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いにしへの短編集9《共同プロジェクト》

地球がバランスを取り戻すと
北の民、南の民、ヨーアは
再び地の上に戻った

天による
尊き魂の導きが
大きく動き始める

《共同プロジェクト》

 「わけがわからないわ。でも、ヨーアの魂が急増していることは事実よ。ヨーア自体は増えていないのに、一体どういうことかしら?」

 祭祀ミテの困惑に、北の民を束ねるツークはただ事ではないと、すぐさま南の民の統治者に連絡を取った。彼らは共同の調査団を立ち上げ、直ちに調査を開始した。

 「村が発見されたぞ。」

 ドアをノックするのも忘れ、ツークが部屋に入ってくる。本を読んでいたミテは顔を上げると、落ち着いた声で尋ねた。

 「ヨーアの?」

 「いや、ヨーアとは生態が違うんだよ。木々に覆われていて、今まで見つからなかったんだ。空の上からじゃ見えなかったんだな。それで、なんで見つかったのかって・・・ああ、走ったら喉がカラカラだ。お茶を淹れていいか?」

 そう言いながら台所へと向かうツークに、ミテは優しく声をかける。

 「私が淹れるから、とりあえず落ち着いて座りなさいな。まずはね、頭を整理してちょうだい。何が何だか私にはさっぱりよ。」

 ミテが冷えた爽やかな香りのお茶を手渡すと、ツークは一気にそれを喉へと流し込んだ。2杯目に、ミテは温かな甘いお茶を出した。ツークは今度はゆっくりと、時間をかけてその一杯を飲む。

 「ありがとう。どうやら俺はすいぶんと興奮していたらしい。」

 「そのようね。さあ、今度は落ち着いて説明してちょうだい。ヨーアとは生態が違うって、どういうことかしら?」

 「彼らは木を伐採しない。だから、キローロで空から探索しても、村に気づけなかったんだ。
 ところがだ。夕方その付近を飛んでいたキローロが灯りを見つけてね。それもひとつじゃない。いくつもの明かりが森に灯っていたんだ。」

 「木を伐採しない村・・・ねぇ。空から村規模の明かりが見えるってことは、明かりは樹木の下ではなく、樹木の上の方に灯っているのかしら。樹木に覆われた松明の明かりって、そんなにはっきりと空から見えるもの?」

 「そこなんだよ。ほら、かなりはっきりと空から見えるんだ。」

 ツークはポケットから端末を取り出すと、その画面をミテに向けた。

 「なんて美しいの。幻想的だわ。」

 「こういう村が、この付近に5つ見つかっている。」

 「確かに、この光景はヨーアではなさそうね。第一、ヨーアは夜を地の下で過ごすのだから。一体どういうことかしら。私が感じた魂は、ヨーアのものだとばかり思っていたのに。」

 「魂の起源を同じくする生物の話を聞いたことがある。何万年も前のことらしいが・・・。 」

 「私も聞いたことがあるわ。調べてみましょう。」

 ミトはそう言うと、隣の部屋へと入っていった。そこには透き通った滑らかな質感の壁を持つ、四角錐の形をした小部屋が置かれている。ミトがその一面に手を当てると、壁が大きく口を開けた。中に入ると、音も立てずに壁が元へと戻る。
 四角錐の空間中央に身を横たえたミトは、瞑想を始めた。ツークはミトの瞑想が終わるのを、温かな甘いお茶を飲みながら静かに待った。

 「彼らの魂は、とても尊い役割を担っているんだわ。」

 隣の部屋から戻ってきたミトが、開口一番に言う。ツークはミトの話しに口を挟まず、黙って聞く姿勢を示した。

 「私たち北の民の魂は、北の民の体の内を幾度も経験し、南の民の魂は、南の民の体の内を幾度も経験するわ。北の民の魂がほかの生物の体の内に現れることはないし、それは南の民にしても同じことよ。
 でも、ヨーアの魂は違う。ヨーアの魂は、最初ヨーアではないほかの生物の体の内に芽生えたの。その生物が絶滅した後、その魂は巨軀カーガの体の内に現れ、カーガが絶滅する直前にヨーアの体の内にも現れた。そして、カーガは絶滅しヨーアだけが生き残ったんだわ。
 彼らの魂は、さまざまな体の内を経験するという宿命を持っているの。それは、私たちには想像もつかないほど、厳しくて険しくて苦しい道のりよ。でも、多種多様な体の内を経験しなければ得られない、尊い愛と光の波動があるのよ。
 その波動は地球におけるすべての波動を高め、私たちの魂は、いつか彼らの魂とともに天の波動とひとつになるんだわ。私は彼らの魂の苦しみを己の苦しみとして感じ、彼らの魂の歓びを己の歓びとして感じるのよ。
 でもね、それを感じることができるのは私だけじゃない。私たち北の民はみな、彼らの魂の震えを感知できるはずよ。そして、南の民は物質世界に翻弄される彼らの魂を、物質を駆使して支えていける。
 わかるかしら? 私たちの魂は、彼らの魂を導き守る宿命を持っているってことよ。いつか天と地の波動がひとつとなるためにね。
 ああ、なんて素晴らしいの! 私たちは今、その途上なのよ。」


