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連作ミステリ長編☆第2話「探偵助手は、2度ベルを鳴らす」Vol.1

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門


~私立探偵コジマ&検察官マイコのシリーズ~
「MUSEが微笑む時」
第2話「探偵助手は、2度ベルを鳴らす」

○ ーーーーーーーー あらすじ ーーーーーーーーーーーーーーーー ○
  私立探偵小嶋雅哉は法律事務所書記担当を退職し、京都に戻り元裁判所所長の叔父政之との共同経営が軌道に乗り始めた頃、検察官中原麻衣子と出逢った。仲が定着し始めた晩秋、退所前の元恋人から極秘の依頼を受けた。
 組織的な音楽LIVEチケットの転売に、警察庁のトップが絡む疑惑を調べて欲しいとの依頼。他方で、巷の個人ネット販売による転売送検で停滞なく、麻衣子も忙殺されていた。警視庁と警察庁の相殺監視で、犯罪を未遂に留める動向の互いのトップに犯罪疑惑が被せられている。
 音楽を創る側、消費する側、違法を取り締まる側。各々の生活も絡み、最後に音楽の女神MUSEが微笑んだのは、誰の為なのか。。。


Vol.1‐①

 先程まで、娘のまりさがこの事務所に来ていた。別れた前妻との間の長女の方だ。

 次女のゆずも成人式を済ませ、女子大に通って独り暮らしをしているし、まりさの方は、この京都市内の上桂に住んでいる。
 まりさは撮影所で「消えモノ」や小道具担当の仕事をしている。オレに会いに来た時滞在中にたまたまエキストラ募集に参加したのがきっかけだそうだ。演じる方より裏方の制作に興味を持ったらしいのだ。

 この2階の「和モダン部屋」で、オレは相変わらずホットコーヒーを味わい、まりさのお喋りに相槌を打つ。

 まりさはアイスティーを飲みながら、「鬼滅の刃」で禰豆子が口にくわえてたあの筒の中身は、武家の嫁入りで印籠みたいに常備薬やお守りを入れて首に下げて輿入れする器具なのだという話を夢中で語っていた。

 さすが、時代劇に詳しくなったな。。。

 と、ニコニコしていたら、本棚から振り向くと、まりさはもう姿を消していた。

 ひょっとして、3階の「打ちっぱなしモテ部屋」に居る菅原に会いに行ったのかな❓イヤ待てよ。

 まりさはもう元カノなのだ。菅原には現在は料亭「たちき」の接待課長「ヒカル」という恋人が居るって事知っている。むしろ顔を合わせたくないかもしれない。

 まったく。。。次の行動が全然予測できない娘だ。
 妹のゆずの方が、感受性豊かそうでいて、実はとても堅実に努力を積み重ねるから安心感があるのだが。。。


 幸いなことに、娘二人とも、麻衣子には姉のように人懐っこく慕ってくれている。まりさもゆずも、オレの元妻である母親の、生き方や価値観や恋愛観がキライだった。

 30代半ばの真希ちゃんも、母親の生き方を否定してきたのだろうか。。。この事務所の経理は過不足なく任せておけるけど。

 産まれた時代や育った環境の違いだけで、母親の託す事を退けて、自分らしさの為に不甲斐ない父親の方を慕うものなのだろうか。。。

 オレは、背もたれ付きのチェアごと真希ちゃんの方を振り向いた。

「ねえ、、、」
「ぁ、コーヒーお代わりですねー❔」
「あっ、いや。その、、、」
「娘さんなら、下のカウンターにいらっしゃると思いますよー」
「あそうなの❓」
「カウンターの中でぇ、神田君がコーヒーの点て方見習いやってますぅー」「、、、さよか」



 真希ちゃんの作業の邪魔をしないために、オレは階下のカフェへお代わりをオーダーしようと立ち上がった。

 今日は「嵐」の「カイト」を流していないから、気分は上々みたいだ。普段はよく気が付く女性だが、午後5時には帰る気満々なのも事実なので、手間をかけさせたくないのだ。

 ドアのノブを引こうとしたその瞬間、手前にゆっくり、ドアが開いてトレンチにコーヒーカップを乗せた神田君が立っていた。
 いや正確に言おう。手前にゆっくり開いたのではなく、とても慎重にトレンチを見つめながら恐る恐るドアを押したのだ。

「ホットコーヒー、点ててみました。どうぞ」
 オレが思わずありがとう♪と言うしかない笑顔を、神田君は見せた。
 菅原なら、手慣れた様子でトレンチにソーサーとカップを接着剤でくっつけたように澄まして、ポットを余った指に引っ掛けて起立している。そしてこう言うだろう。「そろそろ、お代わりかと思いまして」
デキル!神田君はこのメンバーの中での役割をもう体得している。

「気が利くねえ。ありがとう。ドリップの仕方を習ってたんだ❓」
「はい。あ、お嬢さんも一緒に習ってて、先程おんなじポット買いに行ってくるって帰られましたよ❔」
「良いんだ。まりさは凝り性だから、自宅でも美味しい珈琲点てたいんやろ」
「そのようです。このキリンさんみたいな注ぎ口のポット買って来る!って表現されたのが、かわいかったです」
「そうか。オレにはキリンよりダチョウに見えるけどな」
「どっちも可愛いです」
 真希ちゃんが思わず笑いをこらえた。
「真希ちゃんも一息入れて。キリンさんから注いでくれるぞ❓」


『お父さん。川崎に居た頃より京都に住んでからの方が、好き。ステキだよ?お父さん。じゃ、またね♪』
 
次女のゆずが、半年前に会った別れ際、こう言った。

 浜田省吾の「もうひとつの土曜日」をカラオケで歌って告白するという、とてもベタな方法で、オレは家庭を守ってくれる女性を手に入れた。
 27年前。

 だが、前妻と本当に絆の深い間柄の男は、オレの大学法学部の同級生で、弁護士の友人だ。
 オレの居た大手法律事務所の競合他社である法人の、運営側。つまり会社役員に収まっている。
 そいつは、取締役に出世するまでは結婚はしない!と、彼女だったオレの前妻に別れを選ばせた。

 足蹴にされてもその友人について行く彼女に、オレは同情している内に、気が付いたらプロポーズしていた。
 だがどうしても、友人と前妻の絆は断ち切れず、オレはただひたすら、娘二人の成長を糧に、法律事務所で働く、毎日。

 その頃、ホテルウーマンをしていた神山真澄と、出逢った。

 それは、真澄のオレへの想いに気づいた元妻の、嫉妬心からか企みだったのか。。。情けなくも策略にハマってしまって、妻とまりさとゆずを失ってしまった。ついでに真澄の行方すら、見失ってしまっていた。

 その離婚調停の、妻側のフォローをしたのはその友人の弁護士で、現在はオレの元妻が友人の配偶者なのだ。

 救いは、二十歳になるまで娘の進路について決定も出来る監護権をもらっていた事だ。まりさは高卒で働き始め、ゆずは大学入学までの費用を払ってやりたかった。

 音信不通になった真澄と、「出逢ったわけ」の解答を、見つけ出せないでいた、オレ。
 京都に戻り、退職した叔父と共同でこの探偵調査事務所〈プライヴェートEYE小嶋〉を運営し始めた。検察官になったばかりの麻衣子と逢わせてくれたのも、叔父である。

 警視庁や警察庁がらみの件で再び、料亭女将としての神山真澄と再会したわけだが、またしても真澄が、オレの人生の羅針盤の向きを変えてしまうのか、、、とさえ感じ、そのくせ期待した。

 だけど、結局オレはまた関係することもなく、今度はクライアントの一人として、通りすがりになって行くだけだ。

 『出逢ったわけ』

 それは、恋愛の思い出を残す事ではない。
 素直な自分が望む幸せ感とは、どんなものか。。。あらためて考え、そして真澄を選ばずに今度は麻衣子との毎日に在る実感を大事に選んだ。それが、何度かの恋よりも成り行きの結婚や家庭よりも、素直な人肌感であると確信するため。

 そうだ、、、きっと、その為の再会だったのだ。

 ある意味、人生のターニングポイントに現れるキーパーソン。きっと、そうだ。
 オレは、ゆずにもまりさにも云いたい。
 結婚はタイミングが来たら、ウソみたいに決まる。けど、本気で好きって気持ちは、大事に育てろよ、な!?

