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ブーステッド 第4話

「足を引っ張らないでよね、詩恩!」
「手柄はワシのものだぞ、小僧!」
右手に改造人間の火火香愛、左手に強化人間の北風貫太。そのうえオペレーターは田田田四太ときている。SCTのスリーマンセルを3組も投入する大規模警備作戦“キングギドラ“、その一翼(というか3本の首のうちの1本)を担うにあたって、このチーム編成はさすがに不安でしかない。司令部指定の黒一色のバトルスーツも俺を除いては似合っていない。沈みかけた夕日に3つの影が並んで引き伸ばされている。間もなく夜が来る。襲撃予告の時間だ。
「なんでこんなことに──」
晴天の霹靂。それは1週間前のことだ。SCTの非公開チャネルへビデオレターが届いたのだ。アルセーヌ・ルパンでも気取っているのか、そこには如何にもな風貌に如何にもな言動の男が映っていた。黒のシルクハットに黒のスーツ。椅子に脚を組んでいるため定かではないけれど燕尾服だろう。さらには黒のマントに黒のステッキ。白のネクタイに白の手袋、白のスカーフときている。一体どこの夜会に参加しようというのか。現在のこの日本で。
問題はしかしビデオに映る三十代後半から四十代前半と思しきこの重度の中二病患者が世界的な凶悪犯罪組織“TRUE“の創設者であるということ。さらには元SCT、すなわち裏切者であるということ。機密情報まで含めて古巣の情報はかなり深いところまで把握しているだろう。そのうえで宣戦布告をしてきてたとあっては、こちらも身構えざるをえない。
『ごきげんよう、偽善者の諸君。私を覚えているかい? そう、TRUEの真名垣國史朗(まながきくにしろう)だ。先日、日本に戻ってきてね。ようやく準備が整ったんだ。そういうわけで、これからはこの国で暴れさせてもらうよ。手始めに歴史の上書きに着手しようか。9.11。その夜、日本が誇る経済の鬼にして二本の角を誇る中京のランドマーク、二鬼銀行を襲撃する。ひさしぶりにSCTの皆に会えることを楽しみにしているよ』
西の都であった京都から東京へ。そして東京から中京へ。少子高齢化と人口減少に伴うコンパクトシティ政策の肝である”第二次遷都”によって、今や日本の中枢は、国土としての日本の中心、中京にあった。かつて名古屋と呼ばれた戦国時代の三英傑の縁の地だ。現・中京ターミナルこと旧・名古屋駅前のツインタワーは半世紀ほど前に二鬼財閥に買い上げられ、今では日本最大の銀行”二鬼銀行”の本店へと改装されている。言わずもがな国とのつながりも深く、このSCTの財政も二鬼が担っているといって過言はない。そうした関係性あってSCT関連の施設の多くは首都圏すなわち中京圏に集約されている。いわゆる我が国の本丸だ。軽々にテロリスト風情に落されるわけにはいかない。大人の面子が掛かっている。
わかってはいる。それはわかってはいるのだ。けれど、だからといって、なぜこの組み合わせなのか。説明は受けたものの、どうにも納得がいかない。
「──そういうわけで、全員、顔見知りではあるけれど、あらためまして田田田四太だ。田が三つでタスリー、そう呼んでくれ。3人とも今回はよろしく頼むよ」
キングギドラの3本の首のそれぞれのリーダーは『拡張人間、改造人間、強化人間』の各派閥から1人ずつ選出されることとなり、拡張人間”オーギュメンター”の代表は、シェア約7割を占めるラボの責任者であるタスリーに自動的に決まった。そこから代表者がオペレーター1人とメンバー3人をドラフト形式で選んでチーム編成する流れとなったらしいのだけれど、チームメンバーに関しても『拡張人間、改造人間、強化人間』からそれぞれ1人ずつ選出すること、という制限が設けられている。だから気心の知れた同じ派閥の3人でないことは致し方ない。とはいえ、よりにもよってだ。さすがに巻髪お嬢と梅干しジジイはないだろう。さらにはうちの班だけ、オペレーターをリーダー自らが務めるという。
「詩恩くん、準備はいいかい?」
「……まあ、一応な」
手応えから言わせてもらえば、はじめからの予想のとおり、3人の相性は最悪だった。この1週間の訓練では連携もクソもあったものではなかった。そのうえ襲撃予告にSCTが騒然となる前の日のこと、俺は連華さんより衝撃の事実を耳にしている。そちらに関する心の処理がまだ滞っている。どう捌いてよいのかわからない。四肢を失ったあの事故が故意に行われたものだったかもしれないだなんて。
「みんな、お出ましだ」
「イッツ、ナイトタイム!」
