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日常の中にある様々な音。
耳が外の世界の音をとらえて脳に伝える役割をしている。
地球上にある全ての音を耳が拾い集めたら、生活することができない。おそらく必要なものとそうでないものを耳が精査してくれているのだと思う。
体や心のバランスが崩れることで、この耳の働きが乱れることもあると思う。

六年前、うつ状態になった私は、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、全てに過敏になっていた。
中でも、音に過敏であることが1番辛かった。
子どもたちのゲーム機の音、スマホの着信音、YouTubeの音、人の話し声、足音、玄関チャイムの音、これらが聞こえるたびに震え上がっていた。
一番怖かったのは、夜の音。
夜中、眠れなくて何もできずに布団の中で身を潜める。
静まりかえった家の中で聞こえてくる、冷蔵庫や浄化槽のモーター音。
モーター音とともに暗闇の音の中にいる。
この世界に生き物は自分しかいなくて、この暗闇の孤独の中をただじっと生きながらえなければいけないのかと、もう出ることのできない井戸の底にいるようだった。
微かに聞こえるモーター音が耳の中に響いて体中支配される。
暗闇の孤独の音に支配されると死にたくなる。
自分など生きていてはいけないと思っていた。

夏のある日、台風が近づいていたようで、音に過敏な私を夫や母が心配していた。
台風の風の音を聞いたら、私がどうなってしまうのかと。
台風は大型で雨も風も強く、屋根を打ち付ける雨の音や、風にあおられて木がしなる音、暴風で雨戸がバタバタなる音が一晩中聞こえてきた。
怖くなかった。風の音も雨の音も怖くない。
暗闇の音もモーター音も、死にたくなる気持ちも孤独も、全て洗い流されるような気がした。
台風が過ぎ去って、窓を開けた。
風の音や鳥の声、草木のしなる音が聞こえてくる。
耳が拾い集める自然の音に体中包み込まれていた。



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