 思わずニヤリと口元を緩めてしまった。残りの2杯目コーヒーを飲み干そうとして、すぐに振り向いて確認した。
 今度はしっかり真希ちゃんに確認されていたから眼が合ってしまい、神田君は真希ちゃんの視線を辿って、まだ残っているらしいコーヒーポットをかざしてみせた。憎めない笑顔で。

「あ、もうお腹ちゃぽちゃぽや。もう大丈夫。神田君、またみづきちゃん連れて来いよ」
「はい。新曲出来たから聴いてほしいって」
「楽しみだ」
「雅哉さん。ハードボイルドもいいけど、優しいパパの顔も素敵ですよ❔」

 オレは嬉しさがまた顔中に溢れてにやけた。神田君に彼女が居ること発覚させて、また真希ちゃんが機嫌悪くないか確認する。
 真希ちゃんは消音した内線電話に、厳しい面持ちで応対していた。メモしながら階下からの連絡を復唱し、まとめる。

 なにか久しぶりに深刻な案件が届いだのかもしれない。オレは背もたれから起き上がり、神田君は真希ちゃんのデスクでメモを読み取り、頷いていた。


Vol.1-②

 オレは先程から、考えあぐねていた。

 考えあぐねて気分転換に無料ダウンロードできるイラストをダラダラ見ていて、ブータレたオス猫の姿にグヒャッと笑ってしまって、眼を留めてしまった。そのおかげで、今日の午後に発生した案件について、オレは箇条書きでも整理できたのだ。
 調査しなけりゃならない事項と、調査場所とアクセスと、担当。。。

 真希ちゃんがこっちを見ている、、、視線が『早く、かかる経費概算を出してくれ』と語っている。。。

 オレは箇条書きの事項を挙げた後に、今回の案件の概要をPC入力し始めた。菅原と神田君にコピーして、渡すためだ。政之叔父には、今回は口頭で簡単に〈ほうれんそう〉するだけだ。

 ちなみにハンコは要らない。オレ達はそれぞれクセが強い字を書くので、サインで区別する。社名を記入する時もだ。真希ちゃんだけは、ペン習字のような美しい字を書く。さすが、経理担当!

 そやけど、クセ字さえ今や個性的やぞ


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その1)
先月26日。検察庁の中原麻衣子氏より、依頼。
 インターネット購入による、LIVEチケット転売が横行。購入者はほぼほぼ個人買いで、法規違反と知らずに、もしくは曖昧な判断で大丈夫と考えての行為。検挙~送検、処理完了も含めて多種多勢で膨大な時間を費やすが、1件1件は、小規模。
 組織的にインサイダー取引して相互利益で営利目的の会社を追跡した。逮捕後の検察での調査に入る前に、組織的な容疑主犯格への、接触と調査報告の、依頼。

その2)
 本日午後5時30分。府警の佐藤警部より依頼。
 2017年に発覚したインターネット系会社<MYKEE>がチケット流通HUBに介入していたことから、不正売買が発覚。京都府警が被疑者家宅捜査に入った件で、捜査線上から漏れていた子会社(所在地は不在)が社名を変え、中国資本系として拡大しているとの情報。
 メディアに報道される前に物的証拠など、検挙できる事項を確保しておきたい。調査方法の相談含む、捜査フォローの依頼。

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 外資系を名乗る会社の本社へ、どうやって調査するのだ❓❓

 中国本土へ往復するだけでも、多大な費用だ。捜査方法や手段の相談というのは、報酬あるのか❓❓組織的というのは、会社単位か、個人の横のつながりの同盟メンバーなのか、最悪、組関係が絡むのか❓❓
 どこから手をつけよう。。。オレには見当がつかず、多分眼をシロクロさせていたはずだ。

あっ!!思い出したぁ!

 多分眼をシロクロさせていた時から観ていた真希ちゃんが、飛び上がらんばかりに瞬間ビクッと震えた。ヒィーッと鳴いてたかもしれない。
 オレは構わず、インカムで内線から3階の<コンクリート打ちっぱなしモテ部屋>に向けて、連絡する。

「道兼君。今日入った案件連絡だ。そこに神田君も居るか❓」
 オレはウンウン頷きながら、菅原の返答を、聞く。
「そうだそうだ。手が空いてたら、相談したい。それと、一部担当してほしいんだ。大丈夫か❓」
 オレはまた縦に頷く。
「頼みたいのは、<MYKEE>の元社員だった元カノ居たよな❓事情徴収された娘な❓あの子になんとか接触してくれ。
 それと、、、神田君に降りてきて案件概要のコピー二人分、取りに来てって。神田君には別のこと、頼む」

、、、と、言うが速いか、ドアがサッと開いて神田君が憎めない笑顔で立っていた。
「お呼びですか❓雅哉さん」
「おっ、神田君。君、〈草津製作所〉の営業社員で知ってる人、居るか❓
 あるいは、ライバル会社だから接触したくないかな❓」
「あ、いえ。大丈夫です。
 ってか、クサツの営業マンとも親しい業者さん、知ってます」
「個人的に接触できそうか❓」
「はい。実は、研究所室長は〈烏丸セラミック〉から8年前くらいに鞍替えした方なんですよ。詳しい経緯は知りませんけど」
「連絡取れるのか❓」
「もう僕カラセラを退社してるから、接触できます。
 それに、研究室の奴の兄貴、同じ年くらいで学生ン時から目立つ人でしたよ❔兄弟でクサツに入社してるんです」
「そいつは、『カケル』って奴か❓」
「うわぁ。よくご存じで。有名人❔」
「ぁ、イヤ〈赤の洞窟〉ってパスタの店で、なんだかチケット転売の話をしてたのを、偶然聞いたんだ」
「なるほど、ですね」
「転売チケット購入者の側から、探って欲しいんだ。詳しいのは、弟とその同期みたいだ。それとなく、情報が集まんないかな。。。❓」
「やってみます。さっそく、働けますね❔」
「コーヒー点てる事くらい、うまく成れよ❓」
 と、オレはベテランっぽく決めたつもりだった。

 だが全部、インカムを通して菅原に筒抜けだった。菅原がヘッドフォンから抑揚なく容赦ない言い方で、ツッコミ入れて来た。
「雅哉さん。ゆずちゃんも、転売かセーフかネッ友に売ったチケット、気にしてましたよ❔」
「なんで菅原が知ってるんや❓」
「まりさちゃんが元カノになってしまう前に、聞いてました」
「、、、さよか」
 
このインカムは、麻衣子のプレゼントだ。

 オレは、麻衣子は元カノにはしないぞ!


