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物語の効用

パートナーと車に乗っているとき、危ない運転で飛ばしている車に遭遇することがあります。
そういうときは、冗談めかして「今の車、助手席に破水した奥さんが乗っててね、旦那さん急いで運転してたよ。無事に産まれてほしいね」なんて言います。

ただの運転の荒い人かも知れないし、それとも何か大変な事情があってやむなく飛ばしていたのかも知れません。危ない運転はもちろんダメですが、相手の事情はこちらからは見えないので、好きに解釈することができます。


スーパーのレジでめちゃくちゃ感じの悪い人に当たったとき、「昨日あの人、彼女の浮気現場に遭遇しちゃって別れたんだって。だから機嫌が悪かったらしいよ」「いや、今日から新しいスニーカー履いてきたんだけど靴擦れが酷すぎてイライラしてるって聞いた」とか2人で勝手に想像します。


この前、ご近所さんとお話ししている時に、フランスに住んでいた話題になり、
「海外に住んでいたってすごいよねえ。やっぱり経済的にね、誰にでもできることじゃないじゃない?」と言われました。

あ、そっか!今まで海外に住んでて「すごいね」って言われてたのは、もしかしてすごくリッチなファミリーの出身だと思われていてその意味での「すごいね」だったのかも、と気づいた瞬間でした。

2年間アルバイトを掛け持ちして貯金したお金で行ったんですよと言うと、

「えっ!自分のお金で行ったの?親の脛はかじってないの?」と驚かれました。

親の脛はかじってないんです。うちの家の方針は、「自分の好きなことをしていいよ、ただし自分のお金でね」だったので。


海外に住む=家がお金持ち
というイメージがあるし、実際その通りのことも多いです。私の周りの日本人の留学生には親から金銭的援助をしてもらっていない人はいませんでした。

でも資金援助をしてもらえなくても、工夫すればなんとかやって行けるものです。


他人の事情って案外見えていません。

お金持ちに見える人がクレジットカードを何枚も切って借金まみれかも知れないし、仲の良い家族に見えて家庭内では大惨事かも知れません。

いかにも甘やかされて育った、人生に困ったことなんてないように見える子が、耐えられないような悲惨な経験をしてきているかも知れません。今、朗らかに優しく笑っているのは、辛い過去を乗り越えたからかも知れません。

いろんな人の話を聞く機会があるたびに、私の想像もしていなかったような事情や理由があって驚くことが何度もありました。その度に、この人のこと私の勝手な思い込みで判断してレッテルを貼ってしまっていたな、と反省して来ました。

他人の外に見せる姿だけでジャッジしてしまうと、世界のことをたくさん見落としてしまいます。ジャッジは自分の狭い価値基準で行われる決めつけやレッテル貼りだから、思い込みに囚われてしまうと自然と自分の生きる世界の視野まで狭くしてしまいます。

だからいつも自分には見えていないものがあるのだ、見えているものだけが全てじゃないんだ、ということは意識していたいです。

そんなことを思うとき、読書や映画鑑賞には、自分には見えていないものがあることに気づかせ、見えない世界に対する想像力を逞しくする作用があるんじゃないかと願います。

一生で出会える人には限りがありますが、物語の世界でなら普段なかなか出会えないような人とも出会うことができます。

一生で経験できることには限りがありますが、物語の世界でなら予想もしなかった事態や、物理的にはありえないようなことまで経験することができます。

物語の世界で知った複雑な人間の感情やその奥深さ、奇想天外で不思議な出来事が、そのまま私たちの生きる世界に当てはまる訳ではないでしょう。

でも物語の世界での経験は、普段の生活では考えもしなかった可能性へ明かりを灯してくれると思うのです。灯りの方を目を凝らして見てみれば、新しい扉を見つけられるかも知れません。そうやって世界が広がって行くんじゃないかと思います。


この世界にはいろんな人がいて、私たちには見えていないことがたくさんあります。

手始めに、ちょっとイライラするシチュエーションに遭遇したときには、その人の物語を考えてみます。

自分より恵まれた条件にいる人に対して、どうせあの人は、と思ったときは、いや、でも本当にあの人の方が"恵まれている"んだろうか?私に一体あの人の何が分かっていると思い上がってたんだ?と想像してみます。

想像するとき、正しい答えを知ることが目的ではありません。ただどこまで想像力が翼を広げ飛んでいけるのかを眺めることです。そういうこと、無駄じゃないと私は思います。


事実は小説より奇なりとはよく言ったものですが、物語を読むことは、フィクションの世界よりももっと有り得ないこの現実を、想像力を持って生き抜く力をつけてくれるのだと思います。


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