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【#シロクマ文芸部:珈琲と】あの店で

『珈琲とアイスクリームあります』

小学校によくありそうなクリーム色の画用紙に、青いマジックでそう書かれていた。
こんなところに喫茶店あったかな、と一瞬頭をよぎったが、私は店の扉をそっと押した。

カランコロンカランコロン

静かな店内に、カウベルの音が響く。

「…いらっしゃい…」

カウンターの中から、小さな声が聞こえた。
マスターと呼ぶべき服装の彼は、思ったよりも若いようだ。
とりあえず、カウンターの真ん中あたりに座る。


「あの…この店っていつから?」
「半年前ですかね。」

半年前⁉︎
家具が古びすぎてないか?
いや、家具だけじゃない。
半年でこんなに味のあるカウンターに、衝立に、窓のガラスにはならない。

「ここって居抜きっていうか、前の店も喫茶店でした?」
「いや、違いますけど。」

違うんだったら、ありえない。
居抜きじゃなかったら、この内装どうやってこんなに…ありえないけど、居心地だけはいい。


「とりあえず、珈琲ください。」
「…はい。」

私結構ここらへん通るんだけど、今まで張り紙がなかったのかな…。
頭の中の整理がつかないまま、目の前に珈琲が運ばれてきた。

カウンターの端にあるサイフォンで入れたものだろう。
インスタントとは全く違う香りが、この店の風景にとてもマッチしている。

「ねぇマスター、何で珈琲とアイスクリームなんですか?」
「珈琲は大人用、アイスクリームは子ども用です。」
「二つ書いておけば、大人も子どもも来てくれると?」
「…そういうことです。」

学年に一人くらいいる、こういう人。
自分の世界をちゃんと持ってるというか、何色にも染まらない感じ。
うちのお父さんもどちらかというと、こんなだ。
いつも縁側で、爪を切っている。
いつ見ても爪を切っているように見えるけど、爪なくならないのかな。

そういえば、お父さんも昔喫茶店やってたって、お母さん言ってたっけ。

***

「直ちゃん聞いてる?それでね、お父さんたらカウンターの向こうからこう言ったのよ。
『よかったら、この後珈琲でも一緒にいかがですか?』って。
おかしいと思わない?
私はもう何杯も珈琲飲んでるし、お父さんなんて一日中珈琲入れた後なのよ?
どれだけ珈琲好きなのよって。」

そう言って、お母さんは笑い転げた。
私は話を聞いていなかったわけじゃない。
この話は事あるごとに聞かされて、すっかり飽きていた。

「それでね、お母さん言ったのよ。
『そんなに珈琲が好きなんですか?』って。
そしたらお父さん、『これより好きなものはないです。』って急に大きい声出しちゃって。
それまでボソボソ喋ってたから、お母さんそこにグッと来ちゃったのよねぇ。」

そう、この話は毎回オチがない。
いつもお母さんがグッと来たというくだりで終わってしまうから、反応しなくても一緒なのだ。

***

そうだ、確か、店の名前は…

「マスター、この店の名前って何ですか?」

「…直進です。」

そう、直進。
だから、私の名前は『直』なんだ。

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