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アウトサイド ヒーローズ:エピソード13-4

ディテクティブズ インサイド シティ

 空にすっかり夜闇のカーテンが下ろされると、オレンジ色の残光は遠くの山際に輪郭線を描く。
 山あいの城塞都市、カガミハラ・フォート・サイト。職場から開放された人々が目抜き通りに溢れだす。街灯が薄黄色の影を落とす中、スーツ姿の男が長く伸びる人影の群れをかき分けて歩き続けていた。

「ふう……ふう……!」

 肩がぶつかり合う。相手が舌打ちをするが、キリシマは振り返らなかった。頭の中ではひたすら、医師たちから聞きだした薬品の名前、そして想像される成分組成の化学式を繰り返して思い描いていた。
 城塞都市の中を貫き、動脈のように伸びる大通りは官庁街の第1地区を抜け、商業地区の第2地区へ。やがて歓楽街の第4地区に入った時には、町を歩く人々の様相はすっかり様変わりしていた。
 角を曲がる。正面からやってきたレザー・ジャケットの男を避けようとして、肩が激しくぶつかり合う。

「この野郎、どこ見て歩いてんだ!」

 背中に罵声を浴びながら探偵は歩き続けた。路地に入り、レンガ造りの店に設けられた金属製の扉を開く。
 乾いたドアベルの音が、ざわつく店内に響いた。花の蕾のような頭を持つパンツ・スーツ姿の女給が、ウェイティング・リストを手にしてやって来る。

「いらっしゃいませ! ……あら、キリシマさんでしたか」

「客じゃなくて悪かったな、つぼみさん」

 蕾頭の女給はウェイティング・リストを玄関前のカウンターに戻す。

「ごめんなさいね、ショーの準備で皆バタバタしてまして」

「それで、副店長も駆り出されてるってわけだ。ご苦労なこったな」

「そういうことです。商売繁盛で有難い限りですよ」

 息を整えるとすぐに口から皮肉が出るキリシマに構わず、副店長はついでとばかりに玄関周りの後片付けをしながら答えた。

「キリシマさんは、夕ご飯はどうします? 簡単なものなら、すぐに用意できますが……」

「ああ、いいよいいよ。軽く食べてきたから」

 探偵はそう言うと、そそくさと店のバックヤードに歩いていった。

「明日の朝も遅くなると思うし、俺の分はいらないや。じゃあ、おやすみ~」

「あら、珍しい……おやすみなさい」

 副店長は「いつもの食い意地はどうしたのかしら」と声をかけたいのをこらえながら、借りぐらしの自室に消えていくキリシマの背中に視線を向けていた。
 再びドアベルが鳴ると、慌てて振り返る。

「いらっしゃいませ! ミュータント・バー“止まり木”にようこそ……!」


 酒場裏の暗い廊下を歩き、木製の扉を開く。出迎えるのはベッドと収納、文机。そして僅かな床と、周囲を囲む壁。部屋代をケチった結果、宛がわれた極小の自室。だが、彼にとっては十分居心地のよいものだった。
 ジャケットを壁に掛け、ネクタイを緩めるとベッドをイス代わりにして文机に向かう。折り畳み式の端末機を片付けると、奥に置いていた機械に手を伸ばす。
 寄せ集めの部品が詰め込まれた無骨な金属製の箱に、ジャンクの通話端末機がくっつけられた安上がりな見た目の機械装置を、男は大事そうに両手で抱えて目の前に引き出した。金属製の指先を端末機の画面にかざすと、低いモーター音とともにインジケータが光を放つ。
 ズボンのポケットから普段使いの端末を取り出すと、画面には“CONNECTED”の文字が表示される。手製の機械装置は、本来官公庁などに設置されるべき都市間通話回線の受信ルーターだった。
 男は息をひそめるように背中を丸め、端末機を操作する。数回呼び出し音が鳴った後、通話回線が開かれた。

