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「タモリステーション」でタモさんが沈黙を通した理由。

 ウクライナ情勢を特集した「タモリステーション」でタモさんはまるでパネルと見間違えるかのように微動だにせず沈黙を続けた。番組を一緒に観ていた妻はタモさんのCGだと主張していたほど2時間の生放送番組で沈黙を続けていた。

 ようやく番組終了前に「こうしている間も、大勢の人がウクライナで亡くなっているわけですね、というより殺されているわけですから。いろいろとありますけど、一日も早く平和な日々がウクライナに来ることを祈るだけですね。」とタモさんはようやくコメントして番組は終了した。

 ネット上では「一流と言われる人は何か信念を感じる」「沈黙は金なり」「沈黙することで意見を言った」などの賛辞が溢れていた。

 今回の「タモリステーション」ではロシアとウクライナの情勢や地政学、プーチンとゼレンスキー大統領の人物像について広く浅く解説していた。私が推測するにタモさん自身はこの番組の情報量をはるかに上回る知識を備えているはずだ。

 ではなぜタモさんが沈黙を通したのか、自分なりに検証してみたい衝動にかられたのだ。漠然とニュースやネットを眺めるのではなく、まずは私自身がウクライナとロシアについて学んでみた。

 ロシアについての知識は私にも多少ながらある。それは中学生時代から愛読している司馬遼太郎作品からロシアという国についてのみである。江戸時代の日露関係を描いた「菜の花の沖」や明治時代の日露戦争を題材とした「坂の上の雲」を23度と読んできた。

 明治以来、ロシアという海を隔てた隣の国は日本における脅威であり続けた。もしあの日露戦争で敗れていたら日本はロシア語を話す共産圏であったかも知れない。

 また、1945年の太平洋戦争のポツダム宣言受諾後に北辺の地の千島列島占守(シュムシュ)島に満州から転進した日本陸軍の精鋭部隊が存在しなかったら、北海道は現在の北方領土のようにソ連に占領されていただろう。
815日に開戦した占守島におけるソ連軍との防戦の詳細については浅田次郎氏の小説「終わらざる夏」を読んでいただきたい。)

 このように私はこれまで日本側からの視点や歴史観でしかロシアという国をみてこなかった。

 地球規模の目線でみるとユーラシア大陸に横たわるロシアの東隣が日本であり、西隣がウクライナである。距離は相当に離れていてもウクライナとは言うなれば日本の隣の隣の国である。

ここからは日本からの視点をいったんアンラーニングして、ロシアとウクライナの歴史や地政学、ウラジミール・プーチンという人物について情報収集し勉強してみた。

主に利用した媒体は以下である。

COTEN RADIO【特別編緊急収録】ウクライナとロシア
NEWS PICKS 有料記事や動画
dマガジン内で閲覧できるNEWS WEEK など週刊誌の特集記事

 総合的な視野で1番勉強になったのがCOTEN RADIOである。代表の深井龍之介さん率いるCOTEN RADIOはスポンサーや広告モデルにたよらない媒体である。その運営モデルのおかげで誇張や忖度などなしに、かなり解像度を高くした情報をしっかりと解説してくれている。ロシアとウクライナの歴史についてはほぼこの番組を通じてほぼほぼ網羅して理解できるので、今回のウクライナ情勢や両国の歴史を統合的に勉強したい方はまずはこのポッドキャストを聞いて欲しい。

 そして②のNewsPicksにおいて、私の印象に残った動画を紹介したい。
NEWS PICKSのプレミアム会員しか観れないかもしれないが)

HORIE ONE  「ロシア・ウクライナ危機の行方」【ゲスト:山添博史】

ゲストの山添博史さんは防衛研究所のロシア関連専門の研究者である。彼がホリエモンに語った言葉が私に強く心に刺さった。

その件を要約して紹介したい。

ホリエモン
「ウクライナが抵抗すればするほどロシアは無差別攻撃をする状況になっているじゃないですか。今は世界中の世論がロシアは酷いことをしやがった、どうしようもねぇという事になっているけれど、一部ではウクライナ国民の命を犠牲にして国を守っているという意見もあるじゃないですか。たぶん、ウクライナのゼレンスキー大統領はウクライナの独立と国民の命とを天秤にかけて和平交渉をするのかロシアに屈服するのかどうかのボールを持っていて、決断をしなければならないですよね。」

