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なごり

コメ書房へと改装した元納屋は築約90年ほどの建物だ(と聞いている)。ご近所のMさん(現在80代)からは、大工だった彼のお父さんたちが近所の山から切り出してきた木をすぐ近場で製材して建てたのだと伺った。農地の区画整理が進む前は、この場所のすぐ近くに川だか池だかがあって、その水が製材の機械の動力になったのだと。

いろいろな方からいろいろな由来を聞くので、それぞれがどの程度定かな話なのかはわからない。どれも真実を含むかもしれないし、どれも記憶ちがいがあるかもしれない。話を聞いた、当の私たちの記憶も少しずつ変化しているだろう。由緒を求めているわけではないからそれでかまわないし、そもそも私たちはこの建物や地域の昔話を聞くことが好きだった。

電気配線のなごり

店舗に改装するにあたり、昔の電気系統は危険なので電機屋さんに全て配線し直してもらった。けれども昔の、剥き出しになった配線や機器はなんとも魅力的だったので、機能はなくても部分的に残してもらうことにした。

この古い建物には、こういう「なごり」をたくさん見つけることができる。柱や天井、その材のひとつひとつ。釘やボルトもそう。納屋の一画を蔵として使用していたということがわかる引き戸の跡。天井からぶら下がった滑車のフック。カウンター真上の錆た鉄骨は、特に私たちのお気に入りで、工事の際に「飲食店なんだからきれいに白く塗ってはどうか」とも言われたが、ニスだけにした。この鉄骨は昭和のどこかの時点で補強のために入れたものだと聞いている。つまり当時、補強が必要なくらい二階にものを積み込んでいたということで、ということは、この建物はそれくらい田んぼをたくさんもっていた大きな農家さんの納屋だったのだ。

カウンター上の鉄骨

店には黒板があり、読書会などイベントごとがあると、チラシを掲示したりチョークで書き込んだりしている。黒板の上の方に「井波町建物共済推進協議会」と記載がある。井波町が他の7町村と合併し現在の南砺市になったのが2004年。黒板がいつ設置されたのかはわからないが、20年以上前のものであることは確かだ。ここの住所地名からは「旧井波町」であるということは分かりづらいのだけれど、こうしたところにはっきりとなごりが残っている。

「井波町建物共済推進協議会」

建物そのものが、あるいはひとつひとつの備品や部品が、時間の経過を記録している。古いが頑丈なこの建物は、取り壊されない限り、まだ長くここに存在し続けるだろう。その場所で、私たちが離れた後にも何かのなごりが残るだろうか。私たちも気づかなかったようななごりが。

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