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【父が不倫した】家族じゃない(vol.3)

数年前、久しぶりに実家に帰った時のことだ。夕食を食べていると、庭の方から車が入ってくる音が聞こえてきた。

「祐介が帰ってきたから挨拶してきて」

母はごく自然に、私にそう投げかけた。

弟・祐介は、実家の敷地内に家を建て、家族で生活している。その日は仕事で遅くなったのか、すでに23時をまわっていた。

「なんで私がわざわざ祐介に挨拶に行くわけ? 向こうからくればいいんじゃん」

私が実家に帰ってきたからといって、「姉ちゃんおかえり」と弟から顔を見に来ることなどない。二世帯住宅というわけでもなく、ましてや深夜に、食事中の箸を止めてわざわざ出ていって「ただいま帰りました」と弟に挨拶するのも変な話だろう。

私のほうが年長者だからとか、そういうことではない。家族なんだし、もちろん挨拶したっていい。ただ、なぜ弟を“家長”的に扱ったのか、母の態度に違和感を覚えて思わず反発してしまった。

私が帰省するからとわざわざ実家に泊まりに来ていた妹も、「ほんと、なんで祐ちゃんだけ特別扱いするわけ? この前もさ…」と、「待ってました」と言わんばかりに同調した。

「裏の畑の土地をもらって家を建てたいって言ったの。そしたらお母さん、『祐介が嫌がってるからダメ』って言うんだよ。『お隣りさんが土地を売りに出してるから、それを買えば』だって」

私が大学生の頃まで、うちは農家だった。かつては畑だった土地が現在は使われないまま放置されており、妹はそこに自分たちの家を建てたいと両親に相談したのだ。

すぐそこにあまっている土地がある。なのにそのすぐ横の土地をわざわざ買えとは、ひどい話だなと思った。

妹は結婚後、実家がある町内のアパートに部屋を借り、家族で暮らしている。当時、上の子が小学生に上がる前に定住の地を決めたいと、家を建てる計画をし始めた頃だった。しかし、それを阻んでいたのは土地の所有者である父ではなく、弟だと初めて知った。

「そもそもなんで、祐介の承諾が必要なわけ? 自分はもう土地もらって家を建てたんだし、関係なくない?」

娘2人vs.母。会話は次第にヒートアップしていった。

家を継ぐ

私はこの時まで知らなかったのだが、

・本当は二世帯住宅にする予定で弟が家を建てたこと
・そのせいか、土地だけでなく建物の費用の半分を父が支払ったこと
・家を建てる前に弟と家族が住んでいた仮の住まいの費用も全額負担していたこと
・その頃からつい最近まで光熱費はまとめて両親が払っていたこと

などなど、「それは世に言う生前贈与では?」という額が、知らぬ間に弟にだけ渡っていたことが発覚した。発覚したというより、妹がために溜め込んで来た怒りとともに一気に暴露した。

「なんで祐ちゃんばっかり」

妹の追求が急所に命中したのか、母は「だってあんたたちは家族じゃないでしょ!」と、渾身の一撃で抵抗した。

「家族じゃない」

これは私にとって、なかなかのパワーワードだった。

いつか自分が言うことはあっても、母から言われるとは想像もしなかった言葉だ。

もちろん、母は「夫婦の配偶関係や 親子・兄弟の血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎にして成立する小集団」(広辞苑より)としての家族関係を否定したのではない。おそらく、直系家族--うちの苗字、家を継ぎ、親と同居する家族--ではない、ということを言いたかったのだろう。

「うちを継ぐのは祐介なんだから、いずれは全部祐介のものになるのは当然。その一部をあげていいかどうかを気にするのは当たり前でしょ」というわけである。

私たち娘はほかの家に嫁いでいくのだから、うちの家の人間ではない、ということのようだった。

実は私はバツイチだ。この日は、離婚してからはじめて、それこそ満を持して実家に帰省していた。

「私、離婚して苗字戻ったけど」

そう返して「屁理屈言うな」と一蹴されたせいか、余計に「家を継ぐ」ってなに? と、応戦せずにはいられなかった。

農業をやめ、父も弟も働きに出ているサラリーマン。引き継ぐ家業があるわけでもない。母は「お墓を守ってもらう」と、苦し紛れに言っていたけれど、そんなの遠方に住む私にもできるし、近くに住んでいる妹ならなおさらだ。

うちでは昔から、なんの疑問もなく、男子=“家を継ぐ者”として大事にされてきた。また改めて書きたいと思うが、この扱いの差は凄まじかった。

でも、そもそも家を継ぐって、親からすれば自分たちの老後のために子どもに投資(家や土地、お金などで)して囲うって話なのではないのだろうか(もちろん、家業のある人はまた別の話になると思うけど)。

だとしたら、妹のほうがアテになることはこの時点で明白だった。

それでも、うちの家族、特に母の“男子”に対する期待は何にも変えられないようだった。

地元に戻るつもりのなかった私からすると、正直土地問題とかはどうでもいい。妹は可愛いので、彼女には損をしないで欲しいとは思うけど、私にとっては出たくて出た家だ。

ただ、そもそも私を家から遠ざけたのは、まさにうちの“男子第一主義”だった。

だからこそ、この時の「家族じゃない」は、私には一生忘れられないひと言になってしまったのだ。

今、父の不倫でうちの男子たちがいかに母を守ってくれない存在だったかが露呈してきている。それと同時に、守ってくれない男子たちを作り上げてしまったのもまた、母だ。

あの時の言葉を、母は今、どう思い返しているのだろうか。もう、忘れてしまっているのだろうか。


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