山添
「はい、、そうですね。彼もそれをみて決断する瞬間があると思います。
ただ一応確認しておきたいのが、、、今ロシアが行っているのはウクライナと戦争をしているというより、ウクライナに押し入って人質を毎日何百人と殺しながら強要している。
これを当事者でない他の国の人々がゼレンスキー大統領に責任があるという言い方は外部からはあまりしない方がいいと思います。
ウクライナ人がここまで抵抗したんだから次の行動をしようという決断する時があるんだと思うんですけど、、。それはちょっと辛いながらも見守るしかないという感じですよね。」

 14年間にもわたり防衛研究所でロシア安全保障、国際関係史を研究してきた山添さん自身もこの番組の冒頭に、今回のロシアおよびプーチンのウクライナ侵攻は非合理性の連続で正直わからない事が多いと言っていた。

そして上記の引用したやりとりを聴いた瞬間に私は目は覚める思いがした。そして、ここにタモさんが番組で沈黙したヒントがあるような気がしたのだ。

 ウクライナという主権国家を守るために、ウクライナ国民自身が全て決断しなければならない。そして、当事者ではない者がむやみに意見することは私には恥ずかしく感じた。

 エッセイストのブレイディみかこさんが言うように「他者の靴を履いてみる」という言葉のようなエンパシーを持つように心がけてみることは重要である。
しかし、ウクライナの人々の靴を我々日本人が履いてみることは不可能であることがロシアとウクライナの歴史を学んでいくにつれてわかってきた。


 まず民族という視点で見ると日本という国は歴史的に単一民族国家でやってきた。(もちろん、アイヌや沖縄の方々からは批判があると思うが世界の国々との相対としてみればというエクスキューズを考慮していただきたい。)

 そして、明治維新を経てごく簡単に国民と国家が成立してしまった日本の歴史的経験からすればウクライナ・ロシアの国家の変遷は理解しがたい複雑なものである。

 ウクライナは、歴史的に多民族地域である。この地域に住むようになったのは、スキタイ人、ギリシア人、北欧から来たノルマン人、モンゴル人、タタール人、ユダヤ人、ポーランド人、コサックを含むスラブ人、などである。

 ロシアもソ連時代から他民族国家を維持することが困難であった。マルクス・レーニズムや独ソ戦で3000万人以上という想像を絶する死者を出しながらもナチスに勝利したという共同幻想イデオロギーを持ちだすことでソ連という国をなんとか保ってきた。

他民族国家を近代国家として成立させる困難さは我々日本人は想像の域を超えている。


次に、日本は言うまでもなく島国である。

 海に囲まれているため他国からの侵略をされた歴史的な経験は少ない。刀伊の入寇や元寇など対馬や九州への侵攻、薩英戦争など明治維新前後のヨーロッパとの局地戦はあるが、被害は限定的だった。
太平洋戦争においては沖縄での戦闘があったものの、広島と長崎への原子爆弾投下により日本はポツダム宣言を受諾し本土決戦には至らなかった。

 1945年2月、ルーズヴェルト・チャーチル・スターリンのアメリカ・イギリス・ソ連3首脳がウクライナの都市ヤルタで会談した。秘密協定として千島・樺太の領有を条件とするソ連の対日参戦などを決定していたのである。

 色々な説があるがアメリカが日本に対して原爆を2発も使用した理由として、戦争をできる限り早期に終結させることでソ連が日本に侵攻して新たな領土を手にすることを阻止したかったことが大きいと考えられる。

