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インフルエンザみたいな

恋ってなんだっけ。

遠い記憶を手繰っても、それは霧がかっていて、その輪郭をはっきりととらえることができない。それほどぼくにとって「恋」というやつは、遠い遠い過去のものとなってしまった。

どうして急にこんなことを考えたのかと言えば、最近ちょっとおかしいからだ。あれ、これって「恋」に似ているかな?なんて思うことが増えた。

けれど、これはきっと恋ではない。なぜかと聞かれても、はっきりとは言えないんだけど。ぼくの知っている恋というやつは、もっと激しくて、独りよがりで、相手のことを自分の腕の中に閉じ込めて離さない。そんな感情だったはずだ。

そうではない。あの子をぼくのものにしたいだなんて思わない。ただ、もう少しだけ近くに行きたい。その思いだけが熱く、切なく、ぼくの心を滾らせている。

それも恋と呼べるのか?答えは聞きたくない。聞いたからって、どうなるものでもないからだ。「それこそが恋でしょ」と言われたところで、ぼんやりと立ちこめた霧の中、ぼくの進むべき方向は定まらない。

ふと目を落とすと、左手の薬指がきらりと光る。そんな風にぼくを見ないで。大丈夫、これは恋じゃないんだから。

これは、そう。インフルエンザみたいなものだ。

何の前触れもなく、「あれっ」と思ったら次の瞬間には高熱が出て、身動きが取れなくなる。つらくて、苦しくて、飲み込むポカリスエットの甘みが全身の細胞に染み渡る。

うなされた夜は、おかしな夢を見る。笑いたいような、泣きたいような、リアルなようでいて、非現実的な、モノクロで、カラフルな。そんなグチャグチャでいとおしい夢を見る。

けれど数日経てば、あの熱も息苦しさも嘘だったかのように引いていくんだ。まるで最初から、なかったかのように。

だからちょっとの間だけ、高熱に浮かされていても許してほしい。インフルエンザが治る、そのときまで。

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