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戻りたくても戻れない、光の中にいる[2024/3/13(水)〜3/19(火)]


2024/3/13(水) 驚いたことに星は燃えている

今朝も娘はパンを耳から食べる。きれいに白い部分だけ残ったトーストをかじっていると、夫が「〇〇ちゃんはふわふわのところが好きなの?」と聞く。「そう。カリカリが当たると口が痛いから先に食べた」と娘が言う。

え!昨日は耳がもちもちで好きだと言っていたではないか。「やっぱりふわふわが好き。昨日のは間違えた」らしい。気分とか、聞き方もあるよなと思いながらも、私は自分の認識を「娘はパンの耳が好き」から「娘はパンの真ん中が好き」にカチリと修正した。

朝ご飯を食べながら、Eちゃんの名前の終わりの文字が、自分と一緒だ!とか、そのEちゃんと別のEちゃんは最初の一文字が一緒だ!とか娘は発見している。文字が読めるようになって、今までまとまりとして捉えていた言葉が分化して見えるようになってきたのかもしれない。文字は言葉を分化する、そして言葉は思想を分化するな、と思う。

トーストをかじりながら、前のめりで話す娘は、ひじでテーブルの上の水筒を倒した。水筒の口から水がダクダクと流れていく。あいにく水筒の蓋は外されていた。そして先ほど娘のリクエストで、水をたっぷり入れたばかり。流れ出した水は、夫の方へ勢いよくこぼれていった。

一瞬の間ののち、「あーあー」と水筒を起こし、ぞうきんを取りに行く。夫がぞうきんを受け取り、自分を拭いたのち床を拭く。のんきに座って眺めていた娘も「お手伝いするず!」と立ち上がった。「するず?」「するぞ、って言おうと思ったら間違えちゃった」。「お願いするず」「ここ拭いてず」。「ず」言葉で指示しながら、ちゃちゃっと床を拭いた。

洋服を着替えに行く。「今日はお母さんとおそろいにしたいな。二人で赤いセーター着るのどう?」。今日はあったかくなりそうだから、アラン編みのニットは重たいのではと思う。けれど、二人が持っている服の中で一番揃えやすそうだから、今日は気温よりも「お揃い」を優先することにした。

クリーム色のワンピースに赤いニット、というコーディネートが2つできあがった。「お父さんに見せよう」部屋に行って写真を撮ってもらう。「〇〇ちゃんの靴下は白で、お母さんのは茶色だね」靴下も揃えたほうがいいだろうか。白い靴下に履き替えて、もう一度写真を撮ってもらった。

朝から我が家のステージ(ベンチの上)で、手製のカバキーニョ(ウクレレみたいな楽器)をかき鳴らし、ご機嫌な娘。「勇気をつばさに投げ込んで!ハイ!勇気をつばさに投げ込んで!」とアップテンポで歌っている。ピッチャースタイルの「翼をください」だ。

ようちえんに行く。今年度最後の懇談会の日で、親も一緒だ。とてもよく聞き、よく話した。3月生まれの子たちのお誕生日会もあり、並んだお団子やケーキは、春の香りでいっぱいだった。最後は手を繋いで丸くなり、いつものわらべうた「さよならあんころもち」をして解散。

ミーティングがあってEコーヒーに集まる。よく話す一日だ。娘は途中退屈してスマホの動画を見たがったが、気がついたらお友達と折り紙をしていた。最初から一緒に遊んだらいいのに、子どもたちは様子を見合っている時間がしばらくあって、いつも親たちが帰る頃に盛り上がり始める。

Eコーヒーを出ると、空に月がでていた。「〇〇ちゃん、みて!三日月!」「ほんとだ近くに星もあるね。お空はあついの?」「なんと驚くことに...星はもえているのです!」「えー!」「そして、月には行ったことがある人がいます!」「えー!どうやって行くの?」「すごく遠くまで行ける飛行機みたいなので行くよ」。