 話が少し逸れるが、このロシアのウクライナ侵攻に乗じて核シェアリング発言をした元首相の発言を私は心から軽蔑する。オバマの広島訪問を実現させた意義などすべて吹き飛ぶような言説である。
彼は原爆資料館でオバマに地獄のような原爆の惨劇を話したのではなく、ただパフォーマンスだけで折り鶴を折らせただけなのか?
27回もプーチンと会談し、「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」と媚びへつらった末、ウクライナとの仲介などできるはずもなく、ただ核共有すべきなどとのたまうだけとは言語道断である。

 前述したヤルタ会談の秘密協定の中身は千島列島がソ連に引き渡されることとモンゴルがソ連傘下のままであることが記されている。北方領土を日本に返還するということはヤルタ秘密協定が崩れてしまう。すなわち北方領土とセットになっているモンゴル高原も中国に引き渡すということになってしまうのである。

 今回のウクライナ侵攻にみられるように、ロシアという国は多民族の領土をとった場合、病的なほどの執拗さでこれを保持しようとする。プーチンは最初からさらさら北方領土を日本に返す気などなかった。ただサハリン2などのエネルギー輸出という経済的な合理性を考慮して日本とと付き合っていただけである。

本題にもどしたいと思う。

 日本の歴史と比べ、ウクライナという国が侵略された歴史は凄まじい。ノルマン系のキエフ大公国、クリミア汗国、ポーランド・リトアニア連邦、コサックたちの自治国家がこの土地をめぐって争い、ピョートル大帝が大北方戦争で、スウェーデンに勝利したことで、ロシアが進出してきたのだ。

私がウクライナの歴史を学んだ中で一番衝撃を受けたことは「ホロドモール」というロシアがウクライナに課した惨劇である。

 ホロドモールとは、19321933年にかけてウクライナ人が住んでいた地域で起きた人為的な大飢饉である。「ホロドモール」はオスマン帝国のアルメニア人虐殺や、ナチス・ドイツが行ったユダヤ人に対するホロコーストなどと並んで、20世紀最大の悲劇の一つとされている。

飢餓の主な原因は、凶作が生じていたにもかかわらず、ソ連政府スターリンが工業化推進に必要な外貨を獲得するために、ウクライナで生産された農産物を飢餓輸出したことにある。現在の見解だと飢饉によってウクライナでは約400万人が飢餓状態で亡くなったといわれている。

 このような悲劇はロシアの領地支配の歴史を考えなくてはならない。ロシア皇帝および貴族たちは領地を持つ場合、地主であっただけでなくその土地に載っている農奴も私有した。つまり、領地を売買する場合は同じ土地でも農奴が何人のっているかによって値段が変わるのである。ロシアの領主たちは農奴という人間の命を家畜などの動物くらいな価値基準であったように思う。

「ホロドモール」という400万人の餓死者をだした悲劇はこういったロシアという国の苛烈な支配形態から生み出された。そしてウクライナという侵略した国の農奴においてはロシア国内の農奴以下の存在であったと考えざるをえない。

「ホロドモール」はたった80年前の出来事であり、そんなウクライナ国民が今回のロシアの侵攻に黙って屈服するとは到底思えないと私は感じた。

 ウクライナ人の靴を履くことは容易ではないという事を私はウクライナの歴史を学ぶことで体感した。
しかし、人類で唯一の被爆国である日本国民としては最悪のシナリオである核の脅威だけは同じ靴を履いてロシアの核使用を防ぐために叫び続けなければならない。

 キエフの防衛戦闘のためロシア軍に抵抗し、ロシア兵の損害が増えれば増えるほど無差別攻撃そして核というカードがでてくる可能性が高くなる。

 ウクライナとロシアの歴史や情勢を知れば知るほど、どのような終結が妥当なのかわからなくなり、我々のような平和ボケした民族は黙らざるをえなくなる。

 タモさんも戦争を知らない世代である。日本人の立場とご自身の影響力を十分に考慮して押し黙るほかなかったことが想像できる。

 核兵器や生物化学兵器などの悲劇が起こらないこと、そしてウクライナ国民が納得できるような和平交渉がいちはやく成立することを祈るばかりである。と、タモさんと同じように締め括りたい。

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