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いにしへの短編集5《東の果ての地》

北の民が残した石碑は
南の民を突き動かす

北の民との再会を求め
南の民の探検が始まった

《東の果ての地》

 「″私たちは天とともにあり、地とともにあった。2つの都市は、天と地の循環のようにバランスを保つ。″
 これはあの石碑に書かれていた一節だ。科学という合理性を追求してきた僕らにとって、この一節を理解することはとても難しい。しかし、僕は今、科学ではわかり得ない現象や感覚というものが、この世にはあるのではないかと思い始めている。
 洞窟の入口を塞いでいた大きな石は、見るからに重たそうな分厚い石だった。僕とメノワがこの石を持とうとしたとき、この石は突然重さをなくし浮き上がった。しかし今、この石はその密度と体積に相応しく、2本どころか4本の手があっても持ち上がらないほどに重たい。
 それから、あの石碑だ。ぜひ、あの洞窟のど真ん中に鎮座する石碑の前に立ってみてほしい。あの石碑には、僕らの体の奥底に訴えかけてくる何かがある。そしてそれは、僕に畏怖の念を抱かせるのだ。
 北の民は祭祀を司っているという。祭祀とは何なのか? 彼らが僕らのために祈る生命の調和とは何なのだろう?
 今僕は、大きな力に突き動かされている。ここにいるメノワもイマケも、探検隊を統括しているルセも同じだ。そして、それは南の民すべてに言えることなんじゃないか? そうだろ?」

 熱気に満ちた群衆が、おおぅー!と一斉に声を上げる。ハセは群衆一人ひとりに視線を配るよう、瞼のない2つの大きな瞳で広場を見回し声高に叫んだ。

 「リアルタイムで届けられる映像から目を離すな。みんなで東の果ての地を目指し、みんなで北の民と再会しようではないか!」

 燦々と輝く太陽に照らし出された真っ白な群衆が、3本の細長い指を高々と突き上げながら歓喜する。その熱狂的な興奮は天に地に響き渡り、広場を揺さぶった。


***


石碑は
己の役目を終え

南の民は
東の果てを目指す

北の民は
時が近いことを
知っている

そして
彼らを待っている


***


 「中継地点になりそうな場所を見つけたら、知らせてくれ。」

 ルセの張り切った声が、スピーカーから聴こえてくる。燃料補給船の甲板では、隊員たちがローカムを見上げ手を振っていた。石碑が見つかったこの海岸の東は真っ青な海だ。ハセは、ローカムの進路を海岸線に沿って北西に変えた。
 しばらくの間、海岸線は北西に伸びたままだった。いつになったら東に陸地が見えてくるのだろうとヤキモキし始めた頃、ようやく海岸線が東に湾曲し始める。

 「ほぅ。ようやくだ。」

 ハセは操縦席の背もたれにもたれかかると、ため息をついた。

 「いやぁ、私も少々不安になりましたよ。これでようやく東を目指せますな。」

 イマケはそう言うと、3つのカップにハーブティーを注いだ。ローカム内にハーブティーの涼やかな香りが漂う。

 「なぁ、あそこを見てみろよ。あれは海じゃないか? せっかく陸伝いに東へ行けると思ったのに、また海だ。」

 ハセはがっかりした声で言った。

 「うむ、確かに。しかし、随分と浅瀬のようですな。」

 その辺りは一面浅瀬で、ところどころに島が点在しているのが見える。

 「干潮になれば島と島が繋がるのかもしれません。歩いて渡れるかもしれませんが、どうですかなぁ。」

 イマケがそう言うと、メノワが目を輝かせながら話を引き継いだ。

 「いにしへの地の上時代、北の民は船を作るのが得意だったと聞きました。この程度の浅瀬なら小型のボートで渡れそうですね。」

 ハセは低い声で唸ると、それに反論する。

 「地の下時代は長かったんだ。地の上時代の技術なんて、忘れ去られているんじゃないか? 俺らのように地の下のさらに下層に辿りついていれば、下層の湖で小型のボートくらい使うだろうが、彼らに科学がないとしたら下層に至っているとは思えないよ。」