星と月を見ている私たちも、今星の上にいる。「私たちがいるのは地球という星で、お空から見ると青く見えます」「へぇー!」自分で言いながら、視点が遠くへ飛び、宇宙という空から小さな点の自分たちを見ているような感覚になった。

家に帰る。娘は今日の「お揃いコーデ」が色んな人に気づいてもらえたと嬉しそうだ。

すでに19時近かった。こういう日はありがたくレトルトカレーをいただく。いつもありがとう。感謝しながら、お湯が沸いた鍋に、レトルトカレーさんを投入する。

「ムカつく」娘から初めて聞く言葉。「...ムカつくってどういうこと?」と続ける。「すごく嫌な気持ちってことじゃない?」「ふーんそっか」。ようちえんのお友達が言っていたらしいその言葉を、声に出してみながら味わっているようだ。

「とっととくたばれ くそやろう」今度は何かの標語を読むかのように言う。内容と声色のミスマッチさに笑ってしまう。「それもお友達が言ってたの?」「そう。どういうこと?」。アニメの戦いの場面などで出てきそうなセリフだ。「とっとと」「くたばれ」「くそやろう」分解して解説しながら「早く倒れちゃえ 悪い人」という翻訳を導き出した。意味は合っているはず。迫力には欠けるけど。

カレーを食べ終える。洗面所から出てくると娘が「いたい!ぶつかった」と言う。中指が出入口の柱にぶつかったらしい。「痛かったね」と返すと「痛かったね、しか言わないんだ」と言われた。「どうしてほしいの?」「痛いよねぇ、いたいいたいのとんでけ!って」。

ああそうか。いつも子どもたちに何かあったら全力で「いたいいたいのとんでけ」してくれるようちえんのママ友の顔が思い出される。「痛かったねぇ、よしよし、いたいいたいの遠くの遠くの遠くにとんでけーーーー!」気合を入れてものすごく遠くに飛ばしておいた。

寝る支度をする前に娘が、「お母さんこれは内緒のことなんだけど」とこしょこしょ話をしにきた。「お父さんにもヒミツね」。なんだろう。私の耳に口を近づける。「お母さんのことが世界で一番大好きだよ」。耳がくすぐったく、気持ちがふわふわした。


2024/3/14(木) 豪華で手軽な庶民の夕飯

2時前に目が覚める。最近3〜4時には毎朝起きているが、さすがに早すぎるだろうと思う。布団の中でもう一度目を閉じるがなかなか眠りに戻ることができず、諦めて起き上がった。

ふと、朝の報道番組を担当するアナウンサーならこれぐらいに起きているのではないか、と思う。調べてみると、「1時に起きて、2時半には出社しています」とインタビューで答えていた。もっと早かった。

仕事をする。8時頃に娘が起きてくる。目が開かないほどではなくなったが、まだ目やにがついているので、綿棒で目の周りをくるくるしてとってやる。

お弁当をつくり、朝ご飯を食べる。娘が時計を見ながら「2から3の間に帰ってきて、3に手洗って、4にご飯つくって、5に食べて、6に寝る準備して、7に寝るのはどう?」と言う。私が何時からこれをして...と計画して口に出してみるのが、娘にもうつったようだ。7時に眠れる。素晴らしい計画。今日やってみよう、ということになった。

ようちえんに送って、家に戻る。すぐにオンラインミーティングがあって急いで戻ったが、こういうときに限って道路が混んでいた。なんとか間に合い、昼頃までミーティングに参加。仕事をして、お昼を食べてお迎え。親も子も一緒に大きな輪になって、かごめかごめをしていた。

「早く帰ろう」娘は今日の時間計画を忘れていない。帰り道にスーパーに寄ると、ひな祭りのお菓子が積まれたコーナーを娘が見つけた。シーズンを過ぎて、すべてが半額になっている。いろとりどりの粒が入った金平糖を見つけると、これがいい、と言うから、買って帰る。

