見出し画像

大雪

この辺りの積雪は、県内山間部とは比較にならないほど少ないものの都市部よりは少し多い。工事も最終盤にさしかかった頃、年が明けて2018年となった冬は、今から振り返ってもこの十年では一、二を争う大雪だった。ちょうど県外で子どもが生まれたのがこの時期で、出産とその後の経過を見届けて深夜にここに帰ってくると、駐車スペースが完全に雪で埋まっていた。それから家に入れるわけもなく、諦めてその日は別のところに泊まった。

大雪

翌朝、何時間かかけて車が入るかたちに雪をくり抜き、重労働の末に玄関までの通路をつくった。やっと家に入れる。と思ったそのとき、「シャー」という音がかすかに聞こえた。よほど無視しようかと思ったが、放っておけないような嫌な予感がしたので、音のする方まで雪の通路をつくり再び進むことにした。案の定、音の出どころは母屋の下だった。水道管が破裂していたのだ。

ひとしきりため息(と悪態)をついた後、どういう対応を取ればよいかわからなかったので、いつもお世話になっている(店内工事も担当していただいた)水道・ガス業者のAさんに電話した。数コールで電話に出てくれたAさんは状況を手早く確認し、すぐに様子を見にきてくれた。うちだけではなく、多くの家で同じことが起こっていたようだった。プロパンガスがちょっと高いなどと思ってごめんなさい。インフラを扱う人たちはずっと町を守ってきたヒーローなのだ。このときそれがよくわかった。

寒かったので漆喰塗りの写真はほとんどない

そんな厳冬の中でも、オープンまでは時間がなかった(この時点で4月オープンが決まっていた)。机や什器を設計し、木材を切り、ビス留めした。風除室の壁には漆喰を塗った。いま店の様子を見て「このあたり漆喰が適当だな」と思う方がいたならその人は正しい。とにかく寒く、忙しかったのだ。すいません。しかし後日、別の用事で来ていた左官屋さん(玄関口の外を担当していただいた方だ)からは「この荒々しさがいいよね、もっと荒々しくてもよかったのに!」と褒めてもらえたから、もうわからない。正解などないのかもしれない。

コーキングもやった

漆喰つながりで、外壁周り上部の漆喰部分を担当していただいた左官職人Nさんのことを。当時、該当箇所の(従来の)下地が甘いことがわかり、大工さんに追加で手直ししてもらう必要がでてきた。そのため、工期が延びて冬に突入していたのだった。足場の都合でどうしても外壁周りの左官作業は最終盤になってしまうため、予定が後ろ倒しになりNさんにはご迷惑をおかけしてしまった。それでも小言の一つもおっしゃらず、厳しい寒さと積雪のなか作業を進め、完璧に仕上げてくれたNさんにあらためて感謝したい。ほとんどが剥がれ落ち、使わなくなった納屋の物悲しさを伝えるようだった漆喰部分は、見事に生まれ変わった。プロの仕事だった。

見違えるように綺麗になった納屋

もはやうろ覚えだが、たしか三月上旬ごろには業者さんによる工事は全て完了していたと思う。そこからは、自分たちで内装や外装の細かい点を詰め、メニューとオペレーションを決め、各種備品や本などを揃える最終段階に入った。

いつの間にか手元には赤ん坊がいた。三月は地区の春祭りで獅子舞の季節だった。でもやるんだよ、とまあそういうことだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?