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白く見える漆黒に反射する光

 夜勤明け、ビニール傘をさしていると、少しずつ青空が現れてきた。湿った道路に、水滴が取り残された電線に夏の陽射しが照りつける。電線に止まっている恰幅のいいカラスが鳴いている。「カアカア」というより、「グゥワァー!グゥワァー!」と声を絞り出すように、上半身を前後に揺らし、まるで応援団の様に全力で鳴いている。

 その全身全霊の鳴き声に魅入った私は、しばしその場に立ち尽くす。すると不思議な事が起こった。真っ黒いカラスが時折り、白く見えるのだ。漆黒の羽根が強い太陽の光を反射する。私の目は反射された光を感知してしまい、白い羽根を纏ったカラスがあたかもいる様に見えたのだ。

 

 

 最近【美食探偵 明智五郎】をhulu で観ている。食べ物に対して譲れないこだわりを持つ探偵の明智五郎(中村倫也)と、助手でお弁当屋のいちご(小芝風花)、明智との出会いがきっかけで殺人鬼になったまりあ(小池栄子)が主な登場人物だ。

 まりあは明智に夫の浮気調査を依頼する。夫は毎日違った食べ物の香りを身につけて帰ってくるのだという。調査をすると、夫は毎日昼食時、若い女性が住むアパートに通って彼女の作るご飯を食べていた。いわゆる肉体的な不倫関係ではなかった。

 調査を終え、まりあはお礼のひとつとして、シャケのムニエルを作り明智にご馳走する。なかなかの美味しさで、お礼を言う明智。その時、まりあは初めて笑った。「貴女は本当の貴女を心のどこかに仕舞い込んでしまっているのではないですか。これからは本当の貴女をもっと自由に解き放つべきだ」この明智の言葉がきっかけで、まりあは殺人鬼へと変貌を遂げる。

 まりあは夫を殺害する。何故だと問い詰める明智にまりあは言う。所詮セックスは年老いていく中で失われていくもの。でも、食事は死ぬまで続く夫婦の営み。家では毎日焼き魚とお味噌汁ばかり作る様に言ってくる夫が、別の女の家では毎日凝った香辛料を使った料理を食べていた。ずっと心の奥に燻っていたのは、孤独、自分の存在価値を見出せない悲しみ。裏切りは許さないと、自身の為だけの誤った正義で夫を殺したのだ。

 明智は自身の言葉で変わってしまったまりあに対して、申し訳なさと、それだけでは言い表せない気持ちを持ち始める。妖しい魅力にどうしようも無く惹きつけられる。まりあは悪だ。でも、まりあは全力で明智を愛してくる(それは遡った記憶に明智との忘れられない出会いがあったから)。真っ直ぐな瞳を向けて。

 悪、真っ黒い悪。それでも見方を変えれば、光の当て方を変えれば、白く見える瞬間があるのかもしれない。明智がまりあに惹かれたように。それは錯覚だとわかっていても・・・。最終回、まりあがいちごを毒殺しようとした時に、明智は自分にとって本当に大切なもの=いちごだと気付く。それを知ったまりあは、自ら(もしくは明智の手で)崖より海に身を投げる。


 カラスに魅入られながら【美食探偵 明智五郎】の事を思い出した夜勤明け、頭と裏腹に身体は重い。水筒や着替えのTシャツを詰め込んだバックを肩にかけ、坂道を下る。白い車が、制限速度を軽く超えて私の横を通り過ぎていく。誰も気にしない。カラスの鳴き声も、目の下にクマを作った女が歩いていることも。

 太陽のあまりの眩しさに瞼に手を当て、立ち止まる。そっと目を開けると、小さな蝶々が、地面にスレスレに羽ばたいているのが見えた。ひらひら舞う蝶々は白く見えるが、ほんとうは、どうなのだろう。白いのか、黒いのか、今の私にはわからない。街路樹の陰から涼しい風が流れてくる。蝶々は身を任せるように、すうっーと道路の向こうに消えて行った。



 

 

 

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