ヘルメットの中に響くタスリーの声と重なって宵闇から襲撃を告げる挨拶が飛んでくる。見上げれば大通りを挟んだ前方のホテルの屋上に、まだ出ぬ月の代わりに月に見えなくもない人影が、3つ。隠れるつもりはないらしい。三人揃って普段の香愛を彷彿とさせんばかりのド派手なカラーリングだ。黄色で統一された衣装が背景の夜に映え、月と言うよりさながらスズメバチだろうか。この距離でもはっきりと視認できる目立ちようである。SCTがスリーマンセルを基本としていることを知っていながら、奇をてらうでなく、三人組を真っ向ぶつけてくるとは些か驚きだ。これが今夜の俺たちの相手らしい。
「TRUEがひとつ、ムーンの拡張人間、”オーギュメンター”のマルク・ド・シモンだ。俺様の相手はドイツだ?」
向かって左側に立つひときわ体格のよい男が電子音声で名乗る。背丈は2メートルを超えるだろう。両の肩が異様に盛り上がり、どこもかしこも角張っていて、まるでロボットだ。あるいは色味からしてブルドーザーなどの工事車両のほうが近いかもしれない。俺とおなじくフルフェイスのヘルメットをかぶっているけれど、それすらが四角い。
「おなじく改造人間”モディファイター”のサミ・ド・ベルナールです。はじめまして。そして、さようなら」
右側の細身の男は黄色のバトルスーツを纏い、顔の半分を三日月型の白い仮面で隠している。眼前の三人の中では雰囲気がもっとも真名垣に近い。ルパンよろしく紳士ぶりつつも慇懃無礼な立ちふるまい。なかなかに嫌いなタイプだ。
「自己紹介のラストを飾るのは強化人間”エンハンター”のリリ・ド・ドルレアンよ。今宵の月夜は楽しいパーティーになるかしら?」
開戦前から騒がしかったのが真ん中のロリータファッションのふりふり女だ。ピエロのような派手なメイクに素顔が隠されている。頭には大きなリボン。黒髪のツインテールに黄色の傘。さすがに如何にもが過ぎる。
我らがチームの感想はそれぞれ、俺、巻き髪お嬢、梅干しジジイの順に──
「……無理矢理キャラ立ちさせようとして、逆に個性が薄まってないか?」
「バカなのよ」
「見分けがつきやすくてよいわ」
──だ。どうにも反りの合わない俺たちだけれど、その後の対戦相手選びではぴたりと意見が一致したから不思議である。「右」「左」「真ん中」と重ならずに別々の相手を選んだ。
火火香愛とサミ・ド・ベルナールの改造人間対決。
北風貫太とリリ・ド・ドルレアンの強化人間対決。
そして、俺、千千詩恩とマルク・ド・シモンの拡張人間対決。
3人が3人とも己とおなじ属性の敵を選んだ形だ。負けられない相手、というわけだ。先方にも異論はないらしい。俺が左手に走るとマルクが降りて後を追ってくる。右手に移動する香愛へはサミがついていった。ジジイは少しは年寄りを労れとリリへ降りてこいと催促している。
「詩恩くん、ここでお知らせだ。今夜は君のロボディの出力を最大4〇パーセントまで引き出せるようチューニングしてある」
「……おいおい。直前というか、もう戦闘中だぞ? 今頃かよ?」
「情報が漏れないようギリギリに、ね。もちろん君ならすぐに修正して適応できる範囲だと分かったうえで、だ」
「へいへい」
実際、朗報だった。得体が知れないながら、どうにも嫌な予感がする。相手はおなじ拡張人間、これまで捕まえてきた犯罪者たちとは次元が違おう。パワーは出せるに越したことはない。
アスファルトを駆け、中京の街を縫いながら、慎重に様子を探る。どこで仕掛けるかタイミングを見計らう。近隣住民の避難は完了済み。遠慮はいらない。
「詩恩くん、最初から全力でいってくれ。一撃目で決めるつもりで」
「なんだって? そんな無謀な──」
「それが最善なんだよ。この前のひったくり犯、あれね、たぶんTRUEの調査員だ。つまり彼らは君の力を2〇パーセントのところと誤って認識している。そこへ倍の出力を叩き込む。あちらさんに情報修正される前にね。オーケー?」
「……なるほどね」
すべてお見通しってわけだ。まさかこういった時のために普段は出力を抑えていたというのか。さすがに天才と呼ばれる奇人にして我らがチームリーダーの田田田四太である。
「そういうことなら!」
大通りを挟んで並走するマルクの側へ向け、オーギュメント・バーナーを点火する。飛ぶが如く、滑るが如く。瞬時に距離をゼロに縮める。間の空間を消し飛ばす。同時に全力の一撃を、右の拳を、敵方の巨体のド真ん中に叩き込む。鈍い金属音が夜の街に響く。

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