3時少し前に家に着いて、「3に手洗えた!」と娘は嬉しそうだ。金平糖を皿に出す。白、黄色、緑、ピンク、紫、水色。淡い色合いの、トゲトゲに囲まれた小さな丸いものがシャラシャラと音を立てて皿に転がりだした。

金平糖をつまみながら、この期に及んで確定申告が終わっていない母は、領収書を手に取り、パソコンの画面を眺め、スマホにポチポチと入力する。

テーブルの上のかごに乗っていた、楕円の形をした名前のわからない柑橘を「これも食べてみようか」と剥いてみる。皮から出てきた実を口に運んでみると、酸っぱくてびっくりする。金平糖と食べ合わせるのは間違っていた。どれどれと口に入れた娘も「ううー」と顔をゆがめたが、「〇〇ちゃんは酸っぱいの平気なんだ」と柑橘の皿を自分の方に寄せた。でも1つか2つ口に運んだところで「もういい」と皿をつき返してきた。

「4にご飯つくるんだよ」と娘に言われて、それまでに終えようと試みるが、まぁ終わらない。時計の針は気がつくと「5」を指している。テーブルの下にクッションやピクニックシート、お気に入りの宝箱などを運び込んで秘密基地を作っていた娘も「もう5になってる!」と気付いた。

あとちょっと、あとちょっと、と言いながら、結局短い針が6を指し始めた頃に夕飯を作り始める。

すぐにつくれる、そぼろ。あと味噌汁の野菜を刻むのも時間が惜しくてコーンスープ。キッチンに見に来た娘が「おいしそう!」と喜んだ。

私が夕飯をつくっている間。娘がテーブルの上を片付けてくれた。我が家のテーブルは大きくて、私も夫もなんでもかんでもそこに置いておきがちだが、たまにこうして娘が一掃してくれる。

夕飯を食べる。「今日のご飯は豪華だね!贅沢だねって言おうかと思ったけど、豪華の方がいいかなと思ったの」。そぼろ丼とコーンスープ、あと朝お弁当用につくったほうれん草の胡麻和えや蒸したさつまいもなどで、お手軽ぱぱっと庶民の味だけれど、娘にとっては好きなものが並んだご飯だったようだ。そぼろもコーンスープもおかわりした。

お風呂に入る。最近娘とお風呂の中で、なつかしの手遊び「グリンピース」をする。「チョリンチョリン パリン」のあれだ。あいこになっていないところで娘が「ドン」と言ったり、必ず私が「ドン」と言ったあとに娘が「ドン」と言ったりして笑った。

娘が自分の手の平を見て、この線はなに?と言うから「この線が長いのであなたは長生きですね。この線がこうなっているから、あなたはとってもかしこい子だということもわかります」とエセ手相観をした。

お風呂からあがると夫が帰ってきていて、夕飯を食べ終えて皿を洗っているところだった。娘が「おーいおとうさん」と少し離れたところから声をかけ、夫が振り向いたら隠れるということをキャッキャと楽しそうにしていた。

2時起きの私はだんだんぼーっとすべてが霧の中に包まれていくような意識状態になってきた。布団の上に行くと膝から崩れ落ち後ろに倒れた。「起き上がれない」と言っていると娘がすぐににっこり両手を差し出してくれて、布団に入ることができた。


2024/3/15(金) プリンと仕事を一緒に進めるなんてどうかしてる

今朝も3時に起きる。朝の仕事時間に確定申告が終わった。一安心。だけどまだ終わっていないことがあってソワソワ。

8時過ぎまで起きてこない娘を起こしに行く。寝息を立てて、まだ眠りの深いところにいるようだ。布団にもぐりこんで「おはよう、起きて」と声を掛ける。目は開かない。「起きる?抱っこする?」。目を閉じたまま首がわずかに動いた気がした。「今うなづいた?」。また首がかすかに動いた。布団をはがし、抱っこしてトイレまで運ぶ。トイレの前でふにゃふにゃの娘の足を床につけ、なんとか立ち上がらせた。