Vol.1‐③

「あら、アナタ。。。ここって〈クサツ〉よね❔」
「はい。お久しぶりです。〈草津製作所〉に来てます」
「あそうよね、、、神田君でしたっけ❔イケメンに成ったよねぇ❔」

 屈託のない様子で、〈株式会社草津製作所〉の研究室、室長遠見女史は、М棟〈草津エンジニアリング〉の前で、向こうから声をかけて来た。

「僕もう転職して〈カラセラ〉に居ないんです。だから、会いに来れました」
「あたしに❔」
「はい」
「あらそう。雇ってくれって❔」
「いえ、だから転職してます。別の業種に」
「あそう。営業❔」
「んまあ、、、似たようなもんです」
「ははあ、、、人に会う仕事ね❔」
「はい。AIロボットじゃないです」

 顎を上に掲げて、遠見室長はおおらかに笑った。白衣のポケットに両手を突っ込んだまま。片手を引き出すと、、赤縁ち眼鏡を掴んでいたが。
「えっ❔遠近両用の眼鏡ですか❔ひょっとして」
「そうよお。あたしも、もうアラフィフよ。細かい作業はこれ、無いとね」
 
相変わらず、気さくで飾らない人だ。

 遠見女史が現役で、セラミックの成分融合を開発研究していた頃は、ボク神田はまだ入社していないが、この会社の研究室室長に昇進された頃に、取引先業者を通じて面会している。
 二度ほど立ち話しただけなのに、名前も記憶に残してらした事が、嬉しかった。姉御肌で、部下には頼もしい上司だったと聞いている。どんな事情で退社されたかは、聞かされていない。

 が、ボク神田が入社して1年で特別企画部に配属が決まって、いったい営業職とは何ぞや❓何する人ぞ❓って事を知りたくって、さすがに先輩や同僚にも訊けず、懇意になった取引先の担当さんに尋ねた。なのになぜかライバル会社の同じAI事業の、研究室室長を紹介してくれた。
 もちろん、㊙でプライヴェートに、だ。

 ちょうど〈烏丸セラミック〉と〈草津製作所〉の中間地点の、西大路沿い。小川珈琲フランチャイズのカフェで待ち合わせした。遠見女史は帰り際なぜか、SIZUYAの玉子サンドを渡してくれた。
「お昼、食べてなかったでしょ❓もう一時半だよ」と。


本日の〈草津製作所〉訪問はその時の相談内容とは、違う。
「じゃ、中に入んなさい。なんか、また話ありそうじゃない❔」
 
ボク神田は素直に頷いて、遠見女史の後ろに従って、研究室М棟へ足を踏み入れる。

 意外とすんなり潜入出来てしまった。。。

 敷地内へ入る検問受付窓口と、同じく。窓口の警備員に遠見室長の氏名と来訪者のボク神田の氏名を告げたら、時刻のメモは取られていたが「あ、どうぞ。М棟です」と通してくれた。

 『研究室室長の遠見女史』というのは、その存在だけでも信頼されている検問の【合言葉】みたいだ。そして、ご自身がかつて所属した競合他社を、既に退社しているという【確認】だけで、ボク神田は研究室内に潜り込めたのだ。

 政哉さん、喜んでくれるかな❓
 道兼さん、褒めてくれるかな❓
 いや本題は、これからだ。

 ぼく神田は、この遠見女史には、ウソをついたり利用したりしたくない。むしろゴマカシは見抜かれてしまうだろう。でも今は、ホントの来訪目的や現在の素性は、明らかには出来ない。。。

 ギリギリの線で、身の上は話してみよう。


「あ、ボクですね、全然仕事と関係ない事で頼みたくってここ、来たんです」
「あらそう。イマドキのイケメンにも悩みはあるのね」
「あんまりそれ、言わないでくださいよ。もう。アーモンド・アイとか要するに、細い一重です」
「言ってないわよ、そんなこと。アナタは。神田君は、その笑顔で誰の懐にでもすんなり溶け込んでくんだから。オッサン達には稀有な存在よ❔
 あのヒトが、営業に向いてるって言ったのも分かるわ」

「小泉部長が、ですか❓」
「ちがう。〈烏丸セラミック〉のCEOよ。それをそのまま、部長さんが伝えたの。
 チャラくはないのに素直だから、好かれるでしょ❔」
「はい、でもモテません」
「あら。三十路過ぎるまでは、モテても仕事でヒマ無いわよ」
「、、、ですよね!?彼女一人で精いっぱいです」
「いるなら、問題ないわ。好かった。そういう相談かと」
「はい。いえ、、、どっちでもあるんですが、、、」

 ハテサテ、、、何て切り出そう。。。❓

「で、なに❔」
「あ、はい。単刀直入に言います。仕事関係なく、営業マンの『カケル』さんって方と、友達になりたいです!」

 さすがの遠見室長も、眼を丸くした。
 イヤリングもしてないし指輪もしていないが、まっすぐな鼻筋をいっそう長く高くするように、驚いたおちょぼ口で、遠見室長は一瞬声を失った。

「あのね。言いたくなかったら言わなくて良いけどね。ひょっとして、、、ひょっとしなくってもその気はないよね❔」
「ないです。彼女います」
「だよねだよねだよね❔、、、それに両方じゃないよね❔」
「ないです。大事な彼女のために有り得ないです!」
「よかったぁ、、、カミングアウトじゃなくって。まあ、お飲み。まずくはないと思うよ❓」


 しばらく向かい合って沈黙のまま、ホットコーヒーを頂いた。研究室の休憩エリアのようなスペースで。 まずくないどころか、うちの事務所1階のカフェで点てるコーヒー並みに、おいしい🍀。

「なんだぁあ~?お通夜みたいなお見合いだなあぁ~、遠見センセイ」

 通りすがりの、これまた白衣の男性が、声をかける。
 髪がモシャモシャで、物質成分に絡んで混じったりしない❓と思ったが、よく考えたら、ロボット組み立てよりも、ここはAIソフトの部門らしい。特には製造什器もデカイモノが無い。

 なんだか、ここ〈草津エンジニアリング〉は個性派ばかりだ。

 目の前の遠見室長が一番髪が短くって、みんな好きなヘアスタイルに、好きなファッションで、上履きもバラバラで、、、白衣だけはお揃いだ。
 あの奥の方の超ロングヘアの長身なんか、ボク神田の彼女が見たら「どこかのギタリストみたい」とか言って、三つ編みしたくなるんじゃなかろうか、、、あ、いや、身長が高すぎて、おチビのみづきには届かない。。。

「あ、もうボク神田は、ライバル会社の営業マンじゃないんで。しかも、地元は京都じゃなくって、なかなか友達できません。
 『カケル』さんは、学生時代から同年代で有名人だったんで、できたら、一緒に食べ歩きや、たとえばLIVEに一緒に行くとか。彼女の悩みとか。そういうプライヴェートの付き合いしてみたいんです。いっぱい友達居そうだし。。。」
「おいボーイ!!君なかなか目の付け所、ええじゃんか!」

、、、それ、どこ弁❓ と思ったが、あまりに気さくな髪モシャさんなので、答えずにはいられない。
「はい!硬派っぽいのにイケメンで憧れます。友達の友達でもいいんで親しくなりたいです」
「それ、、、おこぼれの彼女狙いなんじゃない❔」
 束ねた腰までの超ロングヘアの同年代風。一見軽そうな奴が横やり入れて来た。

