THE WORLD IS MINE


小さな書き溜めをたくさん残している
上記タイトルのような世の中であって
そうは行かないところもある世の中に
あがきながらも 平和を感じながらも
楽しさに誤魔化されながらも たまのスパイスに
涙や悔しさを感じながらも 歩みを止める気も
止める勇気もなく 半ば意地で半ば惰性で
わたしは今生きている

爪を立てられて跡が残った腕 殴られた腹 

患者と看護師はいつだってグレーで
患者を殴った看護師は報道されるのに
看護師を殴った患者は報道されない
仮に同じことを家でしてたら報道されるはずなのに

病院は守られているようで
法外の場所なのかもしれない
そう感じてしまう修羅場な職場でも
人権がなくても
そりゃ爪も立てたくなるよなあ?と
思う自分もいる

食べることも忘れて だいじもだいすきも
自分のことも曖昧になっている人に対して
痰を取るために管を口からいれる、
みたいな行為はどうなのだろうかと感じる 
あくまで私は。けれどこれをもしもやめたら
人が死ぬ、そしたら責任問題になったり
人殺しに、わたしたちは、医療者は
殺人犯になるのだろうか。

けれど家族やったり好きな人なら
すこしでも長く生きてて欲しいと
思うのだろうか、どんなかたちでも。
その気持ちもわかる気がする

何も正解であって正解でない。
わたしの、爪を立てられた腕が
可哀想なのか、
そんなしたら、あかんことすら忘れてまで
この世に繋がれてる患者さんが
可哀想なのか。
爪たて行為が患者さんからのもがきなのだとしたら
私がしている看護は、誰のためなのだろう。

たまにこうして考え込んでは
後のついた腕への怒りと
( 嫁に行かれへんかったらどないしてくれるんや? )
同情と こんなこと考えるくらいには
仕事がすきで、きらいなんやろな?と思う
誰にもあんまり、期待したくないなって思うけど
期待しないのは寂しいなと感じたりする。
もっとうまく優しくしたい
手を貸すだけがやさしさでないのだけれど

そんなこともぐるぐると考えながら
あとすこし、この環境のこの仕事も
あと少しだけ わたしはどんな仕事が
したいのだろうか。
やりたいことには金がかかる 生きていくにも
金がかかる、自分に向いてることも
探しながら 少しゆっくりやすみたい
わたしの気持ちの整理、
わたしが仕事に思う気持ちの話


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