朝ご飯を食べる。キッチンで食器を洗っていると、食べ終わった様子の娘がじっとしている背中が見えた。何をしてるのだろうと思ったら、「お母さん来て」と言う。

「手ここについて、あごここに乗せて」。ソファに手をついて、テーブルに顎を乗せるよう指示される。「ゆらゆらして」。隣で同じ体勢をしている娘に合わせて頭を左右に振ると、目の前にある花瓶の水の中が動いて見えた。「きれいでしょ。虹がある」。花瓶の向こうの、窓際のカーテンからは光が差し込んでいる。カーテンのドレープと光が水の中に映り込んで幻想的な世界をつくっていた。

いつまでもゆらゆらさせてあげたかったけれど、起きたのが遅かった。興味がほかへ移ったタイミングで着替えに促し、急いで支度をしてようちえんの集合場所へ向かう。

仕事をしてお迎え。確定申告は終わったけれど、まだ色々とやらなければならない仕事に追われていて、ホッとできない。

ようちえんのお迎えに行く。帰りにコンビニに寄ると、レジのおばちゃんが娘の顔を見て「あら!お鼻の下がカピカピ!」とお手拭きをくれた。マニュアルじゃない、人と人としてのこんなやり取りが嬉しいなと思う。いつものことすぎてまったく気にしていない娘は「おばちゃんどうしてこれくれたんだろうね」と笑いながら店を出た。

帰り道、「今日海賊船が来たの」と娘が話し出す。ようちえんの活動で隣町の海へ行っていた。「みんなで隠れたんだけど、こわくてちょっと泣いちゃった」。海賊船というぐらいだからよっぽど大きな船だったのだろう。ちなみに海賊の姿は見ていないらしい。子どもたちはファンタジーの世界を生きている。

家に帰ると、残していたお弁当を食べ始めた。その間に、と仕事の続きを始めたらなかなか終わらない。途中でプリンを一緒につくる。卵と牛乳を混ぜたり、パソコンに何かを打ち込んだりする。プリンと仕事を一緒に進めるなんて、どうかしてる。

プリンを蒸し終わると、バレエに向かう。おやすみの子も多かったが、見学の子が来ていた。見学の子のお母さんに「インスタ見てます」と言われて、おお!と思う。小さな町で、インスタでつながってから後で顔を知る、たまにそういうことがある。

買い物をして帰る。100円ショップに行くと「これはなに?」「これは?」と娘は目が忙しい。「プリンあるから帰ろう」と言うと「そうだった!」とレジへ向かってくれた。「プリンが呼んでるね。聞こえる」と娘が言う。「おーい、〇〇ちゃーん、お母さーん。ぼくできてるよ」。「聞こえたね!」。これをふたりで代わり番こに繰り返しながら、エスカレーターを降り、車に乗った。

帰ってすぐに2人でプリンを食べる。娘はいつの間にか2つ目に手を伸ばしていた。プリンをすくうとポイっと一口、私のカップにおすそ分けを入れてくれた。


2024/3/16(土) あなたとわたしは違う人

土曜の朝ぐらいゆっくり起きたいが、まだやることが積もっていて3時に起きる。仕事。

夫と娘は8時過ぎに起きてきた。朝ご飯を食べる。昨日作ったプリンが3つ冷蔵庫に余っていて、はちみつをかけて食べた。

春休みの計画などを話す。夫が健康診断があると教えてくれるが、3月にある日程は合わず、私は行けなそう。夫が顔を曇らせ「ちゃんと健康診断行ってよ」とため息交じりに言うと「お母さんに怒らないで」と娘が泣き始めた。