 こいつモグリの研究員か❓祇園の黒服の方が似合うやんけ。

 さすがのボク神田も、一瞬ムカッとした。でも、むりやり笑顔に変換した。
「ぁ、いえ。一人だけやけど、彼女います」
「、、、さよか」

 なんかイケスカン。このロングヘア。

 彼は、ニヤッと笑ってPC入力に向き直ってから、画面を見つめながら告げた。
「LIVEのチケットなら、1枚余ってるよ?もちろんカケルさんも行く。弟のシュウジも、僕渡部も」



「4枚分、いけるんですか❓」
「そう。1枚余ってる。あ、お値段据え置きだし、安心して❔
 去年もこのメンバーで福山雅治の『野郎夜』行ったんだよ。そこの黒木さん、誘って」
「んだ。おれ黒木。今回はキミ。よろしくな❔」
「はい、、、いきなり良いんですか❓仲間で」
「いいのよォ。こういう会社。ってか研究所。あたしが室長なんだもの。
 行ってらっしゃい」

「いつですか❓」
 
ロングヘアが3席向こうのデスクから、答える。
「あちょっと先。4月の〈ジョーホール〉」
「ジョーホール❓バル❓」
「あっと、ごめん。大阪城ホール。
 ほぼ外タレ化してる日本人バンドの来日凱旋公演なんだ。野外音楽堂の方じゃなくって、中の1万キャパ入るところ、6000でさ。4枚連番で取れたんだ」
「へえ~、、、あ、客席トビトビですね❓」
「そう。客席の約半分。立ち見もあるんだけど、指定席で偶数連番」
 
ボク神田は、思わずにっこりした。この人達は、転売チケットとは関係なさそうだ。

 いつもどんなルートや手段で買ってるのか、知りたくなった。もしくは、法規に引っかかるのはどんな場合か、裏話を教えてくれるかもしれない。

「僕たち普段から、粉塵や微細な粒子のもの吸わないように、構内では以前からずっとマスクしてるんだ。
 気にしないで?海外なら、マスクしてたら強盗団に間違えられるけどね。食事と休憩以外はずっとこの黒いマスクさ。年明けから、えらい騒動だよなぁ。CORONA。LIVE行くの好きなんだ、君?」
「はい。あっ、ボク神田って言います。多分、カケルさんより一つ下くらい」
「おっと、年上だ。失礼しました。これでも僕、元体育会系」

「バスケでインターハイ出場して、個人得点王だよね❔」
 
ロングヘアがゆっくりと縦に頷いた。
「へえ。。。あの、もうちょっとボクを疑わないんですか❓退社証明書があるわけじゃないけど、一応、元競合他社の人間ですよ❓」
「あっいいの。遠見室長が信じて良さそうにしてるから、大丈夫なんだよ、僕ら」
「そう僕ら」
と、黒木課長。名札に〈AI課長 黒木〉と書いてある。
「黒木もキミ信じる。カケルとシュウジをよろしくな❔」
「はっ❓」
「僕コウスケ。ヨロシクデス」
「エッ❓」
「NO PLAN なんでしょ❔チケットもらってくださいよ」
「、、、はい、買います。割引も割り増しも、無しで」
「Nice!」

 なぜかつられてグータッチをした、ボク神田。ハイタッチの方が、ボク神田は好きなんだ。

「おい。ポニーテール!残り1枚売れて良かったな!俺は今回、その日はムリだ。すまんな」
 
アフロヘアでもないけど、菅田将暉のカーリーヘアよりも男っくさくって、パパイヤ鈴木の迫力よりもスマートな、モシャモシャ髪の風来坊な男、黒木課長。
 まるで当日ノリ決めの飲み会ドタキャンみたいに、軽く言った。


 まるで、この研究室は自由な発想のクリエイター集団だ。
 ボク神田の元所属部署も会社の中では、発案から製造工程へ流す最終決定の発注まで、部署内で全て役割をまかなう特異な企画部だが、退社時刻以降のお互いのプライヴェートは、関わらないから知らない。
 休日につるむ事もないので、少し寂しい距離感だったが、この会社のこの研究室は、同じような製品に関わる部署なのに、関係性がまったく違うつながり方だ。

 たまたま特別企画部で外部から関わる美大生のみづきと付き合うようになったので、あんまり深くは考えていなかった。
 学生時代のように、何の利害も絡まない関係性の友達っていうのは、社会人になるとなかなか出来ない。地元の昔からの友人だって、休日がちがうし日常で簡単には会えないのだ。
 でも、こうしてやりたい!と思える仕事をみつけ、あえて人に会いに出かければ、つながりができるんだな。。。

 このМ棟〈草津エンジニアリング〉では、なんだか同じモノを創り出す同士が24時間関わっていて、他の部署さえ退社後につながっている。受け入れあえる個性の集団クリエイター、そんな感じだ。

 ボク神田、新卒入社する会社勤めの先を、間違えてたかな。。。外を観てみないと、分からない事だよね。。。道兼さんや雅哉さんとも、そんな談義をしてみたくなった。

 ここに居るから、遠見女史は結婚を考えなくって好かったのかもしれない。とても居心地好さそうに微笑んで、ゆったりとまだ、コーヒーを口に運んでいる。

 コウスケ君がひと段落したのか、ボク神田へのLIVE参加詳細を、PDF変換で起こしてくれている。スマホのメルアドをコウスケ君へ渡す為デスクへ向かうと、黒木課長が作業を始めた。
〈ゆりやんレトリィバア〉さん激似な接客ロボットの、唇を開けて歯の嚙み合わせと舌の動きで、発音照合をしている。

 通訳ロボットかあ。。。

 人肌感ロボットで知っているのは、『マツコ・デラックス』さんだけだ。あれもホントに本物の人間みたいだったが、接客業務用ではなさそうだし、日本語しかしゃべらない。
 このAIロボットは、一足お先を行ってるなあ。。。

 ボク神田は、ここのライバル会社を辞めて良かったと、安堵した。他にも理由は、あったのだが。



Vol.1‐③

 神田君が事務所2階の〈和モダン部屋〉に出勤して来ると、麻衣子がソファに腰かけて、すでに1階からセルフで運んで来たコーヒーを味わっていたそうだ。

 云い忘れるところだった。
「いちいち君付けしなくて好いです」という神田君の要望から事務所の朝礼で協議した結果、オレと菅原は「気分や相手のイメージで勝手に君付けやちゃん付けしてるだけ」と反論した。「でも、菅原さんが呼び捨てされて、僕が君付けは居心地悪いです」という神田君の意見はもっともだ。

 オレの方針は、目上の見解が絶対ではなく、皆で納得する決定を下す事なので、真希ちゃんの希望も訊く。だが、皆の秩序や指示系統は大事だから、政之叔父に最終審議を委ねた。

 さすが元裁判官。

 年下に向かっては「君付け」年上には「さん付け」、経理事務員は本人の希望を汲んで「真希ちゃん」、それぞれの彼女も「年上はさん付け」「年下はちゃん付け」。けれども仕事上の打ち合わせでは場合によって麻衣子を「検事」と呼ぶべし。
 以上の最終結審を徹底し習慣化すると、決定したのだ。

、、、うん。やっぱ〈官〉は〈民〉に強気なのかひ❓
 それより、案件がらみで来た時も、〈公〉ではないから、オレは「麻衣子」と呼ぶべきか。。。❓


 とにかく急いで、別件から事務所2階に戻ってみると、神田君は、すでに麻衣子との打ち合わせに導入していた。

 オレがまとめるまでもなく、自宅でテレワークして来たのか、神田君は送信したPDFを事務所で書類に起こしていた。4部の進捗状況報告の冊子を用意して、真希ちゃんの2階デスクで待機している。

