見出し画像

ブーステッド 第2話

「次も防げるかしら? 二刀縮地連斬(にとうしゅくちれんざん)!」
宮本武蔵✕ウサイン・ボルトのダブル。いわく火火家の落ちこぼれ。改造人間”モディファイター”火火香愛の得意のラッシュだ。少年漫画に影響されてか必殺技名を叫ぶあたり、圧倒的に合理性を欠く。水と油。俺とは対極のブーステッドである。黒ずくめの俺に対して香愛の真紅のバトルスーツは否が応にも目立ち、特殊部隊の活動に不向きであることは明らか。金髪縦巻きのボリュームのあるロール髪もとても戦闘向きとは思えない。俺からすればすべてが理解の外である。しかしその非常識さを吹き飛ばすほどに運動センスだけは一流であるから始末に負えない。
「……このキチガイお嬢が……頭の中もいじってんのか?」
「強化人間のサイコどもと一緒にするんじゃあないわよ!」
右、左、上、下。二本の刀がそれぞれ別の生き物のごとく猛り、とてつもないスピードで襲い来る。まさしく目にも止まらぬ連撃だ。どうにか防ぎきれているのは連華さんから受け取ったトンファーの意外な強度と、ロボディに搭載されているAIの自動防御機能のおかげである。さらには無意識下で動かされる四肢に一拍遅れでついていけるナチュラルボディの反応性能による。なにせ香愛が取り込んでいるボルトのスピードは十種競技金メダリストの俺を1〇〇メートル走の速度で上回る。短距離の速さで、つまりは接近戦の速度で、俺は香愛に勝てない。
けれどその差を補える要素が三つある。
一つはフルフェスのヘルメットによる視線の隠蔽だ。俺の瞳はかぶりものを好まない香愛と違ってシールドに隠されているため、そこから動きを推測することはできない。もう一つは言わずもがな、タスリー制の戦闘AIによる四肢のオートディフェンス。そして最後の一つは膨大な量の格闘技の知識および技術である。俺はタスリーや連華さんには特に言わず、日々、それの研鑽に努めている。合気道や空手、少林寺拳法にシステマなど。主要な格闘技すべての訓練を受けている。
そういや”後の先”は宮本武蔵が得意としてるんだっけ?
ロボディの学習機能が香愛の太刀筋とトンファーの耐久限界を予測した。シールドに彼女の未来の動きが投影される。沖縄の琉球古武術において使用される打突武器兼防具、鋼鉄製のそれが左右ともに切断される。チャンスとばかり香愛が二刀を大振りしてくる。戦闘AIのシュミレーションをもとに俺は左手で一刀を掴み、さらにもう一刀も同じ左腕で防いだ。刀身を掴んだり、刃を前腕で受けたりできるのは、生身に見える俺の四肢が、その実、ロボットであるからだ。それもトンファーの鋼鉄以上の強度を誇る。俺としては当然の芸当なのだけれど、生身の四肢を持つ者からすればどうしても想定の外となる。過去に何度もやりあい、頭では理解していても、一瞬、理由がわからず動きが止まるのが常だ。そこを突く。相手の反応が遅れる、その一拍を。繰り出した右拳を香愛の眼前でピタリと止めた。硬い拳の起こした拳圧が彼女の分厚い巻髪を大きく揺らす。
「ごくろうさん」
バチーン。鈍い音がラボに響き、香愛の頭が後ろに弾けた。そのまま赤い尻を地べたに落とす。炸裂したのはデコピンだ。超弩級のそれを火火香愛の眉間に叩き込んでやった。くぐもった呻き声、そこからの怨嗟と罵倒の数々。まったくやれやれだ。これくらいで済ませてやったことに感謝してもらいたいくらいだというのに。
ふうっと一つ。長く大きく息を吐いた。決してため息ではないし、香愛への嫌味でもない。気流を確かめるべく、息を吐いた。香愛を縛り上げて役割を終えたとばかりに沈黙している四肢とは異なり、俺は経験則から他にも敵がいるはずだと睨んでいた。香愛に先に襲撃させ、撃退した直後の隙、そこを突いてくるような狡猾な輩がSCTにはいるのだ。強化人間”エンハンター”のサイコパスの連中に、特に。なによりタスリーのことである。他派閥を挑発してきたというのなら、それがモディファイターだけに留まるとは到底考えにくい。
見えないはずの俺の吐息がヘルメットのシールド越しにみるみる可視化されていく。香愛の空けた穴からの気流に逆らい、不自然に渦を巻いて流れる先は前方の斜め右側へ向かって。すなわち風は逆側から吹いてきている。風上は後方の斜め左だ。そこに敵が潜んでいる。気取られぬよう背中を向け、踵で立ち、つま先を浮かせた。足の親指の付け根側のオーギュメント・バーナーを点火し、予備動作ゼロで後ろ向きに加速する。さながら後方へ吹き飛ばされたがごとく。