「お母さんはいろいろやりたくなっちゃう人なんだから...人と自分は違うんだよ!」大きく口を開け、涙を流している。私が夫に何か言われると、私より娘がダメージを受ける。娘は私がいろいろなことをやっているがために、なかなか日程が合わないと思っている。(実際そうか)「人と自分は違う」。本当にそうだな。多くのトラブルはこのことがわからないために起こっている気がする。娘は多様性を生きてる。

膝の上で「大丈夫大丈夫」と娘をよしよししながら、私は4月に健康診断の予約をした。えらい。

11時に過ぎ、母が訪ねてきた。町のホールで上映する映画を観に来た。支度をして、近所の韓国カフェまで歩いてランチへ。ちょうど忙しい時間に重なってしまった。しばらく待ち、提供してもらったサンドイッチを急いで食べると、私だけ一足先にホールへ。映画上映会の託児スタッフをする。みんなが打ち合わせをしているところに滑り込んだ。

ほぼ満席なのでは、というぐらいたくさんのお客さんがホールへ詰めかけた。母と夫に連れられて娘もやってきた。一緒にキッズスペースで過ごす。子どもたちに絵本の読み聞かせをする。真剣に聞いてくれていた。子どもたちが飽きないように、とあれもこれもと読み続けたら、喉がカラカラになった。

映画の上映とトークが終わる。帰り際のママたちの「おかげで映画見れました」という声が嬉しい。

急いで家に帰って荷物を取りに帰り、再びホールへ。待っていた娘と母と合流。アフターパーティがある、はらっぱへ向かう。

農家さんへの感謝を捧げる歌と踊り(託児終わりに友達と急いでこしらえた)を練習した。いよいよ本番となると、娘も意気揚々と着いてくる。「一緒に踊るの?」と聞くと「そうだよ。そのために来たんだから」と言い、大人たちの輪に加わった。紫のドレスの娘も一緒に、円形になったスペースの真ん中で舞い、祈りを捧げた。

今日の食事会に野菜を提供してくれた農家さんがひとりひとり思いを語るのを聞く。「誰もが働け、と忙しくなって、料理をしなくなった。または料理が作業になっている」という農家さんの話にドキッとする。地域の生産者さんの食材を使って料理をすることは、生産者さんたちを支えるための小さなアクションなのだとも気付かされる。

地元の農家さんの野菜を使ってつくられた、色とりどりの料理をお皿に盛っていただいた。屋外でたくさんの人が集い、食事を囲む、夢のようなパーティだった。

家に帰る。とあることで娘に怒ることになった。(内容はヒミツにしてほしいと言われたので書かないでおく)最近読んだ本『ニューロマイノリティー発達障害の子どもたちを内側から理解する』を思い出す。その子の気持ちにできるだけ寄り添って理解する、そういう視点で書かれた本。共感したのに、目の前の事実を見て「なんでできないの?」とイライラしてしまう。本に書かれていたことを思い出して自分を取り戻す。

お風呂に入って娘と仲直りする。こういうことが起きないためにどうしたらいいかを一緒に考え、物理的な対処をして、「仲直りのぎゅっしよう」という娘と、湯船の中でぎゅっとした。


2024/3/17(日) 星の動きとちゃんと同期している

日々の記憶はぼんやりしていて、毎朝日記を書きながらその輪郭をなぞっている。

日曜の朝は少し気が緩む。4時に起きる。いつもは一気に書き上げてしまう日記が、いろんなところに気が散って少しずつしか進まない。日曜の朝だからまぁいいか。

7時過ぎに娘が起きてきて、トイレについていく。朝ご飯を食べるか聞くと「お父さんも一緒に」という。「起こしてきて」というと、「おとうさーんおきてー!」と言いながら元気よく寝室に向かっていった。