 「しかし、大きな湖はないにしろ、地の下には川がありますぞ。それに、彼らが東の地へ出立する前に、造船や操船の技術を復活させている可能性は否めますまい。我々もいにしへの石板を頼りに、飛行技術を復活させたんですからなぁ。」

 イマケがそう言うと、メノワが興奮して声高に質問する。

 「彼らが船で東を目指したという可能性はあると思われますか?」

 「ふうむ。それはどうでしょうなぁ。あの石碑を見ると、かなりの数で大移動したようですから。」

 イマケは腕組みをしながら、唸るように答えた。

 「俺は船について書かれた石版の話なんて、聞いたことがないぞ。」

 ハセがそう言うと、イマケが何度も頷きながら言う。

 「そうなんですよ。我々の祖先が残した、地の上時代のいにしへの科学は飛行のことばかりで、私も船についての石板は見たことがないんです。ところがですぞ、北の民について書かれたいにしへの石板には、北の民は船を操る民だとあるんですな。科学を追求してきた我々の祖先が、なぜ船の技術に手を出さなかったのか、私には不思議でなりません。」

 「なるほど。北の民は祭祀と海、南の民は科学と空・・・ですか。何か、そういう役割分担のようなものがあったのでしょうか・・・。」

 メノワが深く考え込みながら呟くと、イマケは

 「そうかもしれませんなぁ。」

と、これまた深く考え込みながら呟く。
 こうして北の民に思いを馳せつつ、彼らは中継地点に向いた場所を探し続けていた。どこもかしこも植物が生い茂る景色は変わらず、ローカムが着陸できそうな場所は一向に見つからない。

 「こりゃ、燃料補給機は無理だな。時間はかかるが燃料補給船を呼ぼう。」

 ハセがそう言うと、メノワは通信ボタンを押し本部に連絡した。ハセはローカムを海に着陸させ、操縦装置を海上仕様に切り替えた。それからローカムを海岸に寄せ、岸に固定する。そうして一晩、彼らは燃料補給船を待った。
 このような海上での燃料補給を2度したのち、海岸線は南東に湾曲し始めた。その後数日間、ローカムはひたすらにこの海岸線に沿って南東に飛び続けている。

 「おい、あれを見ろ! あれは・・・あれは村じゃないか?」

 ハセが叫んだ。メノワとイマケが窓に走り寄る。

 「本当だ!」

 「確かに、あれは村ですぞ! 村に違いありません。」

 スピーカーからも、ルセの興奮した声が響いてくる。

 「こちらにもハッキリと見えている! 村が、村が見えているぞ!」

 ハセははやる心を抑えながら、努めて冷静な口調で応答した。

 「ルセ、これから海に着陸する。砂浜に着陸することもできるが、相手を驚かせてしまうかもしれない。」

 「ああ、同感だ。まずは海上で海岸の様子を伺うとしよう。」

 海上に着陸したとたん、メノワが

 「外に出て様子を見てみよう。」

と、機体側面にあるハッチを開けた。

 「おい! 何か聞こえるぞ。」

 メノワの戸惑った声に、ハセとイマケがハッチから顔を出した。海岸の向こうから、なにやら歌声らしきものが聴こえてくる。

 「なんだろう。声が増えながらこっちに向かっているようだ。」

 ハセがそう言うと、メノワは

 「なんとも心地のいい声だな。」

と、その場に腰を下ろした。
 ほどなく緑色の肌をした二足歩行の生物が、続々と海岸の砂浜に現れ始めた。歌声がはっきりしてくると、イマケが声を震わせる。

 「あれは・・・あれはいにしへの言葉ですぞ。なんてこった。見知らぬ生物がいにしへの言葉で歌っている。」

 驚いたハセとメノワは、イマケに疑念の視線を向けた。

 「いにしえの言葉だって?!」

 「そうです。あれはいにしへの言葉です。南の民がやってきた、南の民がやってきたと、何度も何度も繰り返している。なんてこった。ああ、なんてこった。あれが、あれが北の民だというのか?!」

 ハセは愕然として、緑色の肌をした生物に目を向けた。


***


彼らは
歌に導かれるまま
北の民の村に
足を踏み入れる

そうして彼らは
緑色の肌をした老女と
面会することになるのだ

しかし、その話は
また別の物語で語るとしよう


〜 完 〜

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