 2名に加わる前に、オレは3階の道兼、もとい菅原君へ先に1部届ける。
 真希ちゃんにホットコーヒー2つを階下にオーダーしてもらうと、オレは再び2階に降りて来て、さっそく麻衣子と並んで資料に目を通す。

 今のところ、神田君には自分のデスクはない。空いてるソファか真希ちゃんが使わない階のデスクで作業をこなしている。本人はまだ見習い中だからこの状態で好いと言うが、むしろ、自由自在に1階から3階までを使いこなしてる感が、オレは頼もしいのだ。

「神田君は、どんどん覚えて自主的に頑張るから、毎月少しづつでもひねり出して、給料アップして行ってやってくれよ」
と、オレは密かに真希ちゃんに伝えておいた。退社した大企業ほど払えないが、彼の意欲には応えて行きたい。

 本日も、オレが自らやっていた作業の手間が省けている!

 エラクなった気分などどうでも良いが、手間が省けた余裕で、オレは新たに自分の役割として出来る事が増えるのだ。4名プラス叔父の事務所全体の動きを俯瞰して、回して行く段取りの指示を。。。

とか、な❓麻衣子❓

、、、と、麻衣子を振り向いたが、横顔の麻衣子はもはや、オレの心の声など興味を示さず、資料に集中するzoneに入った検事のカオにスウィッチしていた。


 事務所2階の、真希ちゃんのデスクに、神田君。ソファに麻衣子。向かい合せの一人掛けに菅原君。そしてオレはデスクで、〈麻衣子案件〉に関わる調査について、段取り打ち合わせを始める。

 菅原君は自主的に降りて来て、自分でカフェオレを注文してから、加わった。彼には、主に〈佐藤警部の案件〉についての調査を担当してもらうが、2件とも【転売チケット】に関する依頼なので、相互協力もあり得る。
 つまり、情報シェアによる同案件として、事務所では扱う予定だ。

 まず、資料に眼を通す3名に対し、神田君が真希ちゃんデスクからサラッと読み上げていく。
「えっと、今回はボク神田の調査報告です。前職つながりで出会った、会社の研究員が偶然LIVE好きで、学生時代から音楽イベンターに携わってた同年代男子です。
 まず、まとめた資料を読み上げます。後で、質問してください。

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『LIVE好きの証言』

1)、自分たちのチケット確保方法
Ⓐぴあ/ローソンチケット/Eプラス、などのプレイガイド
Ⓑイベンター知人情報からイベンター申し込み
Ⓒライヴハウス、ホールで直TEL直ネット購入
Ⓓファンクラブ先行予約

2)、手を出さない購入方法
Ⓐ店頭チケット売り場の、正規価格より高いモノ
Ⓑインターネット掲示板のネッ友と直交渉のモノ
Ⓒ手渡し当日の譲り受け
Ⓓ一般発売日以降の購入

3)彼らの見聞きした違法かも!な方法、犯罪
Ⓐダフ屋からの購入、ダフ屋への売り渡し
Ⓑ営利目的の、まとめ買い。そこからの個人購入
Ⓒシリアル番号入りのチケット譲り渡し、受け取り
Ⓓ〈推し〉や〈担当〉ちがいで交換→金額増し

4)関わっているチケット販売会社
Ⓐ正規音楽イベンター確保分予約
Ⓑファンクラブ先行予約
Ⓒインターネット販売会社
Ⓓ流通(NET)センター会社
Ⓔモバイル・オークション
Ⓕ芸能事務所傘下のキャンセル分リサイクル仲介システム
Ⓖライヴハウス、ホールの現場(当日券含む)
Ⓗリサイクル・ショップ(主にNET)
Ⓘチケットぴあ・ローチケ・Eプラス等プレイガイド

5)、その他情報
★同じチケット販売会社の中でも予約方法、支払い方法は複数
★個人取引でも、正規価格より高額は違法の可能性
 仲介者がマージンを得ていれば、正規価格より安くても違法
★NET売買は、主に〈裏アカ〉で取引されるが、これは確信犯
 取引元と引き取り先が面識なしも営利目的とみなされ、
 音楽興行に関しては、諸権利が絡む
★チケットをNET販売する会社は、インターネットおよび
 IT系会社の傘下の場合、要注意。
★アーティスト側の対策として、当日まで座席指定番号は
 告知・表示なく引換券として、電子改札システムを行う手段も
 実行されている
★そもそも転売がなぜ違法とされるか、どうしてアーティスト側に
 不利益や被害が起こるのか、知らないままチケット欲しさに
 正規価格でないチケットを購入している、そのアーティストの
 ファンも存在する。

 ● ------------------ ●


「えっと、以上がボク神田の友達雑談情報からのまとめ、です」
「ありがとう。自宅で資料に起こしてくれたんだよね❓助かるよ。
 オレも菅原君も、その辺の作業は担当者がまとめていたんだ。当分、どちらのフォローするにしても、自分の調査分は本人がまとめて、シェアして担当者が指示出す形にしようか。菅原君は、意義無いかな❓」
「異議なし、です。一部、僕の担当分に関わる内容もあるし、全員でシェアして、口頭で伝達だけで済まさなくて、正解です」
「ありがとう。神田君、こっちのソファに来てくれる❓
 おれもそこに座るから、ここからが、打ち合わせだ」
「はい」
「始めるぞ❓」
 
オレは再び麻衣子の隣に座る。

「実はね、この資料にもある、個人買いと、ファン同士名目譲渡と、犯罪だとは知らなかった被疑者で、てんてこ舞いなのよ。組織犯罪に関しては、まだ、起訴や送検は来てないの。
 そっちは、菅原さんが担当なんですね❓」
「はい。別口からの依頼が絡んでて、僕の元カノの居た会社も警察の方で取り調べ入ってたんです。それで、他に民事1件のみしか抱えていないんで、僕の担当」
「わかった。例の浮気調査だけなんだな❓」
「ええ。あの、神田君に質問していいかな❔」
「はい。どうぞ」

「この資料2番の手を出さない購入方法があるってくだりは、その仲間内は違法の可能性あるチケットは一切関わらない集まりって事なんだね❔」
「はい、そうです。主催イベンター側でバイトやってた人居るんで、ライヴ好き集団なら避けて通ると思います。特定のファン仲間とはちがうし、どうしてもそのチケットが欲しい!というより、仲間内で行けるライブに集まる感じ。でも、そこで見聞きする情報が、こんな実態だという事です」
「ありがとう」
「私も、助かるわぁ。一つ一つは似たような作業や面接なんだけど、とにかく送検されてくる件数が、ハンパないの。今。
 書類上で完了するものも、実際簡易裁判にまで行くものも、この箇条書きのどれかに当てはまるものばかりなの。これだけまとめてあれば、一日にこなす量も、相当にはかどる!ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。そんなにたくさん送検されてくるんですか❔」
「そうなの。毎日膨大な件数の山積み。おっきいの来るまでにこなしときたいんやけど、いたちごっこね。
 知らなかったじゃ済まされない犯罪なのに、子供や家族の事考えてんのかしら❓」
「マジでですか❔ボク、十代がNETで買うのが一番多いんかと!」
 麻衣子は首を横に振った。菅原君がその会話に飛びついた。

