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手帳とわたし・1

8月もお盆を過ぎると来年の手帳が書店や雑貨店に並びはじめる昨今。10月はじまりの手帳が多いとは言え残暑厳しい折、まだ夏としか思えないなか、来年に思いを馳せるのはいささか性急すぎるような気がしないでもない。しないでもないが手帳というのはわたしの、毎年の楽しみのひとつなので、シーズンインは早いことに越したことはない。むしろ「待ってましたァッ!」と満面の笑みで大歓迎である。

手帳が好きだ。まず店で並んでいるのを見てまわるのが好きだ。高橋書店やNOLTYといったビジネスパーソン御用達の手帳から持っているだけで癒されるキャラクター手帳、もったいなくて使えないレベルで美しい手帳、意識高い系手帳から100均手帳まで、と節操なく守備範囲が広い。まあ手帳であれば何でもいい。

好みすぎて心臓を鷲掴みにされる、そんな逸品と出会ったときには人目もはばからず大きくよろけるだろうし、はじめて見るタイプがあれば手に取り神妙な顔をして「こういうのもあるのか」などと孤独のグルメのようになっているに違いない。すごく仕事ができそうに見えそう(といった発想からして仕事ができなさそう)な手帳があれば、それを片手に会議に参加して「それはコンプライアンス的に問題があるのでは?そもそもエビデンスの提示が先ではないでしょうか」と蓮舫さんのように言及している自分を妄想してほくそ笑む。いかにもバカっぽい。

誰かが書き込んだ手帳を見るのも好きだ。かわいらしい文字でびっしりページを、埋め尽くした挙句、シールやらマステやらでデコったキラキラハイセンス手帳とか見るのが好きだ。ソレ系のムック本など、わたしクラスの人間から言わせてもらえばエロ本であるグフフ。じゃあ黒ボールペン1本だけで豪快に書き殴った武骨な漢の手帳はどうなんだ貴様ァ!って話になるが、いやあそれも悪くないですねえ。机の上に広げっぱなしにしている上司のマンスリー手帳なんかことあるごとにガン見しているくらいですよ。ええ。これがまた薄くて小さい手帳なので「部下の評価とか書くスペースないんじゃないんですか」と聞いたことがある。「そういうのはね」と言って自分のアタマを人差し指でトントンし「ここにすべて集約されているんでね」とドヤったので「いやあさすがだなあ」とココロにもないことを言って返しました。「胸ポケットに入るから、僕もうずっとこの手帳しか使ってないです。他のを試したこともあったけど、なんかね、合わなかった」

この上司はこれからも同じ手帳を使い続けることだろう。愛着を持って。正直うらやましい。何故ならわたしは手帳が好きであるにもかかわらず(さらにおそらくひとより書くことが好きであるにもかかわらず)手帳が使いこなせない人間だからでる。それは一体どういうことなのかを掘り下げるために書き出した記事がこれだ。つまりここまでが前置きなのである。

「手帳とわたし・2」にもおつきあいいただけたら幸いである。

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