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20代の2年ごとの7首

塔、という短歌結社には高校生のころから、かれこれ10年以上いて(いる、以上のことはあまりしていないのだけれど)、その、塔、という結社では2年に一度、「10代20代特集」というのがあります。塔の若手歌人が7首とエッセイと近影を載せる、最近は随分人が増えましたが、若者の顔見世というか、様々な自意識のありようを伺うことができる、楽しい恒例行事ですね。私は20代でなくなってしまったので今後は参加できません。
残念なのでここに過去の10代20代特集に参加した作品を晒して、20代の自分の供養とします。全6回・近影は省略。

一番古いのが2008年。19歳・大学一年生ですね。光と私語を作るときに過去の作品をひっくり返しておいてよかった。(どなたか2010年10月号の塔、お持ちの方いたらこっそり教えてください。…とお願いしてたところ、松村正直さんが直接教えてくださいました。ありがとうございます…!8/21追記)​

Tokyo Tourist Information 2018

もうバスも来ないね、夜のバス停に氷結をあけてる観光客

たぶん前、言った気がするけど、という、何度か聞いたあなたの枕

大の字になって倒れる。この街の歩行者だけがゆける天国

流暢に喋る知人が富士そばを知らない人に強く薦める

ここで火を放って燃えた人がいて、ネットにあるよその日の動画

適当に流す二時間ドラマの中で大杉連がまだ生きている

その辺であなたが壁に手を這わせ、それから部屋が明るくなった

 来たる二〇二〇年を見据え、とプレスリリースに煽りを入れる。いわゆる世紀の祭典は直接・間接を問わずわたしの生活に影響を与えており、現在の職能でやっていく限りその重力からは逃れられない。もうじき年号が変わって、平成元年生まれのわたしは三十歳になる。それから迎える二〇二〇年と、さらにその後に来るであろう諸々を想像すると、ひたすら暗い気持ちになる。実はわたしやわたしたちは、とうの昔に無理だったのではないのだろうか。


晩来 2016

駅前の広場に君と鳩がいて近づけば散らばってゆく鳩

晴れの日のフードコートの中庭でずっと眺めていた、猿回し

国道に沿って歩けば辿り着く精米機のある場所が郊外

晩年に柴犬を飼い、柴犬を放ってみたき川辺もあらん

都市がひとつの人格を持ち、滅び去り、誰かに貸したままのSF

待つ犬のまわりで何か待ちながら、わたしたち、あなたたち、拍手を

自販機はみな道の面を向きて立ちわたしの帰路を照らしてやまぬ

 8月はいろんな人を祝いながら、ドトールの椅子に座っている。涼しくて電源とWi-Fiのあるところで、なるべく暮らしていきたい。


陶古の女人 2014

順を追って説明すれば八月の廊下の描写から、終わらない

講談社文庫のようなシャツを着て歩く男のようなわたしだ

台風の来るたび増える缶詰を月末に来るあなたが減らす

皿だったそれが買われてきた日のことを二人で思い出、してから捨てた

伝聞でいいから時に近況を聞かせてほしい、ほしい、そうです

明烏 濡れて帰ると毒だからなるべく地下のほうを伝って

ゆっくりに喋らせたおんなの声と夜更けに文字を起こし続ける

 きょうも鬱々としてまた愉しく、何度も置きかえ、置く場所をえらび、光線の来るところに誘われて運び、或いはどうしても一個の形態で定まらない場合、二つあてを捉え、二つの壺が相伴われて置かれると、二つとも迫力をうしなうので、また別々に引き放して飾ってみたりした、何の事はない相当重みのある陶器を今朝からずっと動かしつづめにいた。(室生犀星「陶古の女人」)


電話かもしれない 2012

わたくしの、手紙が届くたびに鳴る、マリオが死んだときの音楽

多国語でひとを罵りたい朝の多摩川越しに神奈川がある

袋から球を取り出すとうさんにいつまでもぶら下がる、生殖器

十階のベランダからとびだしているプラレールから飛び出るのぞみ

いるか、そしているか、いるかの絵にも含まれるあなたを買い戻す秋葉原

PCの画面あかるい外側でわたしたちの正常位の終わり

コカ・コーラのコカはコカイン  夜をこめてプラシーボ、スパシーバ、ハラショー

 もう長いこと携帯以外の電話機のある生活をしていない。電話線、と聞くと真っ先に実家で昔使っていた黒電話、とうにファックス付きのものに取って代わられてしまった電話機の、本体と受話器の間のくるくるした線のことを思うのだけれど、あれは果たして電話線と呼んでもいいものだろうか。/郷里では何の勘違いか、糸電話による通信が発達しているらしい。伝達の精度を問わなければ、私とあなたには、まだ沢山の方法と手段が用意されている。


地図は八月の街の終わりに  2010

君の描く地図に三叉路ばかりいる猫ばかりいる街のあかるさ

駅前に降り立つ鳩の隙間にも喋り続ける僕らの煙

店先でメガネを洗う人々を見れば八月眩しかりけり

道順を教える時も僕たちは辻占めいて言葉をひさぐ

そこからは風強き街 君の乗る電車の地下に入りたるところ

陸橋で写真を撮れば川も道も海へ向かうと信じてやまず

海へ行く列車も止まり八月の最後の君の街へ帰らん

 最近は丸ノ内線が気に入っている。四谷で一瞬地上に出るときの、眩しくて少し場違いなところに連れ出されたような感覚が好きだ。少しづつ日常で使う路線が増えて、逆に休みの日にあまり遠出をしなくなった。
 地下鉄で睡眠をとる習慣は、今でも続いている。地下鉄は山手線ほど不毛ではないが、近郊と近郊を往復するだけでも十分快適な眠りを提供してくれる。


カタログ 2008

あやまたず夏を(あなたが右手から溶け出す夏を)振り切れば夏

髪を切りに行かなきゃジャムを買わなくちゃ君の帽子を被るためには

君に似た輪郭線の街に来て内踝のあたりに迷う

扁桃とはアーモンドのこと首筋を握れば硬い果肉が割れる

背中から染みてゆく汗あなたには寝てる間も体温がある

人間の七割は水 小さめのコップ静かにあなたに渡す

右腕を……握られたのか掴まれていたのか実は噛まれてたのか

 最近よく始発の東西線で涼んでいる。部屋のエアコンが故障して、地下鉄は冷房が効いていることに改めて感動した。端の座席にもたれて寝ていると、いつの間にか千葉まで運ばれている。そしてまた意識が遠のき、気がつくと早稲田に戻っている。そんなことを繰り返し気が済むまで涼んだら大学に向かう。


〇私に限った話ではないですが、毎回〆切が8月だから夏っぽい連作になりがちなんですよね。その辺も含めていい行事だと思います。
〇昨年、歌集編むときですら辛かったんだけど、最近ようやく自分の過去作を読んでもたましいがしななくなりました。労働により自意識が鈍磨している。

◎作品は2020年に制作したこちらに収録しました。

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