「僕の元カノが言ってたよ。チケット流通会社の親会社に居た時さ、個人情報バレバレじゃん。ファンクラブ・チケットなんか明らかに個人特定できちゃうから。
 アイドルの追っかけとか、何本も行ってると、お互いにベビーカー引いてるのが当日現地で受け渡しとかしてて、生活費使い込んじゃうらしいよ」「そりゃ、ひでーな」
「そういうの聞くと、結婚願望無くなっちゃうよ。。。」
「やめてやめて。ボク普通に願望ありますぅ。見ない観ない」

 麻衣子はまだ笑いを堪えながら、続いて質問する。
「このシリアルナンバー入りの譲渡っていうのも、ファンクラブ確保分と同じで、正規価格購入でなければ、すぐに個人特定できちゃうってことね❓」
「はい。そういうことです。でも現状アーティスト側でも、告知徹底が追い付いてないらしいです」
「それは、転載や転写に関しても、追い付いてないんだ。
 ファン側はコミュニケーションとして拡散してても、番組や音源をそのままコピーしたものは、制作者の権利を侵害してるんだが、元来、個人の作品としてみなされない投稿を拡散している、という意識が無い。ステージやライブ空間も作品なんだが、そもそも、ライヴの最中にTwitter(X)で、実況を流しちゃった馬鹿な、メディアのトップが居るからなぁ」
「ひでェ!!」

「あ、知ってます、それ。
 ファンの方達に『これから行く人にネタバレだ!』『違法だって知らんのか!?』ってボコボコにやり返されてましたよ」
「笑えない、それ。。。」
「ライブに無知な奴は、ライブに行くな、もう!みんなの迷惑やわ!」
「ってか、知ってから来いよ。知ろうとしろよ」




Vol.1-④

 北山通りを歩くのは、久しぶりだ。

 観光スポットとして知られる『北山』は、河原町通りより東の、鴨川(賀茂川)を渡り植物園の辺りを中心とした南北も含めた、この辺り一帯だけど、僕菅原道兼は、もっと西に入った大宮通りや突き当りまでの、洒落たCaféや和モダンなランチの店が点在するスポットが好きだ。

 〈INOBUN〉ってファンシー文具やインテリア雑貨の店構えも、様変わりしてしまったしな。。。ビリヤードやダーツも出来る〈K’s BAR〉なんかは、地方から出て来た女の子を誘うのには、持ってこい!のデート場所。

 あっ、ゴメン。
 僕は、産まれも育ちも京都市内で、学生時代から両親だけ首都圏へ転勤移住したのみ。名前のごとく河原町通り御池下ルの、あの菅原道真公を祀る神社を中心とした地域が生活圏だったから、京都を中心に考えるクセがあるんだ。だから名古屋も福岡も札幌もデカい都市だけど、『地方』なんだ。
 僕は雅哉さんほど京都弁を使わない。
 
「川崎帰り」だから、早く馴染もうとしてたんだろうけど、僕は仕事柄『地方』での調査の時にキャラ立ちして目立ってしまわないように、あえて標準語イントネーションを使う。『何きどってんねん!』ってベタベタの大阪人に言われた時だけ、あえてでなくても、京都弁が出てくる男。

 今、地下鉄北山駅をを降りて、〈進々堂〉に向かっている。佐藤警部に会うためだ。
 ついでに終わったら、その場で呼び出してデートも出来る。不規則に働いてると、なかなかゆっくり時間も取れないので、絶好のチャンス!いつになく楽しみでワクワクする〈仕事の面会〉なんだ。
 あとでわかるよ♪

 そんなこんなするうちに、〈進々堂北山店〉に着いた。
 なぜだか、初対面のはずの佐藤警部らしき男が、窓ガラス越しに手を振って、にこやかに合図をした。

、、、ってことは、もう来てるのか⁉ヒカル❓

 僕が雅哉さんから受け取った佐藤警部の連絡先にアポを入れたら、今日のこの時刻にこの北山店を指定してきたんだ。ヒカルが仕事で面識あるのは聞いてるけど、、、

 僕にまず、連絡しろよ!もう来てるって。なっ!

 僕はあえてヒカルの隣に座り、あえて同じランチメニューをオーダーして、あえて本名でヒカルに訊く。
「輝美(てるみ)ってサ、そんなサプライズ好きだった❓」
 
ヒカルは笑いながら、右手を横に振る。
「佐藤警部の、サプライズ♪あたし、前もって聞いてたの。来店された時に女将さんと話してらしたから」
 ぼくはとりあえず機嫌を直して、笑顔に替える。
「、、、そっか。ぁ、ぃゃバケットを選んでこようよ。佐藤警部もいかがですか❓ランチにプラスチョイスで焼きたてパン」
 佐藤警部
は微笑ましそうに、縦に頷いた。
「ここ気に入っちゃってさぁ。小嶋さんと待ち合わせした時。
 んで、ランチしながらの方がいいっかな❔っとさ。思ったわけ。『警部』って付けなくって好いよ。非番だし。打ち合わせの中味、周りに知られたくないし」
「ですよね⁉」
「ですねえ」
「でっす♪」



 僕菅原と、ヒカルこと輝美は、焼きたてのバケットを2切れずつと、フルーツサンド+サラダを、選んだ。

 佐藤警部も僕らに倣って、BLTサンドにくるみカンパーニュ2切れをプラスして、3名のビジネス・ランチが始まった。

 ここではあえて「ヒカル」と呼ぶよ

 平日の午後ではあるが、非番で私服の佐藤警部と僕らペアは、特には犯罪捜査の打ち合わせしているようには見えない。

 メンズ雑誌から抜け出て来たようなジャケットとダークなチェックパンツの佐藤さんは、こういうcaféが似合う人だ。きっと独りでブレイクタイムしても、物憂げにくつろいでても、サマに成る筈だ。タッセル付きウィング・チップの茶色革靴が、それを物語っている。こんなスタイリッシュな刑事さんなんて、TVドラマでも見たことがない。

 ヒカルが、「いかにも足で稼ぐ履きなれた黒い靴の谷警部とは、全然雰囲気が違う」と、言っていた。だから安心してランチ客に溶け込んだまま、〈転売チケット〉の話題を打ち合わせするのだ。

「僕はあんまし、聞き込み捜査はしないんだ。元々は、都内の本庁に居たしね。だから、動けそうな案件を協力したり、今回みたいなサイバー案件で、わりと自由にやらせてもらってるんだよ。
 京都府警の警視正が同期で、こっちに呼んでもらったから。その上で、話を進めるよ❔いいかな❔」
「わかりました。下調べしてまとめるまでの調査を、僕が担当するわけですね❓」
「そうなんだ。頼むよ。ヒカル君も。直接連絡取れない時は、彼女に託してくれたら好いよ。店にはよく迎えに行くから」
「誰を迎えに❓」
「女将の真澄さん。以前から知り合いなんだって。ホテルウーマンの頃から」
「あ、世襲で料亭の女将さんに成る前、ね」
 
