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新宿はゴールデン街。ようこそ、ちぐはぐな夜

「今宵、我らは政党を結成するのだ」

肩パッドの入ったセットアップ、胸元から小綺麗なハンカチーフに、謎柄のネクタイ。そんな彼が先導者となり急遽始まる忘年会。昭和を通り越して大正、いや、明治くらいにタイムスリップしたかのような空間で、焼酎ボトルをあける。

白いポスカで名前を書いて、キープする。高輪ゲートウェイと刻まれた政党名が流行にのまれているぞと語りかけているようだった。

いや、もっとはやく、ちぐはぐに気付くべきだったのだ。ポスカは1980年代に誕生したもの。ちぐはぐなのは先導者である彼だからして、でもだからこそ先導者足り得るのかもしれない。

カフェは時を忘れ、喫茶店は時を止める。だとしたらここは、時を戻していくのかもしれない……そんなことを思いながら、会話に耳を傾ける。

高輪ゲートウェイという駅名は、どうか。いや、いいと思うんだ。それはどうしてか。これは時代の象徴で、日本という「取り入れる」という強みを活かした最高の名前なのではないか……!

あれ、焼酎ってこんなに美味しかったっけ、などと思いながら意識半分で聞く会話は普段の生活からは少し遠く、でもどこか懐かしい感じがした。

山手線でしばらくは浮いてしまうだろうカタカナの入った駅名。でも、30年後わたしたちはきっと、だからこそ「懐かしい」と思ってしまう未来が待っているとも思うのだ。

党員5人で二軒目へ行き、カラオケをする彼らを見守りながら、はじめましての隣人たちと話す。なんのはなしをしたかは、あまり覚えていないけれど、パーソナルでとても好きだった。

恋愛はしたくないだとか、男は浮気をするものだとくくるなだとか、働きたくないだとか、お酒を飲まないと人見知りだとか。何度も「しょーもな」って思ったけど、それすら愛おしいのは時間を巻き戻している感覚が一軒目から残っていたからなのかもしれない。

話がすこしそれてしまうけれど、救われる歌というのが何曲かある。メロディだったり、歌詞だったり、聞いていた時期だったり。理由は様々だけれど、そういう歌がいくつかある。

にぎやかだった街も 今は声を静めて
なにをまっているのか なにをまっているのか
いつもいつの時でも 僕は忘れはしない
愛に終りがあって 心の旅がはじまる

だいすきなこの曲を、誰かが帰り道に歌い始めてしまったから。思わず大きな声で歌ったりして、でも、恥ずかしくなかった。むしろ誇らしかった。朝が迫るゴールデン街から見える東京は、おわりのようで、はじまりのようだった。

整理整頓されていない空間は、むず痒い気もする。でも、ある一点のちぐはぐや不規則こそがきっと、ホームであり「懐かしい」を生むのだ。それを個性と呼ぶべきで、正す必要なんか絶対にない。

飲まなくてもいいお酒を飲んだ。考えなくてもいいことを考えた。話さなくてもいいひとと話した。吸わなくてもいい煙草を吸った。聞かなくていい会話も聞いた。いつもより大きな態度をとった。

最悪で最高だ、と思った。理由は、特にない。でも、だからこの夜を、わたしは永遠に消費しながら生きるのだ。


読んでくださってありがとうございます。今日もあたらしい物語を探しに行きます。