「なんだと!?」
和装に身を包んだ俺いわく”梅干しジジイ”こと、老怪・北風貫太(きたかぜかんた)が、皺の多い梅干しめいた顔をさらにくしゃりと縮める。その様が背中側のカメラの映像から見て取れる。前回と違ってサーモグラフィーに映っていないところを見ると体表面の温度を意識的に調節できるようになったらしい。しわがれた老人の体躯は小学生さながらに小柄で、四肢は枯れ枝のように細い。対して以前よりさらにサイズ拡張された頭部は成人男性と比しても異様なほどに大きく、その風貌だけでいよいよぬらりひょんを彷彿とさせる。そのうえサーモグラフィーに映らないとなると、もはや妖怪の類である。
「ジジイにはなにもやらせねぇよ!」
強化人間とは薬物や手術で脳をいじることで人外の力を得るブーステッドだ。文字どおり脳をいじるだけあって、なにかしら異常をきたすのか、総じて人格に難があり、どいつもこいつもクセが強い。香愛以上に話の通じない手合いである。ゆえに得意のサイコキネシスで砕かれた壁の破片をぶつけられたり、転がっている日本刀を誘導弾のごとく投げつけられる前に終わらせる。初手で決める。直立の姿勢からノーモーションで後方へ滑り、不自然な移動に相手がおののいているところへ決定打を見舞う。ジジイの腹部に鋼の肘打ちを叩き込んだ。香愛とは正反対で、この老人が物理攻撃による接近戦に弱いことは知れている。たちまち地面に崩れ落ちて蹲る。すかさず電波遮断のテープで巨大な頭部をぐるぐる巻きにする。このご時世、最先端技術をもちいる犯罪者の確保には電波遮断系の装備は必須である。拘束用具と共に義足の中に常備している。
「……これでよし、と」
サイコキネシスを封じられてからの老人の言動は、対極に位置する若いお嬢様とまるで一緒、さながらデジャヴだった。くぐもった呻き声に怨嗟と罵倒の数々。まったくやれやれである。
「ブラボー! さっすが詩恩くん!!」
スタンディングオベーションといった大袈裟な様子でタスリーが感嘆の声をあげる。大きな拍手とともに。狙いどおり、ということなのだろう。嬉しそうに称賛してくるひょろ長いくるくる髪の男を無視し、俺は念には念をでさらに襲撃者二人を無力化し、しっかりと拘束する。
「さてさてさて、と。困るなぁー。火火くんに北風さん。SCT内でのブーステッドの私闘は懲罰減給ものだよ? 僕のラボで暴れたんだ。一部始終が録画されていることも、わかってるよね? でもまあ今回はうちの詩恩くんが無傷だから、場合によってはSCTの本部へは報告しないであげてもいい。いいかい? それぞれ僕からのメッセージをきっちりとボスへ伝えるんだ。最後に”明日中に入金が確認できなければ即エスカレーションする”と付けてね」
こうなるともはやどちらが悪者なのか分からなくなってくるから不思議だ。このタスリーこと、マッドサイエンティスト田田田四太は生来の悪党なのかもしれない。少なくとも纏う雰囲気だけは大魔王クラスである。
「じゃあ、まあ、そういうことで。俺は帰るから。あとよろしく」
「ああ、詩恩くん。今日の感じだと大丈夫だろうけど、明日またロボディの確認をさせてもらうよ。必要なら再メンテしなきゃいけないからね」
俺は今度こそうんざりしてため息をこぼす。
「あっ、そうだ。連華さん、すいません。これ……」
借りもののトンファーは見事な切断面をもって両断されていた。
「いいよ、いいよ。これ、私のじゃないし」
「えっ? じゃあ、誰のなんですか?」
直後、タスリーの口から大きな悲鳴があがる。
「ちょっ、まっ、それ!? 今度の患者の義手の骨組みじゃないか! 完成間近だったのに!!」
連華さんが「しまった、しまった」と笑いながら舌を出す。タスリーが「笑いごとじゃない! 一般患者用の義手や義足は保険適用外で費用措置が難しいんだ!!」云々と狂ったように喚き散らす。俺は連華さんへと肩を竦めてみせ、背中越しに手を振ってその場を後にする。追いかけてくる巻髪お嬢の火火香愛と梅干しジジイの北風貫太からの罵声から逃げるようにして。
「ちょっと待ちなさいよ、詩恩!」
「小僧、貴様、このままで済むと思うなよ!!」
「まったく、やれやれだ……」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?