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花束とおじさん

金曜日の仕事帰り。

電車から降りようと足元を確認した時、
先に降りた人の右手に下がる
紙袋の中に視線が吸い込まれた。

小振りの花束。

メイン花材は深い紫のダリアで、
周りはトーンを合わせたガーベラや
青いトルコキキョウが上品にまとめられている。

(キレイな花束だな)

この人のために作られた花束だと
すぐに分かる。

目が離せないまま電車を降りて、
その花束の持ち主の後をついて行くように
ホームを歩いた。

持ち主は壮年の男性だった。
形の崩れたジーンズ。
黒いダウンコートに、黒いリュック。
髪は白いものがしっかり混じっていて、
後ろ姿は決して美しいわけではなかった。

しばらく後をついて歩いて、
今度は左手の通勤カバンの中身に気がついた。
くしゃついた包装紙にくるまった
小さな小箱がのぞいていたのだ。

(そうか。もらったプレゼントを
その場で開けてお披露目して、
包み直さずカバンに入れたんだな)

ささやかな、小さな箱だった。

彼のことは何も知らない。
どんな仕事をして
どんな生活をして
どんな人なのか。

失礼ながら
風貌から漂うのは
くたびれ疲れたただのおじさん。

でも
この花束
この小箱。

この人は周囲の人に愛されていたのだ。

改札前で定期券を出して、
ピッと通して去って行ったおじさん。

明日からも
よき人生でありますように。




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