。。




今後の中野あすかのお仕事について


まず、コーチとしての活動についてですが、新規クライアントさんの募集はしばらく停止したいと思います。

検討してくださっていた方がいたらごめんなさい。しばらく、お休みさせてください。


各種セミナーの実施も、未来分については開催は決まっていないです。

ただ、お仕事仲間との共同のイベント開催などはあるかもしれないので、そのときは別途お知らせします。えへへ。


ご契約クライアントさまのセッションは引き続き、全力で向き合います。

伝わってるとは思いますが、クライアントさんとのセッションは本当に楽しくて、毎回、最高の時間を過ごさせてもらっています。

だから安心してほしい。私は、あなたたちのセッションは絶対に手を抜かないし、お休みもしません。


その他のお仕事については、現状、お知り合いの方のみの繋がりでお受けできればと思っています。

夫婦で1年以内に法人化することを検討しており、自分や家族の在り方を考えながら、働き方をじっくりと考えていく時間をつくろうと思っています。



これからも、どうぞ宜しくお願いします。


中野あすか

この「サポート」って機能、なんなのか知らなかったのですが、どうやらチップ的なものらしいです。いただいたら、新しい本とちょっと美味しいお米を買う資金にしようかなと思います!