ヒカルと僕は頷いた。
「ホテル業務は守秘義務が厳しくってさ、必要以上に他人のプライベートには関わりたがらないし」
「なるほど。それで谷警部って方も」
 
佐藤は黙って頷いた。
「料亭もホテルも個人情報だらけだから、口が堅くないとやれないですもんね?」
 佐藤はふたたびウンウンと頷いた。サラダ菜をハミハミしながら。

「僕菅原は、浮気調査や〈別れさせ屋〉みたいなのが専門なんで、あんまし、殺人事件とかいわゆる捜査1課方面には、関わりたくないんですよ」「民事の調査の方が、探偵さんはもうかっちゃうし、ね❔」
「ええ、そうです。
 神田君は有能だけどまだ見習い期間で、小嶋さんは今回総括指揮で、もう一人の事務所運営者は元裁判官の隠居なんで、大きな組織が絡む時だけフォローしてくれます。それで、今抱えてる案件がヒマだから、僕がこの件担当です」
「菅原君の立場を、理解できたよ」

 ヒカルは聞いてるのかスルーしてるのか、フルーツに眼が無くってセッセと黙ってフルーツサンドを口に運ぶ。

 実に旨そうに食べる女子や。レモンティーもお代わりするんか❓

 その様子が、仕事中の印象とかけ離れてるのか、僕の横のヒカルに眼をやって、佐藤警部はクスッと笑った。
「何より平和で、治安が良いし♪」
「こぉんな時間に、私に逢えるしぃ~!」
と、言いながら、ヒカルは僕の皿の大きなマスカット1粒を、フォークで横取りしたのであった。



 ニコニコしながら、佐藤警部はふたり並んだ様子を眺め、本題に入る。

「今から、頼みたい事を話すよ❔
 2年前の12月に、京都府警が〈MYKEE〉に家宅捜査入ったのは、知ってる❔」
「はい。〈MYKEE〉はマザーズ上場したりして、スマホゲームなんかでけっこう急成長した、ネット系のベンチャー企業でしたよね❓」
「そうなんだ。
 その〈MYKEE〉が買収したチケット流通会社〈ウオンサ〉が、転売業者と癒着してたり、〈デイヴィス音楽事務所〉の肖像権を侵害するサイト運営をしたとか、いくつかの違法を摘発するための操作の一端なんだ」
「デイヴィスと言えば、あのアイドル男子の事務所」
「そう。無断で、情報を流すサイトを持っていて、ライヴチケットの高額転売に加担したり。もちろんデイヴィス側が許諾するはずは無いんだ」
「んで。〈MYKEE〉の持ってるネット上の個人情報も横流ししてたり、さらに、存在しない会社名で大口流しをしてたり。その大口が、実にヤバイ。個人の特殊な著名人にも、そのチケットが入手されているんだ」

 話がとてつもなく大きくなりそうで、菅原・ヒカルペアは目を丸くした。「私が聞いてて、大丈夫ですか❔」
「はい。重要な役目があるんです。菅原君には、その〈MYKEE〉の社内情報の調査を頼む。ぁ、僕は個人の細かい検挙には関わらないんだ。逮捕した事はあるけどね」

 佐藤警部の話を聞きながら、僕は、どんな手段でどこから手を付けるか、行き詰った場合のそのルートの別の手繰り寄せ方が有るかなど、頭の中でまとめ始める。

 とっかかりは小さくても手繰り寄せた芋づるの先は、大物だ。
 うっかり身の危険にさらされてしまうかもしれない。

 けれど僕は、知りたいその先への好奇心が勝ってしまった。身を乗り出して佐藤警部の語りの先を待つ。

「んで。〈MYKEE〉の件は、捜査漏れした子会社の人間が、実は社名を変更して、中国資本として又、日本のライヴチケットを転売してるんだ。〈MYKEE〉と今でも繋がりがあるのか、辞めた人間が勝手にやってるのか、それが何処へつながるのか。引き取り先の大物は、僕が知ってるから、その辺のルートを調べてくれるかな❔
 もちろん中国本土への交通費旅費が要るなら、僕が渡す。けど、案件全体の報酬は、出所を訊かないでくれ。わかってくれたかな❔」
「はい。末端の『幽霊会社』かもしれない売った会社の、繋がりを調査したら良いのですね❓」
「そうだ。そのとおり🎵」
「どこからキッカケ掴めば、いいですか❓」
「1つだけ、伝えるよ。その会社の所在地には、そんな社名の会社はない。不在だ。中国資本といえど、ネット環境を使う業務だから、実務は世界のどこでも出来る。
 つまり、国内で目立たずやってる可能性も、あるんだ」
「わかりました。ちょっと言いにくいけど、、、元カノが、ずいぶん昔の彼女だけど〈MYKEE〉の社員だったんで、連絡先まだ消してなかったから当たってみます」
「よし🎶それで行こう!」
「ごめんな、輝美」
「あっううん。それが仕事でしょ❓」
 
2人の男は頷いた。


「ヒカル君に頼みたい事は、別の線からなんだ」 
「、、、はい」
 佐藤警部はひと呼吸おいてから、2杯目のブラック・コーヒーをオーダーし、話を続ける。
「警察庁長官の石友さんが、よく会席に来られるよね❔」 
「はい。佐藤さんとご一緒でなくても、来店されます」
「でしょ❔石友長官と同席の誰かが、その転売の大口に関わってるらしいんだ」
「えっ⁉」
 
瞬間、僕菅原とヒカルは絶句した。

「長官は、好きな彼女にプレゼントするために外タレ(来日公演をする洋楽アーティスト)のチケットを手に入れたそうなんだが、どうも、その入手元がヤバイかもしれないんだ。
 長官はプレゼント好きでね。僕の直属の上司だった頃、本庁の内勤だった彼女に毎月1回は確実に、プレゼント作戦だった。その彼女は奥様に成られた。贈り物するのもされるのも、好きみたい」
「、、、へえ。。。」
 
僕とヒカルは次の言葉を失った。

「んで。今度の彼女かアプローチ中かなんかの女性は、どうやら洋楽アーティスト好きで、なっかなか手に入らないSS席のチケットを、部下にこっそり頼んだらしい。
 もちろん金額は請求通り払うつもりだが、先方が受け取らず、どうやら出所が怪しくってサ、、、調べてくれって。僕に。本庁の長官が、違法の出所と癒着するわけには行かないじゃん❔相手はどういうつもりか知らんけど、ね❔」
 ヒカルが、ハッとして自分の口を塞いだ。眼はビックリまなこ。

「大物が関わってる、、、めっちゃくちゃ大物。確かな証拠が無いとね」
「はい、、、承りました」
「僕がいない時の、長官の会席だ。何でもいいから、気づいたこと知らせてくれるかな。上座にどんな客が来てるかも、お願いするよ」
「はい。わっ、、、かりました」
「あと、谷警部には気を付けて。警視庁側の」

、、、❓❓❓。。。

「谷さんは、何でも疑ってかかるから、ややこしいことに巻き込むんだ。僕のことまで疑って、絡んでないか探ってるらしい。言っとくけど僕はシロだし、第一僕はケイサツだ」
「そのとおりです」
「彼は、警視庁側の手柄を上げたいんだと思う」
「ヒカル、承りました!」
「中味によっては、報酬ハズムよ♪」
「やっりぃ🎵」
 
ふたり同時に反応した。
「プラス分は、僕と長官のポケットマネー」
「はい!」
 またふたり同時に返事。
「食べよ食べよ。これ、うまいゾ🎶」




Vol.1‐⑤

 午後11時をまわって、ヒカルは、最後の確認に各座敷客室の戸締りを、確かめて廻る。
 板前や中番など男性陣は、すでに10時ごろ退店していて、翌日の為の仕込みを地味にこなしていたほぼ新入りの十代の板前も、30分後には店を出ていた。

