記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

「哀れなるものたち」の感想(ネタばれあり)

ヨルゴス・ランティモス監督最新作。
観る前に「自殺した身重の女性の死体にその赤ん坊の脳を埋め込み蘇生させる」という大まかなストーリーを知って観たので、めちゃくちゃ重くて悲劇的な話だと思っていたのだけど、ギリギリの倫理観でめちゃくちゃ笑えるブラックコメディ映画にしているのは流石ヨルゴス・ランティモス監督だと思う。

主人公ベラの出生に関してはそりゃ倫理的にはダメなのだけど、その出生を知っても呪う事無く「私は私」と、心が揺るがないのが観ていてカッコいい。
いろんな人間に出会っても世間の価値観に流されず冷静に物事を見ようとしていく姿勢は、やはり根底に生みの親であるゴドウィンの考え方が染みついている感じがして歪んでいるけどちゃんと父と娘の物語になっているのが面白い。

この疑似親子の「親離れ子離れ」を描いて物語が終わっていくのかと思いきや、ラストに彼女(の体)の実の夫であり実の父でもある「将軍」が登場しこれまでにない緊張感が出てくる展開に引き込まれる。
これまで出てきた誰よりもヤバい男性性の悪意の象徴みたいな存在なのだけど、この実の家族からの呪いからも解放されて映画が終わっていくのがとても痛快で爽やか。
もちろんこの「将軍」の顛末はこの上なくブラックでめちゃくちゃ笑ってしまうのだけど。

主演のエマ・ストーンは最高としか言いようがない。
感情を爆発させ、言葉もほとんど話せず、身体の動かし方を知らない赤ん坊の状態から急激に成長していく様子を繊細に演じ切っていた。
中盤の身体の動かし方が上手くいかない中ダンスするシーンとか本当素晴らしい表現力だし、大量のセックスシーンなども身体の張り方が半端ない。

彼女を蘇生させたゴドウィンも本当奥深くて、冒頭のマッドサイエンティスト的な印象から、彼の父親との呪われてるけどそれだけじゃない関係性や、ベラに対しての一筋縄にいかない想いや、冷徹な様でとても人間臭くて、最後まで目が離せない存在感。
演じたウィレム・デフォーの圧巻の演技力を堪能。誰もつっこまない食後のシャボン玉がジワジワくる。
最終的に成長した彼女がゴドウィンに佇まいが似てくるのが歪んでるけど血筋ではなく育った環境で人間らしさが出来る事を示していて、実の父でもある「将軍」への否定をより際立たせていた。

でもゴドウィンには出来ないセックスを通じて自分の身体すらも実験的に使い他者と世界を知っていき、それでも最終的に自分のルーツに戻ってくるのが味わい深かった。
同じ所に帰って来てるけど、彼女にしか出来ないやり方で英雄化しているみたいで、今の時代に相応しい貴種流離譚になっているとも思う。

色男役にしてはおじさんすぎるマーク・ラファロも最高で登場シーンから軽薄すぎて最早笑えるし、彼女がセックス以外に楽しみを知らなかった時は調子に乗っていたけど彼女が精神的に成長していく過程でどんどんみっともなくなっていく様子が滑稽で哀れ。(無一文になってしまうくだりは気の毒)
彼女のこれまで出会った事がない何ものにも縛られない自由さに惹かれていたのに、その自由をコントロールしようとして見放され破滅していくのが面白い。

あと映画全体のビジュアルはやはり流石はヨルゴス・ランティモス監督だけあって本当に素晴らしかった。
最初の閉塞感や世界の狭さを感じている彼女の目線に合わせたモノクロ映像から、初めて一人で見た世界の感動が伝わってくる様に映像がカラーになっていくタイミングとかもすごく感動的だったと思う。
ここでこの世界が寓話的なSF世界だと感じるのだけど、この面白レトロな世界観構築力も素晴らしい。

その圧倒的な映像に合わさる音楽使いもとても良かった。彼女の人格が形成される展開に合わせて音がだんだん音楽になっていく様な流れも巧み。

登場人物の全員が倫理観めちゃくちゃでそれぞれ正しく無いのだけど、その中にある人間臭さがとても面白いし、彼等を通して観てるこちらの価値観も刺激してくる様な今年ベスト級な素晴らしい作品だと思った。


この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?