「久しぶりだな、クライシ」

 通話相手は製薬会社に勤めていた頃の同僚だった。

「『キリシマか! あんなプラントに飛ばされたって聞いた時にはどうなるかと思ってたが……生きてたんだなお前!』」

「ハハハ……ええと、まあ、ぼちぼちってとこだ」

 あっけらかんと言う友人を、キリシマはぎこちない作り笑いでやり過ごす。
「プラントの仕事はダメになったけど、なんとかやれてるよ。それで、お前は……」

「『俺は相変わらずだよ。運がいいんだか悪いんだかわからんがな』」

「そうか、なら……」

 探偵の説明を聞いた製薬会社“アケチ製薬”の男は、「うーん……」とうなった。

「どうだろう、何か、いいモノはないだろうか?」

「『ある、には、ある……』」

「ほんとか!」

「『ああ、お前が希望する通りの効果は出るだろうし、値段は、そうだなあ……』」

 元同僚から見積もりを聞くと、キリシマは目を丸くした。

「そんなに安く?」

「『ミュータント用の薬なんて、こっちじゃ売れないんだよ。今回の“ミュータント風邪”だって、ミュータントどもを隔離すればただのウイルス風邪だし……』」

「じゃあ、何でそんなに勿体つけるんだよ」

「『色々と副作用があってな。こっちの保安局や医療部から色々言われて、倉庫の肥やしになってたのさ。だが……お前が引き取ってくれるなら有難い』」

 キリシマは頭の中の計算機をいじくりながら、製薬会社の男が説明するのを聞いていた。……当面必要とする量を見積もっても、恐らくアシがつくことはないだろう。

「そりゃあこっちじゃあ、ある分だけ手に入るに越したことはないが……」

「『なら決まりだな。俺としても不良在庫を手放したい……できれば何かあった時のために、ちょっとした“小遣い”も欲しいと思ってたしなあ』」

「おい、おい……」

 探偵が呆れると、製薬会社の男は「はっはっは」と笑う。

「『まあ、いいだろう。それで、取引のやり方についてなんだが……』」


「キリシマさーん、お荷物、こちらで間違いないですか? えーと、コトブキ食品加工さんから、健康食品が……」

「はい、間違いないです」

 数日後、幾つかのダミー企業を仲介し、偽装された段ボール包みを配送センターで受け取ると、キリシマは大通りに飛び出した。小さな箱を脇に抱えて、病院までの道を駆ける。
 心臓が跳ねるように激しく脈を打っている。手にした荷物から、質量以上の重さを感じる。もしも落としたら、もしも中身を、見咎められたら……
 まるで、いつ爆発してもおかしくない爆弾を抱えているような心地で、キリシマは第1地区目指して走り続ける。
 途中で縁石につまづき、車に轢かれかけながらも突っ走り……息を切らせながら、カガミハラ軍病院の搬入口に転がり込んだ。
 薄暗い庫内では業者のトラックが乗り付けては、自動操縦のカート型ドローンが次々と荷物を運びこんでいく。作業灯を頼りに奥に進むと、作業員用の休憩所にたどり着いた。
 ベンチにどかりと腰かけて、キリシマは深く息を吐き出す。

「ふう、はあーっ……」

「お疲れ様です、探偵さん」

 病院側の入り口からやって来た老医師は探偵に声をかけると、左手の腕時計に目を落とす。

「ふむ、お互い時間通りですな」

 探偵は顔を上げると、大事に抱えていた段ボールを差し出す。

「ホソノ医師、これを……」

「はい、では……」

 小柄な老医師は段ボール箱を受け取ると、キリシマの横に置いて封を開く。段ボール材の内側にクッション材が張り合わされ、厳重にパッキングされた箱にすし詰めになって収められていたのは茶色のアンプルだった。ホソノ医師はアンプルの一つを取り出し、照明灯の光を頼りにラベルに目を通す。

「ふむ……ええ、これは間違いないでしょう。“ミュータント風邪”の、“重篤化因子”を持った人にとって特効薬になる」

 アンプルを箱の中に戻すと、医師は探偵に頭を下げた。

「ありがとうございます。近隣のコロニーでは取り扱いがなくなってしまったので、これが全く手に入らなくて困っていたところです」

「いえ、いえ、そんな……たまたま、昔馴染みが取り扱ってる業者を知ってたんで、取り寄せてもらっただけですよ、ははは……」

 キリシマは照れ隠しのような、ごまかし笑いのようなへらへらした声で笑った。

「そうですか、それは運がよかった」

 ホソノ医師の手の中に収まった段ボール箱を、キリシマは改めてまじまじと見つめた。

「あの、ホソノ先生」

「はい、何でしょう?」

 こんなに爆発的に流行りだした感染症の特効薬になるような薬を、なぜ製薬会社は倉庫の中に死蔵しているのか? いくら昔馴染みとはいえ、何故こんなに安値で手に入れることができたのか? 手放して初めて脳裡をめぐり始める、疑念。

「この薬、どうして売られなくなっちゃったんです? そんなに効果があるのに……」

「そうですね、効果がある分、リスクがあると言いますか……」

 ホソノ医師は薬品アンプルを収めた箱を、しっかりと抱えながら話を続けた。

「“重篤化因子”を持たない患者さんに処方すると、副作用といいますか……大変問題がある薬でしてね。扱いが難しいんですよ。他所の病院では、ミュータントの専門医はなかなかいませんから……」


 取引を終えた探偵は、薄暗がりの通用口から外に顔を出す。昼下がりの突き刺さるような陽射しに目がくらみ、戸口で立ち止まっていると、

「探偵さん」

 凛とした声がまっすぐに飛んでくる。目の前には、スーツ姿の巡回判事。

「げっ、刑事さんか」

「げっ、ってなんですか。それより、こんなところで何を?」

「嫌だなあ、捜査上の情報はプライバシーですよ?」

 白い目を向けるアマネに首をすくめると、キリシマは病院の建物から外に出た。

「それじゃ、俺はこれで失礼……」

「コトブキ食品加工」

 ぼそり、と言った社名にギョッとして、歩き去ろうとしていた探偵は足を止める。

「それが、何の……」

「あなたが今日受け取った荷物の送り元、実体のない会社でした」

 アマネは追い打ちをかけるように続ける。

「キリシマさん、あなたは何を……」

「勘弁してくださいよ! もーっ、恥ずかしい!」

 キリシマは素っ頓狂な声を上げると、手で顔を覆いながら身体をくねらせた。

「はあ……?」

「わかってくださいよ、ほら! 男なんだから、色々あるでしょ、大ぴらにできないような買い物の一つや二つ……ね? ああ、もう、これ以上言わせないでくださいよ!」

 ぽかんとしているアマネに、キリシマは勢いよく捲し立てる。

「だからね、ほら、その……そういうのはちょっと、アマネさんには言いづらいんで、申し訳ないですが、ちょっと大人向けというか、お色気的な、その、ね……」

「……ええっ!」

 年不相応にうぶなアマネが真っ赤になると、キリシマはさっさと走り出した。

「すいません、ほんとに、すいません……それじゃあ!」

「もう!」

 巡回判事は頬を膨らませて、慌てて走り去っていく探偵の背中を見送っていた。男の姿が見えなくなると、アマネは「はあ……」とため息をつく。

「でも、何か怪しいんだよなあ……」

(続)

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