***


ツークは北の民の村々に赴き
ミトは南の民の都市に赴いて
このことを伝えた

北の民と南の民による
尊き魂を導き守るための
共同プロジェクトが立ち上がる


***


 「やり過ぎると、波動を高めるのに必要な経験の妨げになりかねませんぞ。」

 「すでに2回も絶滅を経験しているんです。あの魂にとって、絶滅は必要な経験なのかもしれませんわ。」

 共同プロジェクトのメンバーは、みな戸惑っていた。どこまで導き、どこまで守ればよいのか。祭祀ミトは言う。

 「彼らは多様な生物の体の内を経験したのち、いつかひとつの生物の体に落ち着くはずよ。今はその過渡期。導くには時期尚早だと思うわ。」

 ミトの発言を受け、ツークは意見を述べた。

 「彼らに接触して手を差し伸べるのは、まだ先の話ってことか。地球が大きくバランスを崩すようなことがあれば別だろうが、あの魂がひとつの生物の体に落ち着くまでは、見守っているのがよさそうだな。
 見守るということは観察するってことだ。俺たちは、この魂ある新種の生物ラウケについて何も知らない。観察し続けていれば色々とわかってくるだろうさ。」

 「ワシもそう思う。大切なのは観察を止めないことじゃ。そして、何世代続くことになろうと、この共同プロジェクトを途切れさせぬことじゃな。」

 彼らはこの新種の生物ラウケを、今後どのように観察していくかについてさらに話し合った。

 「ラウケは樹上に家を建てて住んでいます。木を伐採しないので、空からの観察は無理でしょうな。」

 「ああ。今までにない、何らかの観察機器を開発する必要がありそうだ。」

 「観察していることに気づかれては面倒だわ。目立たないように、何かにカメラを仕込んだらどうかしら?」

 「樹上に仕込みたいところだが、気づかれずに仕込むのは至難の業だな。」

 「動物にでもカメラを取り付けますかなぁ。」

 「いえ、動物は勝手に動き回りますもの。実用的ではありませんわ。」

 「虫ほどの小さなキローロを作ることは可能でしょうか?」

 全員が一斉にこの発言者の顔を見た。

 「それだ!」

 数年をかけて、小さな虫に見せかけたほとんど音もなく飛ぶキローロが開発された。
 ようやくラウケの観察が始まろうというとき、ラウケの生息地にほど近い場所で、新たに魂を持った生物が発見された。この生物の魂もまた、ヨーアやラウケの魂と同じ起源を持っていた。

 「同じ起源をもつ魂が、ヨーア、ラウケ、そして先日発見されたタウタという別種の生物の体の内に、時を同じくして現れるなんて。」

 ミトがため息混じりに言うと、ツークは深く頷いた。

 「見た目は全然違うのに魂は同種なんだな。こんなことが同時期に起こるなんて、俺にも信じられないよ。俺はさ、最初の生物が絶滅して巨軀のカーガが現れたように、同種の魂は時を置いて新たな体の内に現れるもんだとばかり思っていたんだ。
 確かにカーガとヨーアは同時期だったが、あれはカーガが絶滅する少し前のことだったろ? 今は地球がバランスを大きく崩しているわけでも、ヨーアが絶滅しそうなわけでもない。同種の魂が、同時期に異なる3種の体の内に存在するなんて、わけがわからないよ。」

 「私たちの視点はミクロでしかなく、天の視点はマクロなんだわ。私たちはミクロでしか見られないし、ミクロでしか考えられない。だから、こんなに驚いてしまうのね。」

 「なるほどな。まったくだ。それにしても、一体これからどうなるんだろう。
 ヨーアの体が持つ特性は、大人しく争いを好まない。その生態は淡々として、天の愛と光を感じさせるような行動はさほど見られないが、地球のバランスを大きく崩すような負の波動も放たない。
 問題は、新種のラウケとタウタだ。どんな生態を持っているのか、注意深く観察していかないとな。」


***


ラウケは樹上に住み
タウタはそこからほど近い
洞窟に住んでいた

何世代も経たのち
タウタは洞窟を出る


***


 タウタは洞窟を出て、木を伐採し家を建てるようになった。狩猟のほか畑を耕すようになると、村は次第に町規模の大きさへと発展していく。

 ラウケは変わらず樹上で生活し、狩猟と森の実りによって生きていた。点在する村はその一つひとつが10世帯ほどの規模で、狩猟と実りに応じて住む数が調整された。数が増えることはない。彼らは必要以上に子どもを産まず、養えない命は天に帰すのだ。

 タウタは、ラウケの村を取り囲むように町の数を増やしていった。そして、一帯の森を伐採し尽くすと、次第にラウケに敵意を持ち始めた。ラウケが住む森の樹木を欲したのだ。
 タウタは斧や鋤でラウケの村々を襲撃し、躊躇なく彼らを殺した。ラウケは抵抗するすべなく、瞬く間に絶滅していった。

 タウタはその数をさらに増やした。タウタの数が増えるごとに、伐採できる木は目に見えて減っていった。
 雨が降らなくなった。作物の収穫量は激減し、水分を失った土はカラカラに干上がった。川は枯れ、森は見る影もない。こうして見渡す限り彼らを取り巻く世界が土色になったころ、タウタは絶滅した。


***


尊い役割を担う魂が
ひとつの体に落ち着くのは
まだ先のこと

この魂は
今後も多種多様な体の内に
現れ続けることだろう

しかし、その話は
また別の物語で語るとしよう


〜 完 〜

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