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『女鬼の宿命』


温まった”それ”を とぷりと差し込むと、
何の抵抗もなく するりと滑り込む。
ゆっくりと そして 少しづつ 奥へと送り込むと
切り込みからトロリと溢れだしてくる 艶やかな雫
滑らかな歪みを描きながら次々と滴り 下に溜まって行く。

一滴が ”それ”を伝うと 我も我もと後を追って ”それ”を這い始め
もう絡み付いていられなくなるまで 一筋の線を引き続ける。

じわりと溶けてゆき 溢れ溶けだす その液体を見ているだけで
息に熱がこもる。


温めたテーブルナイフを握るその手を スッと引くと
目の前にあるバターの塊が少し歪みながら崩れてゆく。

胸が上下に大きく揺れる
気づくと息が荒くなっていた。


もう…何日間も ろくな食事を摂っていない。
自分の身体の限界が 自分の意志とは裏腹に もうそこまで迫ってきている事に 目を瞑れなくなっている…。


もう一度だけ…

ぷつりとナイフを差し込むと
黄色く輝いた液体が とっぷりと また溢れ出しては
滴ってゆく
快感と波打つ鼓動…

人差し指を切り込みから流れる液にかざすと
まるで命を持っているかの様に 私の指を這い始める…

零れ落ちぬように ゆっくりと赤く塗られた唇まで持って行き
そっと指の腹に着いた油分を 唇に塗り重ねる。

ぬるりと滑り塗られる その感触にため息が漏れた…

指をそのまま胸元まで滑らせる。


氷の様な冷たさが 目の裏を刺す感覚に襲われ

限界という壁が崩れ落ちた。



カタッと後ろで音がした。
振り返ると 彼がバスローブ姿で じっと私を見ていた。

さらりと顔にかかる髪
透けるような滑らかな肌
真っすぐに浮き出た 鎖骨

そして吸い込まれるような深い瞳…


私は知らず知らずのうちに 舌で唇を舐めていた。



握りしめていたナイフがカタリと手から滑り落ち
私は彼を見つめたまま 一歩一歩彼に近づく。

今の私の瞳は 切れるような冷たさを放つ色に染まっているに違いない。

彼の首に手を回し 
彼の耳元でそっと囁く

ねぇ 

はだけたベビードールがひらりと床に落ちる

貴方が欲しい…


そっと私の背中を這う彼の指先を感じながら
荒々しく脈を打つ彼の首筋に唇を当て

そして

私は


牙を当てた…



つぅーと 身体を滴る赤の液体は

金色に輝くバターよりも美しく

彼の白い肌を染めていった…




目覚めると 身体は軽くなっていた。

どの種も 女は種の繁栄を担う
男と交じり合い 孕み 子を産み落とす
私達も 女は種の存続を受け継がされている
人間を我々の血で染め変え 生まれ変わらせる

心から愛する事なんて
最初から許されない運命だ


開け放たれた窓から流れ込む夜風が ふわりとカーテンのベールを揺らす。脱ぎ捨てられたままの彼のシャツを羽織り キッチンへ向かうと
テーブルに置かれた柘榴をじっと見つめる彼がいた。

おもむろに柘榴を手に取り 細く長く伸びたその指で柘榴を撫でている。

親指を柘榴のてっぺんで止め
指を実の中に入れたと同時に 柘榴が真っ二つに割れた。
朱色が飛び散り 割れた柘榴から 
引きちぎられた小さな粒たちが 汁を滴せながら無残に輝いていた。

彼の白い肌に飛び散った朱色が 迷路の出口を探すかのように
向きを変えながら 身体の線に這い流れ落ち
一滴ずつ ポトリと床を打っている。

柘榴を手に持った彼の胸が荒々しく息をする…


みしりと鳴った私の立つ床を耳にし

振り返った彼の瞳は


まるで 氷山の一角を反射しているかのような

瞳に飛び込んできたものを一瞬で 凍らせてしまう程に

月明かりの元 青く輝いていた。


あぁ 私の心から愛した人は これから先 私以外の女を永遠と抱き 貪りながら 生きてゆく。。。

男は種の存続の為に 自らの種の餌を確保する。
その美貌と冷たく光る瞳を持って 他種の繁栄を抑えるとともに 我々の種の虜を増やし食料確保通路を築く。

私は 愛する人の指が他の女達に触れ
女達が 恍惚と彼に溺れていく様を見ながら 生きていかなければならない。彼に満たされ、そして彼もまた女達に満たされる。


私の望む愛ではない。
けれど、女達が餌である限り この人は これから先
私と共に歩んで行ける。

血を書き換える女鬼として 私は

決して女は食らうまい

そして、愛する人は もう二度と食らうまいと心に誓いながら

彼の手の中で血を流す柘榴を齧った。


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おわり


趣の違う文章を書いてみたいと思っていたところ、しめじさんのこちらの作品に心動かされました。

冒頭3行選手権ではないけれど、私なりのヴァンパイヤーを書かせてもらいました:)しめじさんのこの作品に繋がるかしらと思いながら…ふふふ。
もしヴァンパイヤー書いてみたい、趣の違った文章を書いてみたい方がいらっしゃいましたら 私の作品からしめじさんの作品…それに繋がる第三作目を書いてみてください:)多分面白くなりそうな予感が私はするのですが…ふふふ。

また、私が作品を書くにあたって、『柘榴』のアイディアをお借りした方がいらっしゃいます:)甘枝ゆとりさんです:)

柘榴…私好きで良く食べるのですが…グロテスクでもあり 魅惑的でもあり どこかにどす黒さと艶やかさを持っている果実。。。美味しいんですけれどね、白い服を着たまま剥いたら大変なことになるのですが…(笑)
甘枝さんのこちらの作品は 柘榴が友人の顔に見えた…という視点から 果実のそんなダークサイドを描いていらっしゃいます:)


優しさや愛はぽんぽんと頭に浮かぶ私ですが、今回はちょっぴり大人めに書いてみました:)いかがでしょうか?
最後にルビ機能を「かじった」と使いたく 頑張ったのですが…無念。(笑)縦線が変な変換だったのかしら…おかしいな。。。


ちょっと忙しさが落ち着いてきましたので、徐々に皆様の所へもお伺いさせて頂きます:)



七田 苗子

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