3人で食卓を囲み、昨日おばあちゃんにもらったグラノーラに牛乳をかけて食べる。
私はなんとはなしにだるく、疲れがとれていない感じがする。

今日は午後にオンラインで語り劇(という物語を一人芝居のように語るもの)の発表会がある。私は「衣装」として準備しているボーダーのトップスを着る。娘は白いブラウスに白いパンツに白いワンピースに着替え、「これで〇〇ちゃんは白ねこ」と言った。発表する『100万回生きたねこ』の、とらねことしろねこの出来上がりである。

お昼ご飯にチャーハンをつくる。食べ終わると、だるくて眠くてソファに横になった。頭痛もある。今日インスタで見た占星術師の方の日々の予報に「とんでもない眠気と体調不良を感じる人も」と書いてあったが、その通りだ。星の動きとちゃんと同期している。

夫と娘は出かけるとか出かけないとか2人で足並み揃わないでいるようだ。やがて夫が「もう、ひとりで行くからね」と言うのが聞こえる。起き上がり、「〇〇ちゃん、出かけてらっしゃい」と娘に声をかけると「わかった」と肚を決めた様子の娘は立ち上がった。

2人が出かけるのを見送って、再びソファに横になる。気がつくと1時半過ぎ、間もなく語り劇発表会の事前打ち合わせの時間だった。

急いで準備をして2階にあがる。寝起きで声がいまいち。でも体調は良くなったようだ。打ち合わせが終わったあとに声出しをしておく。

発表会直前に夫と娘が帰ってきて、別部屋からオンラインに入室していた。かぶりついて見ている娘の頭が、画面の中に見えた。

発表は無事にできた。いつもオンラインで一対一のレッスンだから、他の生徒さんの語りを聞くことも楽しかった。

終わると夕方だったから、洗濯物を取り込む。洗濯物を片付けながら「〇〇ちゃんは何が面白かった?」と聞くと「お母さんのとー、最初の人のお話が面白かったな」と言う。こういうとき最初に「お母さんのと」と言ってくれるところに、娘が私を喜ばせようとしてくれているのを感じる。「お母さんのは“矢に当たりました”ってびっくりした顔してるのが面白かった」。

冷蔵庫にあった豚肩ブロックをどうにかしたくて、煮豚をつくる。つくりながらどうやら時間がかかりそうだと気づき、煮豚は明日の夕飯に回すことにした。今日の夕飯用にクリームスープも仕込む。占星術師の方の予報に「昼間ぼんやり、夕方からペースが良くなる」とあった。やっぱり私は星と連動している。

夕食後、木でできたスマホ(夫がつくった)を持ってきた娘は「ここから音楽が鳴るから押してみて」と夫に渡す。夫が「ピッ」と言いながら指を「スマホ」に当てると、両手で口を押さえた娘の方から歌が聴こえてくる。娘が歌っているのではない、音楽はあくまで、「スマホ」から鳴っているらしい。「音量あげよう」とボタンを押すふりをすると、声が大きくなる。「早送り」と言うと、歌のテンポがあがる、そんなことを繰り返していた。

寝る支度をする頃、テンションの高い娘は夫の部屋に行って段ボールを散らかす。あまり調子の良くなさそうな夫が、怒る手前で困っている。

着替えの準備をしながら布団を見た娘が「あ、お父さんと“ほうせきー”(と言いながら布団を整える儀式)するんだった。やばい!マジショックだわ」と頭に手をやる。「マジショック」は夫が言っているのを聞いて、たまに言う言葉だ。意味がわかっているのかわかっていないのかわからなくて、笑ってしまう。「仲直りしなきゃ」。一緒に寝支度を整える。夫の寝室に向かった娘が「お父さんごめんなさい」と言っている声が聞こえた。

娘が“ほうせきー!”夫が“ハート!”と言いながら布団を整えている。(「ほうせき」と「ハート」の2つの言葉を重ねる方式に変わったらしい)おかげで今日もふわふわの布団で眠ることができた。