 料理をすべて出してしまえば、調理長を始めとする板前方は、もう勤務終了できるが、接待サービス側は、女将も含めてレジスター処理や戸締りも完了しないと帰路に着けない。食器洗いや片付けの続きなどは、翌日午前中の中番の仕事だ。
 ホテルや旅館と違うところは、出勤が皆、午後の時間帯である事。

 加えて、料亭「たちき」はランチタイム・サービスを行っていない。純粋に夕方からの会席料理の店舗であるので、打ち合わせや下準備や発注、荷受け以外は、すべて午後から仕事で回っている。

 普通のサラリーマンやOLと違うところは、働く時間帯が遅く深夜にずれ込み、平日に交代シフトで公休を取るところ。同じところは、日曜が定休日なところだ。
 あとは全く異なり、クリエイトとサービスがメインだ。
 それが、接待が主な会席料理の和食料亭「たちき」なのだ。

 一番奥の〈白鷺の間〉の確認を終了したヒカルは、他のサービス従事者が退店しているか女子更衣室を目視確認する。接待係バックヤードに居る女将の神山真澄に、報告へ向かう。

 足元しか見えないのれんをくぐると、パソコンの前に真澄がデスクワークの椅子に腰を掛けて、にこやかに談笑をしている。向き合う相手は、表(おもて)を閉店してから入って来た、佐藤警部
 プリンター台の前でスツールに腰を掛け、フリクションボールペンを左手で玩びながら、伏し目がちに頷いていた。
 だけど表情は柔らかく、口元は笑みを浮かべている。

 佐藤さん。テンポの速いしゃべりなのに、女将さんの前では、こんなに穏やかに過ごすんだな。。。

 ヒカルは、声をかけるタイミングをためらい、戸口でしばらく二人の様子を眺めていた。何とも言えず、空気感が人肌よりも温かかった。

 いつもは目じりに出来る笑いジワを気にして、ちょっと緊張感さえ醸し出す真澄が、シワクチャのオバサンに成っても構わないから、喜びをちゃんと伝えたい、、、そんな表情を見て取った。

 歳、関係ないよね。。。あたしも、今の幸せをかみしめて楽しもうっと!

 ヒカルが、あの、、、と声かけようとした瞬間に、佐藤警部が先に気がづいた。
「あ、おつかれさま。真澄さんのお迎えと、先日の件の〈ほうれんそう〉を訊きに、来たんだよ❔ヒカル君」
「ぁはい。お疲れ様です。女将さん。戸締り完了です。厨房も消灯。異常なしです」
「ありがとう。おつかれさま。もう、タイムカード打って良いわよ」
「はい。退勤してから、先日の〈ほうれんそう〉しても、好いですか❓ここで」
 
真澄も佐藤も顔を上げてヒカルを見、軽く頷いた。

「えっと。本日は警察関係のお越しは、ございませんでした。
 が。昨日、府警の警視正が接待側としてお見えになりました」
「川村様ですね❔」
「はい。以下2名の部下と思われる府警の方々と、あと1名。
 アマゾンや楽天みたいな流通会社、ちょっと社名は正確には今言えませんが、知名度イマイチな企業様と、あと、京都に在る企業様のCEO、他2名様が、主賓の上座です。計7名様です」
「あっ、〈烏丸セラミック〉さんね❔」
「ぁはい。お名刺はお預かりしています。請求先は、そのカラセラではなく、府警の方です」
「その、流通系の企業の方は、どちら側❔」
「はい。上座にいらっしゃいましたが、ある意味、府警側に取り計らった方かと、思われます」
「わかった。そこから先詳細は、ヒカル君と彼氏の菅原君とで、まとめて彼の案件として資料にしてくれないかな❔今ここで話さずに。今夜も真澄さんのお迎えがメインなんだよ、ね~」
「あ、失礼しました。ミッチーの仕事として扱います」
「他に気づいた事は❔」
「はい。先々週から、水曜に三度、谷さん。谷警部がお見えになってます」「誰と❔」
「、、、ははっ💦言っていいんですかね❓」
「いいわよ」
「先週の水曜は、会席ではなく、近くまで来たから、と。女将さんと立ち話して帰られました。予約の件もあったかと」
「そうね。今週の分の予約よ❔」
「なんだ❔真澄さんに会いたかったわけ❔」
 真澄は、困惑顔で複雑な微笑み。
「はい!谷さんは、女将さんがお気に入りです。目がハート💕です」
 
はっはっはっ、と佐藤警部は声を出して笑った。

 


 早口で、歌っているようなリズムで喋る印象。頭の回転が速そうな行動力ばかり目立っていた、佐藤警部。
 だが、ヒカルは初めて、大名武将みたいに包容力と受けて立つ構えのような頼もしさを、感じた。
「、、、まあっ。ステキな女性は、他の男も惚れますよね❔」
 
女将さんは謙遜なのか、下を向いて右手を激しく横に振る。

 こ~んな恥ずかしそうな仕草の女将さんを見たの、初めて♪
 乙女チック💜ほんのりホッペが紅潮してるぅ♪

「あっ、僕、真澄さんが幸せな笑顔であれば、他の男を選んだとしても、しょうがないっかなぁ、と思います。
 だけどっ!他の男が悲しませてるようなら、いつでも奪い取りに、来ますよ⁉」
「、、、そんなんじゃ、ないですぅ。谷さんはただの顧客さんです」
「うむ!」
と、佐藤警部は縦に大きく頷いた。


 ひと呼吸おいて、佐藤警部はまた話を続ける。
「とにかく、府警の何かを警視庁の谷警部が探ってるのは間違いないが、それを口実に、真澄さんに会いに来てるのも確かだね」
「そうです!あたしが言っときます。女将さん。谷さんより佐藤さん推し」
「ありがとー🎶」
「はあっいっ。ほな、そろそろ帰りましょ」
「承りました!」
と、ヒカルはパソコンデスクの引き出しからキーホルダーを1つ取り出し、女子更衣室と勝手口の鍵を手にした。


 ヒカルが私服に着替えを済ませている間に、佐藤警部と女将の真澄が退店していた。最後に、勝手口の鍵を閉めてひと息つくと、ヒカルはスマホで連絡を取る。
「あ、ミッチー❓あたし。輝美」

「えっ❓近くまで❓来てる、、、どこ❓」
 
あたりをキョロキョロ見渡す、ヒカル。

 街灯は決して暗くはないが、五条通より下がったこの辺りは、木屋町通沿いと云えど、ちょうど客筋が入れ替わる時間帯。
 これから花街方面へ繰り出す流れと、それに逆らい電車の駅方向へ向かう、ヒカル。明日は土曜日、一週間の最後の出勤。

 今夜は、軽く済まして早く、帰りたいな。。。

 連絡のとおり、京阪電車の駅入り口で菅原道兼が待っていた。緑地植え込みの石造りベンチに座って、スタバのマイボトルでコーヒーを飲んでいた。

「腹へったー!電車乗らずにあっち向いて食いに行こうよォ」
「ええー!帰りたいィー!」
 
菅原が口を尖らせてから、すねたように足元に落ちていた吸殻を靴の底でもみ潰した。
「なんか作ってあげるから、うちおいで」
 道兼は、仔犬のように従順な表情で、うんうんうん!と、にこやかに縦に頷いた。
「途中に1時まで開いてるスーパーがあるんだっ。そこ、寄ろっ❓」
 
道兼はまた、うんうんうん!と従順に頷いた。



ーーー The Second Story Finished A period ーーー








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