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トイレとPHSと大騒ぎと

PHSの当番が持ち回りでやってくる。ずっと制服のポケットに入れている。特にコールが鳴ることはなく一日を終えたが、何かとバタバタした。あー今日も終わった…

(ポケットをごそごそ)

あれ?PHSがない。ないよな?ほんとにない。スタッフ室の電話からPHSへかけてみた。誰か出てくれ。誰も出ない。でも鳴るということは職場内のどこかにはある。探した、探した、探した。スタッフ室、ロッカー、リハビリで通った場所、探した。そうだ、トイレに忘れたはずだ。トイレで落とさないようにと、わざわざポケットから出して棚みたいなとこに置いたんだった。

地下のトイレに走った。


なかった。

なぜだ。誰が持ち去った?清掃の人が拾ってくれた?清掃の人が詰めている控え室を覗いた。なかった。誰もいなかった。清掃の人が受付へ届けてくれた?受付に届いてなかった。もしかして誰かが建物外に持ち出した?そうなったら最悪。近くの電話からもう一回PHSを鳴らした。鳴った。まだこの建物のどこかにはある。

もう終業時間は過ぎている。僕の上司はもう退勤した。もしこのまま見つからなかった時の、この後僕がしなければいけないことを想像すると、吐きそうになった。

ややこしすぎる。

明日は僕は休みなので、明日のPHS当番の人に事情を説明しないといけない。その人は今日休みで今いないから何とかして連絡を取らないといけない。さっき退勤した上司に経緯の報告と必要な対応の相談をしないといけない。PHSを管理している総務課に報告と平謝りと必要な対応の相談をしなければならない。総務課の職員はまだ残っているが、誰もいなくなってしまう前に、PHSを見つけ出すか今日はもう無理と諦めて報告するか、二者択一の決断のタイムリミットが迫っている。万事休す。



僕は地下のトイレを探したが、2階のトイレはまだ探していない。よく使うのは地下か2階のどちらかだが、僕がPHSを落とさないようにとポケットから出して棚みたいなとこに置いたのは地下のトイレだった、

と思う。

僕の記憶の映像は地下のトイレの風景だ。でも地下のトイレを探してもなかった。地下のトイレは三回ぐらい探したけど、2階のトイレはまだ探していない。僕の記憶ではありえないけど、こういう場面ではあらゆる可能性を疑って行動すべきだ。コロンブスの卵だ。ちょっと違うか?いや合ってる。

僕はコロンブスの気持ちを想像しながら2階のトイレを開いた。



あった。


僕はショックを受けた。大航海時代のコロンブスの立ち位置としては大勝利を収めたことに相違ない。しかし日本の令和の四十手前のおっさん個人としては敗北に相違ない。こんなにも自分の記憶が当てにならないなんて。僕がPHSをポケットから出して置いたのは、地下のトイレではなく2階のトイレだった。そういえば2階のトイレを使ったようにも思う。しかし今日は特殊パターンだった。地下のトイレに誰か入っていたから2階に来たけど、普段はほぼほぼ地下なのだ。


変な汗で汗だくになった額と、階段を往復して疲労した脚と、PHSとを携え、特に誰への報告も必要なく長かった一日を終えた。