2024/3/18(月) 戻りたくても戻れない、光の中にいる

朝からせっせと2人分のお弁当を作る。今年度で最後のようちえんでお当番の日だ。作りながら、これが今年度最後のお弁当だなと思う。しいたけ、にんじん、さつまいもにスティックセニョール。顔の見える農家さんの野菜ばかりで嬉しくなった。

娘とようちえんへ。明日の給食に向けて年長さんはみんなと分かれて買い物に行く。私は買い物へ同行することになった。

一緒に過ごせると思っていた年中の娘は「行かないで」と言う。少し進んだところで今度は「おかあーさーん、きーてー!」と金網越しにこちらを見て泣きながら叫んでいる。なになにどうした、と駆けつけると「どうして行っちゃうの?」と言う。行ってくるけど、もしかしたら途中で戻ってくるかもしれないこと(事情があってその可能性があった)などを伝え、納得したかどうかはわからないが、娘が落ち着いたのを見届けて、買い物チームと出かけた。

駅まで寄り道しながら1時間近くかけて歩き、バスに乗ってスーパーまで買い物に行く。スーパーの近くの公園でお弁当を食べ、またバスに乗って駅まで戻る。駅に着くと、野菜、肉、牛乳などを買いながら、集合場所まで歩いた。

購入した食材は、子どもたちが手分けして運んだ。「重いー」と言って手伝いを請う子、キビキビと歩き出す子、「持とうか?」と言っても首を振って覚悟を決めたように歩き出す子、それぞれだった。

あと2日で卒園式を迎える年長さんたちと一緒に歩く、なんでもない時間を、かけがえがないなあと噛み締めた。戻りたくても戻れない、光の中に自分がいると思う。本当は毎日がそうなのだけど。節目を迎えた直前はよりその気配が濃厚になる。

ようちえんが終わると、娘は今日の活動場所に隣接しているはらっぱでストライダーがしたいと言った。一旦家に帰り、ストライダーとおやつを持って、はらっぱへ戻る。一緒にストライダーを乗り回す仲間を見つけ、肌寒くなるまで遊んでいた。

5時過ぎ、家に帰る。玄関を開け、さあ靴を脱ごうとすると、夫が階段からニュッと現れて「きゃああ!」と声をあげる。帰っているとは思わなかった。

荷物の片付けなどをしていると、娘がほっぺにちゅーをしてくれる。「お父さんにもちゅーして、幸せの愛を届けたいの」と言うと、夫の部屋に入っていった。夫も喜んだ。

さつまいもでフライドポテトを作ってほしいと言われて、揚げてみる。つまみぐいが止まらない。

「〇〇ちゃんはどうしてかわいいのかっていうと、お母さんが静かに産んだからだよね。それでいいことがあるって言ってくれたのの良いことは、〇〇ちゃんがかわいいってことだよ」。私は産院で助産師さんたちにびっくりされるぐらい静かにお産をしたのだけれど、そのとき「あなたには良いことあるわ」と助産師さんたちが労ってくれた。そのために娘はかわいくなった、という説を、娘本人が信じている。

夕食後に娘とお風呂に入る。7時過ぎだった。私はとにかく眠く、お風呂に入るとぽーっとする。毎日3時に起きているから、7時は寝ないといけない時間だ。起きてから16時間はタイムリミット。あとお当番でたくさん歩いて疲れた。

気がついたら目を閉じていて、娘が「このまま寝たら冷たくなっちゃうよ」とかなんとか言ってくれていた気がする。意を決して「あがろう」と言うと娘が先に湯船から出て、「はい」と両手を差し出してくれた。その手を取って立ち上がり、なんとかいつまでも寝ていたい風呂場から脱出できた。


2024/3/19(火) カレーに詰まった愛

3時起きがだんだん習慣になってきた。眠くて布団の中で粘る日もあるけれど、それでも必ず3時半ぐらいまでには起きる。

朝のルーティンをこなして仕事。今日は「給食」という、当番と子どもたちでお昼ご飯をつくる日で、お弁当がいらないからなんとなく気楽だ。

8時過ぎに娘を起こす。夫と遊んでいる娘のお尻を叩きながら支度をし、ようちえんの集合場所に送る。

家に帰って仕事と打ち合わせ。終わらせたい原稿が終わらず、パソコンをカバンに入れて、ようちえんのお迎えへ。

お迎えに行くと娘が駆け寄ってきて「リュックの中にカレーが入ってるから出して」と言う。今日の給食の残りのようだ。「昨日一緒に買い物に行ったのに食べられなくて残念がってるだろう」とKちゃんが入れてくれたらしい。「どんなカレーにする?何入れる?」と言いながら年長さんたちと買い物に行ったのに、想像だけ膨らんで食べられない、そんな話を昨日していた。愛だなあ。嬉しい。

リュックから取り出した。カレーの入ったお弁当箱を大事に持って、解散場所近くのMちゃんが出店しているお店に行く。同じようちえんのRちゃん親子も来ていて、一緒にガレットを食べた。遅めのお昼ご飯だ。

我が家もRちゃんちも、お腹いっぱい給食を食べてきたはずの子どもたちが「ちょうだい」と言うものだから、子どもに全部食べられてしまわないように、急いで食事を進めることになった。やがてお腹が満たされたのか子どもたちは、外に出て遊び始め、私も食事を終えるとパソコンを開く。どうしても今日中に原稿を終わらせたかった。

書いているうちにこれでいいのか、伝えたいことは伝わっているのか、わからなくなってくる。それでもやっぱり、ああでもない、こうでもないと言いながら、言葉の海で泳いでいるのが好きなんだと思う。

Mちゃんがゼリーをサービスしてくれて頑張れた。原稿をなんとか提出して、Mちゃんのお店から出る。

帰りに我が家がやっている小さな畑に、つくしを探しに行った。ようちえんの春休みの宿題で、つくしを摘んで持っていくことになっている。あったあった。かわいいつくしが我が家の畑にたくさん顔を出していた。「つくし つくし つくしさん」とオリジナルつくしソングを娘と歌いながら摘む。

畑にはサニーレタスも出ていた。そういえばいつか種を撒いたかもしれない。畑の手入れはおこたりまくりなのだが、勝手に成長していて、いつも自然の力に感動してばかりいる。

家に帰ると娘は、折り紙でハートを折り始めた。明日卒園する友達たちに渡すらしい。折ったハートにお手紙を書くというからペンを渡す。娘はまだ知らない文字があって、「“そ”ってどう書くのー?」「おかあーさーん、“の”はー?」などと書きながら呼ばれた。2階で洗濯物を取り込んでいた私は「洗濯物しまってるんだよお」とぶつぶつ言いながら階下へ降りてはペンで紙に文字を書き、を繰り返した。

4人いる卒園生、みんなに同じメッセージを書くのかと思いきや、ひとりひとり違うメッセージを書いているようだ。「できあがったから読んでみて」と言われて折り紙を開いてみる。たまに左から右へ書かれているものや、2行のテキストがクロスして書かれているものなどあり、どうやって読むのか戸惑った。

どれも、娘の名前と並んで私の名前を書いている。この前私が書いていたメッセージカードに、娘の名前も併記していたからだろう。子どもは本当に大人がやっていることを良く見てマネる。

お風呂に入る。早起きな私はやっぱりお風呂に入るとぽーっとしてしまう。娘に「お母さん、にっこり!」と笑いかけられ、口角だけ持ち上げると「こわい!」と言われた。

夕飯に持って帰ってきたカレーを食べる。「一緒に買った、玉ねぎ、にんじんだな」「ブロッコリーをカレーに入れるのは当たり前、とみんなが言ってびっくりしたけど、ブロッコリーもおいしいな」「この鶏肉はあのお肉屋さんのおばちゃんから買ったな」そんなことを思いながら口に運ぶ、思い出の詰まったカレーがおいしかった。



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